第91話 クラーボツの誤算4
思わず高笑いしたくなる気持ちを抑え、最高級宿の一室で紅茶を嗜むクラーボツ。
ザオルクスへ到着後、思わぬ収獲を得ることができたためだ。
「まさかティアベルとネイアが、奴隷にされていないとはね……。これほど嬉しい誤算はないよ。リリアナもそう思わないかい?」
「ええ、そうね。見た感じかなり小ぎれいにしていたみたいだし、傷なんかも心配しなくて良さそうだわ」
ティアベルとネイアの商品価値が落ちていないことに、ほくそ笑む二人。
最終的には壊されてしまうのだとしても、最初から壊れかけているものでは面白みに欠ける。
献上品としては申し分ない状態だったティアベルを引き渡すことで、母から更なる信頼を寄せられる姿を想像し、満面の笑みを見せたリリアナ。
その姿にクラーボツはうっとりとし、リリアナへと愛を囁き始める。
だが、リリアナは軽く受け流すと気になっていたことを口にした。
「ねぇ、クラーボツ。私の魔眼のことは以前話したわよね?」
「ああ、もちろん覚えているとも。鑑定の魔眼だろう? あらゆる物の情報を即座に見抜き、正しく認識できる素晴らしい眼だよね」
笑顔でそう答えるクラーボツに、嬉しそうに笑うリリアナ。
彼女は幼い頃にこの能力に目覚め友人などに得意気に自慢したところ、周囲からは心も読まれるのではと気持ち悪がられることになり、寂しい幼少時代を過ごしていたためだろう。
年の近い子供たちは皆離れていき、寄ってくるのは魔眼目当ての汚い大人だけ。
その状況を打破すべく、リリアナは本来の力を隠すことを決意し、誰にでもわかるような情報しか読み取ることのできない低級の魔眼だと嘘をつき続ける。
結果としてそれが功を奏し、数年で彼女に対する冷たい視線は消えたものの、姉であるティアベルに家督争いで大きく後れを取ることになった。
実力至上主義である魔界において、リリアナは本来であれば家督を継げるだけの能力を有していたため、それは隠しておきたいが『長女である』というだけでティアベルが家督を継ぐことにも我慢できず、行動を起こして今に至るのだが。
その過程でひょんなことからクラーボツに本来の能力を悟られかねない失言をしてしまい、どうせバレるくらいならと自ら秘密を明かした経緯がある。
「ふふ……ありがとう。それで、ここからが本題なのだけれど。ティアベルの近くにいた人間の中に、私の眼をもってしても情報が読めないやつが
「……どういうことだい?」
「
「ほ、本当かい?!」
ガタリと椅子から立ち上がると、リリアナに駆け寄り肩を掴んで詰め寄るクラーボツ。
「え、ええ。情報が読み取れない以上、状況から推測しているに過ぎないけれど……」
「十分だよ! 本当によくぞ教えてくれたね!!」
リリアナを強く抱きしめたクラーボツは、しばらくして離すとふふふと夢想しながら席に戻った。
「でも、どうするつもり? 仮に私の予想が当たっていた場合、貴方の魔眼でも操れる保証はないわよ?」
「忘れてしまったのかい? こんな時のために、保険を持ってきたじゃないか。まさか本当に使う機会が巡ってくるとは……神に感謝しないとね」
そう言って、クラーボツは自分の左胸を軽くポンポンと叩く。
「
表情が沈み込んだリリアナを見て、優しく微笑みかけるクラーボツ。
「大丈夫さ。僕に何か異変があれば、君がすぐにわかるだろう? 信頼しているよ」
「……そうね。わかったわ、私も貴方を……貴方の強運を信じる」
二人で手を取り合い、じっと見つめ合うことしばし。
良い雰囲気になってきたところで、ミハエル配下の騎士が扉をノックした。
「失礼します。監視対象のうちの一人が、別行動を開始しました」
「なに?! 特徴は?!」
「菫色の髪をした女です」
騎士の言葉を受けて、リリアナに視線を移すクラーボツ。
「私が情報を見れなかったうちの一人よ」
「なんという……ッ! やはり僕は、天に愛されているようだね。すぐに向かう、その女のところへ案内してくれ」
騎士に続いて宿を後にすると、街中を移動。
一人で歩く菫色の長い髪を揺らす女を見つけ、クラーボツは歓喜に打ち震えた。
騎士とリリアナに待つよう指示し、ゆっくりと近づいていく。
「やぁ、お嬢さん。とてもお美しいですね。ぜひお話をしてみたいんだけど、少しだけで構わないから時間をもらえないかな?」
「あらあら……ナンパというやつかしらぁ? 悪いのだけれど、他を当たってくれない?」
「そう言わずにぜひ。君にとっても、有意義な時間にしてみせるよ? 絶対に退屈はさせないからさ」
「う~ん……。そこまで言うなら、少しだけなら良いわよ? でも、つまらなかったら……どうしようかしら」
「ハハハ、大丈夫さ。必ず期待に応えて見せると約束するよ。ここだと落ち着いて話もできないし、少し静かな所に移ろうか」
そうね。と頷いて自分のあとをついてくる女性に悟られぬよう、内心で小躍りするクラーボツ。
やがて落ち着いた雰囲気の飲食店を見つけると、女性をエスコートしながら入店。
店員は女性の美しさに思わず見とれていたものの、ふと我に返るとぎごちない動作で席へと案内。
周囲から向けられる羨望の視線に気を良くしたクラーボツは、机を挟んで対面して座るや否や、待ちきれないといった様子で女性の目を見つめながら魔眼を発動させた。
「実は君に頼みたいことがあってね。お願いできないかな?」
声に反応して視線を合わせた女性。
クラーボツはかかった! と思ったものの、女性は首を横に振った。
「突然何かしらぁ? 貴方の言うお願いというのが、うちに有意義な時間をもたらす……訳ないわよねぇ。ついてきたのは間違いだったみたい」
ガッカリした様子で席を立とうとする女性を、慌てて止めるクラーボツ。
「今のはほんのジョークじゃないか。本題は別にあるんだよ!」
「本当かしらぁ……? 仕方ないから、もう一度だけチャンスをあげるわ。でも……次つまらない冗談を言ったら、わかってるわよね?」
「ああ、もちろんさ……。ちょっと失礼」
クラーボツは自分にできる最大のスマイルを送りながら、胸ポケットから小さな箱を取り出すと、中にしまわれていたモノクルを取り出して左目に着けた。
「あら……随分と変わった眼鏡ねぇ。少しでも色気を出しておきたい、ということかしら」
興味津々といった様子の女性は、じっとモノクルを見つめる。
「ハハ、そんなところだよ。それで……改めてになるんだけど。僕のお願いを聞いてくれるよね?」
右目を閉じ、左目だけに魔力を集中させて再び魔眼を発動。
先ほどよりも強い口調で命令すると、女性は固まったまま動かなくなった。
クラーボツが固唾を飲んで見守る中、女性はゆっくりと頷く。
「ちゃんと返事を聞かせておくれ。僕のお願いを聞くんだ、いいね?」
「……ええ、わかったわ。それで、うちはどうしたらいいのかしら?」
再びゆっくりと頷いた女性は、クラーボツを見つめたまま首を傾げる。
クラーボツは高笑いしたくなる気持ちを抑え、女性にいくつか質問を繰り返し、必要な情報を入手していく。
これにより、彼は目の前の女性が読み通り龍の人化状態であること、リリアナが情報を読めなかった残りの二人が彼女の主と龍であることに加え、武闘会に参加予定であることやその目的も知り得ることができた。
「なるほど、そういうことか……。これは面白くなってきたね。続いての命令は追って下すことにしよう。今日はひとまず、怪しまれないうちに仲間の元へと戻るんだ。共にいれないのが残念だよ」
そう言って、女性の頬を撫でようと手を伸ばしたクラーボツは、軽くあしらわれたことで自嘲気味にフッと鼻で笑う。
さすがは龍というべきか、彼女のプライドに関わるのであろう部分に踏み込もうとすると、途端に魅了が解けかかる雰囲気があるのだ。
だが、種は蒔いた。
去っていく女性の後姿を見つめながら、クラーボツは満足そうに微笑むのだった―――。
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