第89話 二人の決意


 結局考えはまとまらないまま、模擬戦はダジルさんの勝利で終わった。


 ラナも負けじと攻め続けていたんだけど、目下の最大の課題は体力のようだ。


 最後のほうは目に見えて動きが落ちていて、現状では10分ほどの戦闘が限界みたいだね。


「うぅ……。もう少し戦えると思ってたのに、悔しいなぁ」


「ハハハ、自主練のみであれだけ動ければ大したものです。きちんと鍛錬を積めば、まだまだ伸びますよ」


「本当ですかっ?!」


 ダジルさんの言葉に、嬉しそうに笑うラナ。


「お疲れ様。すごかったね……。ラナが戦えるなんて、知らなかったよ」


「びっくりした?? 小さいころから、少しでもシズクくんと同じものが見えたらと思ってこっそりと練習してたんだ。結局あたしには魔法の才能はなかったんだけどね」


「そんなことないよ! ダジルさん相手に一歩も引かずに戦うラナ、凄くかっこよかった」


「……えへへ。シズクくんにそう言ってもらえると、今まで頑張って来て良かったって心から思えるよ。ありがとね!」


 気恥ずかしそうに頬をかきながら、満面の笑みを浮かべるラナはとても綺麗だった。


 そんなことを言えばきっと怒るだろうから、口には出せないけどね。


「ラナさん、やりますね。ですが、わたくしも負けてはいません! 見ていてくださいね、シズク様!」


「リルノード公、頑張って!!」


「はいっ!!」


 ラナの応援を受けて笑顔でフィールドへと移動したリルノード公は、ミーザさんと対峙。

 

 リルノード公の武器は槍のようで、身長の1、5倍はありそうな木製の長槍を構える。


 対するミーザさんは、長剣だ。


「いつでもいいですよ、お嬢様」


「あら、それはわたくしに対する嫌味かしら??」


「いえいえ、まさか。シズク殿の前でしたので、珍しく先に仕掛けてこられるのかと思っただけです」


「それこそまさかですよ。自ら墓穴を掘るつもりはありません」


「……そうですか。では、今日はいつもより厳しくいきますよ?」


「……望むところです!」


 不敵に笑ったミーザさんとは対照的に、より一層真剣な表情を浮かべたリルノード公。


 ミーザさんの身体がゆらりと揺れたかと思うと前に崩れ、次の瞬間には物凄い勢いでリルノード公目掛けて駆け出した。


 リーチの長いリルノード公が先制攻撃をしかけて穂先を突き出すも、ミーザさんはあっさりと回避。


 その後の連続攻撃も槍に比べれば取り回しがしやすい長剣が有利で、全ての突きを躱し、いなすことで受け切ったミーザさんは、最後に大きく槍を弾くと懐へと潜り込むことに成功。


 だけど、リルノード公は槍をたくみに使い身体ごと回転することで柄による一撃を見舞い、ミーザさんを弾き飛ばすと同時に後方へと下がることで、再び一定の間隔をあけて見せた。


「腕はなまっていないようですね。では、さらに一段速度を上げます」


 感心したように頷いたミーザさんは、言葉通り先ほどよりもさらに速い速度で駆け出し、あっという間にリルノード公へと肉薄。


 今度は突き出された穂先を剣の腹で流しながら接近することで、回転による柄での攻撃よりも早く一撃を叩き込もうとした。


 これは勝負ありだと思ったんだけど、まるでその動きがわかっていたかのようにリルノード公はミーザさんの一撃を空中へと飛び上がり躱して見せる。


 ミーザさんもこれは予想外だったみたいで一瞬驚いた顔をしていたけど、さすがは副団長。


 すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に上空で身動きが取れないリルノード公目掛けて剣を突き出した。


 飛び上がりながら槍を引き戻しきっていたリルノード公は、剣を穂先を使いコンパクトに横へと弾くと、すぐさま槍を突き出す。


 咄嗟に後方へと飛び退いて躱したミーザさんと、その場に着地し槍を構えなおすリルノード公。


 その後も一進一退の攻防を繰り広げ続けた二人は、最終的に時間切れで引き分けとなった。


「……やはり仕留めきれませんか。さすがですね、お嬢様」


「ミーザが本気を出していないからですよ。まだまだ思うようにはいきませんね」


 額に汗を浮かべるリルノード公とは対照的に、涼しい顔をしているミーザさん。

 言葉通り、まだ余力を残しているみたいだ。


 リルノード公の強みはその眼であり、圧倒的な動体視力による見切りは圧巻の一言。

 課題は決め手にかける点なのかな。


「いかがでしたでしょうか? 今はまだ現状くらいのことしかできませんが、本番まできちんと特訓を積めばもう少し戦えるようになるはずです。これでもやはり、わたくしは頼りないでしょうか」


「お願い、シズクくん! あたしも頑張るから! ティアたちみたいに、あたしもシズクくんと一緒に戦いたいんだよ……!」


「二人とも……」


 不安そうにこちらを見つめる二人に、どう返事をして良いものか悩む僕。


 実力がどうこうというよりは、二人が心配だからこそ戦ってほしくないだけなんだけど。


 かといってティアたちが心配じゃないのかと聞かれれば、もちろんそんなことはない訳で。


 結局のところ、僕が二人は戦えないと決めつけていただけなんだよね。


「……ありがとう。二人が今まで積み上げて来たものは、十分すぎるほど凄い物だったよ。二人が戦えないって決めつけて、失礼なことを言ってごめんね。ぜひ、僕と一緒に戦ってほしい」


「シズクくん……!」 「シズク様……!」


 声を震わせ、喜びを分かち合うようにお互いの手を握り合う二人。


 そこへ、雰囲気を察してか模擬戦を切り上げて戻って来たティアたちも合流した。

 遠巻きに話は聞いていたようで、二人へ声をかけている。


「……二人だけじゃなくティアやネイア、セツカにシオンにも言えることだけど。絶対に無理だけはしないでね? 優勝できるに越したことはないけれど、その結果誰かが大けがを負ったりする姿を見るのは嫌だよ」


 心配しすぎなのはわかっているんだけど、みんなの張り切り具合を見ているとつい不安になってしまって、本音を零した僕。


「もちろんだよ! みんなで優勝目指して頑張ろうね!!」


「わかりました! わたくしの全力をもって、優勝へ貢献してみせます!」


「なに、妾たちならきっと大丈夫じゃ!」


「ですね。私も足を引っ張らないように頑張ります!」


「主殿の願い、我も必ずや守りましょう……!!」


「フフ、ご主人様は心配性ねぇ。少なくとも3勝は確実なのだから、無理する場面なんて早々ないんじゃないかしら?」


 そんな僕を安心させるように、みんなは優しい笑顔を向けながら気持ちに応えてくれた―――。

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