第90話 嵐の前の


 あれから二週間。

 僕たちは時間の許す限り、特訓に明け暮れた。


 ダジルさんやミーザさん、時折ガレリアさんも付き合ってくれて、みんな見違えるほど強くなったんだ。


 そうして再びザオルクスへと戻って来た僕たちは、開会式を翌日に控えていることもあり、今日はゆっくりと身体を休めつつ英気を養うべく、ザオルクスの観光をしていた。


「む?! これはなんじゃ?!」


「お客さん、ちょうど良いタイミングだヨ。たった今蒸しあがった、出来立てほやほやの美味しーいショーポンローはいかがネ?」


「ショーポンロー……?」


「あいや、お客さんまだ食べたことないネ?! なら食べなきゃ後悔するヨ! ショーポンローはもちもちの柔らかい生地で肉や野菜なんかを混ぜた具材を包んで蒸し上げた、肉汁溢れるアッツアツの一品なんダ! 」


「むぅ?! 説明を聞いているだけで、美味しそうなのが伝わってくるのじゃ……! シズクや、これを食べてみんか?!」


 目をキラキラと輝かせて、僕の服の袖を引っ張るティア。


「あはは……。さっきもそう言って、メンラーとザーギョを食べたばかりだよ?」


「仕方ないのじゃ! いまだ知らぬ味を欲するのは、もはや定めみたいなものじゃ……! それを証拠に、後ろを見てみるが良い!」


「え?」


 ティアの言葉を受けて振り返ってみれば、全員がじっとショーポンローが入った湯気の立つ籠に熱い視線を送っている。


「どうじゃ? 食べたいのは妾だけではないようじゃぞ!」


「食べ過ぎは良くないと思うんだけどなぁ……。これを食べたら、しばらくはダメだからね?」


「うむっ! ありがとうなのじゃ!」


 僕の言葉に、ティアだけでなくみんながパァーッと笑顔になった。


 ショーポンローが小ぶりなこともあり、リルノード公の護衛の人たちの分も合わせて50個頼むと、店員さんは満面の笑顔ですぐに準備してくれる。


 これなら片手で食べられるし、護衛中の身でも差し支えないと思ったんだ。


「私たちも頂いて宜しいのですか?」


「ええ。とても美味しいらしいので、迷惑でなければぜひ」


「では、お言葉に甘えて。良かったな、お前たち! シズク殿に感謝してから食べるように!」


「「「「ありがとうございます!!」」」」


 ミーザさんを含めて護衛は5人いるので、多めに25個渡しておく。


「さて、僕たちも食べようか」


 お店に併設された飲食スペースの一角に腰かけ、僕は1個。ティアたちは3個ずつ、セツカとシオンは6個ずつ食べることに。


 残った分はマジックボックスにしまっておけば良いやと思ってたんだけど、まさか綺麗に分けきるなんて……。


 護衛中ということもあり軽食しか口にしていないミーザさんたちとは違い、僕たちはちゃんと昼食を食べているはずなんだけどなぁ。


 僕は1個だけで限界だよ……。


 店員さんが言っていた通りショーポンローはもちもちの生地にかぶりつくと、中から滴るほどジュワーッと肉汁があふれ出し、満腹に近い今の状態でもとても美味しいと思えるほど凄い一品だった。


「これはたまらんのじゃ……! 小ぶりでありながら、なんという存在感!」


「ザーギョと似たようなものかと思いましたが、全然別物ですね……!」


「惜しい……! これで魔力が宿っていれば、我の中でNo1も夢ではないというに……!!」


「あつっ! でも……美味しい! これは熱いうちに食べないともったいないよ!」


「人間は食1つにすごくこだわるのねぇ……。でも、確かにこれは悪くないわ」


「濃厚な肉の旨味が口の中に広がるのに、混ぜ込まれた野菜のお陰でくどさがまったくないです……! 生地のもちもちとした触感も合わさって、これは手が止まりません……!」


 女性陣がショーポンローを絶賛しながらとても美味しそうに食べる姿に、店の前を歩いていた人たちが一人、また一人と足を止めて誘い込まれるように籠の前へと並んでいく。


 あっという間に大行列と化し、店員さんは嬉しい悲鳴を上げていた。


「やっぱり誰かが美味しそうに食べてる姿を見てると、ついつい自分も食べたくなっちゃうよね……」


 僕もついもう1個食べたくなってしまったが、きっとまた似たようなことになるだろうと我慢。


 みんなが食べ終えて一息ついたころを見計らい、観光に戻ろうと促し席を立った。


「あいやー、待つヨ!」


「はい?」


 しばらく進んだところで呼び止められて、振り返ると大きな袋を抱えて店員さんが走ってくる。


「お客さんたちのお陰で、今日は大繁盛だヨ! これ、細やかだけど感謝の気持ちネ! ウチのもう1つの名物、ミートまんダ! ショーポンローと似てるけど、違った美味しさがあるからぜひ食べてみてナ!」


 そう言って、笑顔で去っていく店員さん。


 袋の中を覗けば、ショーポンローよりも二回りか三回りくらい大きなショーポンローそっくりの何かがこれでもかと入っていた。


 ティアがそーっと手を伸ばしてくるので、僕は身体をくるりと翻して躱す。


「ダメだよ! これはあとで食べようね?」


「むぅ……仕方ないのう。わかったのじゃ……」


「フフ、ティア嬢は美味しいものに目がないのね」


「そ、そんなことはないのじゃよ?! 魔界あっちではシンプルな料理ばかりでつまらんかったから、人間界こっちのバリエーションに富んだ料理が興味深いだけなのじゃ……!」


「言いたいことはわかるわよぉ? 食材を調理、ましてや料理というものを知らなかったうちたちにとっても、人間の食事というものは新鮮だもの。まぁうちたちの場合は、これを元にご主人様が作り出してくれるであろう、魔力で生成された料理のほうが楽しみではあるんだけど」


 そう言って、ちらりと僕を見て視線でおねだりするシオン。


「うむ、確かにな。我らにとって、主殿が創り出す人間の料理こそ、至高の一品なのは間違いない」


 うんうんと何度も頷き、セツカもちらりと僕を見た。


「わかったよ。でもさすがにここだと人目を引くから、宿に戻ってからね??」


「ありがたき幸せ!!」


「うふふ、嬉しいわ。ありがとね、ご主人様ぁ」


 またもや後ろからシオンに抱きしめられてしまう。


 ただ、今日は珍しくセツカが引き剥がす前に自分から離れていった。


「む? 今回はあっさりだな?」


「うちったらうっかりしてて、さっきのお店に忘れ物をしたことに気づいたのよ。面倒だけど、さっと取ってくるわ。だから続きはまたあとでね、ご主人様?」


「ええい、さっさと行かぬかっ!」


「大丈夫? 僕たちも一緒に行こうか?」


「フフ、大丈夫よ。うちならちゃんと後を追えるから、先に進んでいて?」


 パチンとウィンクしたシオンは、店の方へと歩いていきやがて雑踏に紛れて見えなくなる。


 その後ろ姿を見送った僕は、一瞬だけすごく嫌な予感がした。


 まるでシオンが、そのまま帰ってこないような――そんな予感。


 それからほどなくして、シオンは何事もなく僕たちに合流したから忘れてしまったんだけど。


 どうしてもっと自分の直観を信じることができなかったのか、僕はうんと後悔することになる―――。

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