第92話 個人の部・予選


ザザーランド武闘会、個人の部開催当日。


 開会式を終えた僕は一人、選手用の控え室の隅っこにいた。


 というのも、周囲から親の仇に向けるような、突き刺す視線を一身に受けているからだ。


「おい……あいつがのやつかよ?」


「ああ、そうだ……間違いねぇ。なんであんなやつが……」


「くそ……くそッ! 絶対にあんなやつには負けられねぇ……ッッ!!」


 ちらほらと聞こえてくる声には、呪詛かと思うくらい怨念がこもっているように感じる。


 その眼は血走り、歯が折れるのではないかと思うくらいに食いしばっていた。


 これがいわゆる、血涙を流す……というやつなんだろうか。


 といっても、僕にはどうしてそんな視線を向けられるのか、その心当たりがちっともない。


「ハハ……凄い人気だな。でも、気にすることはないさ。裏でどう思われようが、舞台上で結果を残せばいいんだ。君と戦えるのを楽しみにしているよ」


 少しワイルドな印象を受ける美青年が、僕の肩をぽんぽんと叩いて不敵に笑うと、またあとでなと言い残して去っていった。


 その様子を見ていた周囲の参加者たちは、なぜか余計に殺気立ったような気がする。


 どれだけ考えても理由はわかりそうにないので、ひとまず置いておくことにした。


 そうこうしているうちに一人、また一人と選手が舞台に上がり消えていく。


「あ……さっきの人だ」


 僕に声をかけてくれた選手――マクシミリアンさんが舞台に上がると、途端に盛大な歓声が上がった。


「マックス、約束を守ってよねー!」


「優勝を信じてるわー!!」


「「「「マックスファイトーーーーッッ!!」」」」


 観戦席の一部に集った、マクシミリアン応援団という垂れ幕を掲げる女性だけの一団。


 その歓声にマクシミリアンさんが手を振って応えると、キャーーーッと黄色い声が響き渡る。


 瞬間、控え室の空気が一気に殺気立つのを感じた。それは控え室だけでなく、観戦席も同様のようだ。


 そこでようやく、僕に向けられていた視線の正体に気づく。


 僕は開会式後に別れたとはいえ、それまではティアたちと一緒にいたからね。


 つまり、そういうことだろう。


 今までそんな風に言われたことがほとんどなかったから失念してしまっていたけど、うちのパーティーって美女ばかり揃ってるんだよなぁ……。


 マクシミリアンさんの対戦相手も、まるでこれが決勝かの如く意気込んでいたのだけど、実力差がありすぎたみたいであっさりと負けてしまった。


 応援団が大歓声を上げる中、よりにもよって次の試合が僕の初戦。


 僕が重い足取りで舞台に上がると、そんな僕の内情など知らないティアたちが笑顔で声援を送ってくれる。


「シズク、がんばるのじゃー!」


「自分の力を信じてくださいー!」


「我の分まで、存分に暴れてください!!」


「シズク君、負けたらただじゃおかないからねー!」


「シズク様、優勝の祝杯を楽しみにしてます!」


「ご主人様の雄姿、しかと見届けさせてもらうわね」


 ティアたちの華が咲いたような笑顔に見とれていた観客や選手たちが、一斉に僕へと殺気を飛ばしてきて非常に居心地が悪い……。


「けっ、何が優勝だ……! テメェはここで俺がぶっ潰して、身の程ってもんをわきまえさせてやらアッッ!!」

 

 腰の鞘から大きく湾曲した刃を持つカトラスを二本抜き放つと、まるで曲芸のようにぐるぐると身体の周りを回転させながら威嚇してきた。


 2mを超えるであろう屈強な肉体も相まって、その迫力はものすごい。


「……よろしくお願いします!」


 ぺこりとお辞儀をしてから、僕も氷剣を生成して構える。


『はじめッ!!』


 審判の合図とともに、カトラスを振り回して風切り音を鳴らしながら迫ってくる対戦相手。


 おそらく僕が怯えて立ち竦むことを期待しての行動なんだろうけど、無駄な動きが多すぎて隙だらけだ。


 僕は冷静に左右からせまるカトラスを弾くと、首元に氷剣の切っ先を突き付けた。


「なっ?! ……くそっ、降参する!」


 開始からわずか10秒ほどの出来事に、シンと静まり返る会場。


 何が起きたのかわからなかった人も多かったのか、しばらくするとザワザワと騒がしくなった。


『……勝者、シズク!!』


 ようやく審判によるアナウンスが流れると、会場は一気に沸き上がる。


「あいつ見かけによらずすげぇな?!」

「いやいや、俺は最初からあいつの実力を見抜いてたよ!」

「あれほどの力があれば、美女を侍らせるのも納得だぜ……。悔しいが完敗だ」

「シズクきゅん……す・て・き」


 観客から様々な感情が向けられる中、僕は初戦を無事突破できたことと、アウェーな感じが随分和らいだことに安堵した。


 試合の度に周囲から殺気を向けられていたら、やりづらくて仕方ないからね。


 盛大な歓声に包まれる中、再度お辞儀をしてから舞台を後にした。


「へぇ……中々やるもんだ。思わぬダークホースだぜ。予選の間はお前と当たることがないなんて、ラッキーだったな」


 マクシミリアンさんが戻って来た僕を見るや否や、そんなことを口にして口笛を鳴らす。


 その後は僕もマクシミリアンさんも勝ち続け、見事予選を突破。


 晴れて明日の本選へと駒を進めることができた。


 すべての試合が終わるとほどなくして審判が舞台上に上がり、予選通過者の名前が記されたくじを次々と引いては魔導掲示板に反映させていく。


 明日の本選におけるトーナメント表を、この場で作ってるのだ。


 僕の初戦の相手は……なんの因果か、あのマクシミリアンさんだった。


 イスラさんの名前もあり、順当に勝ち進んでいけば決勝で当たることになる。


 天道であるガレリアさんとは何度か手合わせしたけど、本気の――それも天道屈指の武力を誇るというイスラさんを相手に、僕がどこまで闘えるのかはわからない。


 なにより、まずは一回戦の相手であるマクシミリアンさんに勝たなければいけないんだ。


 ちらりと視線を向ければ、マクシミリアンさんもこちらを見ていて目が合った。


「……明日はお願いします」


「ああ、お手柔らかに頼むよ。お互い悔いのないよう、良い勝負をしような」


 ガッチリと握手を交わしてから、マクシミリアンさんは応援団の元へと去っていく。


 その後ろ姿は堂々たるもので、自分の実力に自信を持っているのだとすぐに理解することができた。


 僕も……僕もこの武闘会を通して、少しは自信を持つことが出来るだろうか。


 そんなことをおぼろげに考えながら、ティアたちの元へと戻るのだった―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る