第88話 ラナの思い
リルノード公が参加してくれることになり、各々の現在の実力を確認し合うべくソールの修練場へと移動した僕たち。
「おや、シズク殿。こちらにいらしたということは、更なる高みを目指して修行ですかな?」
僕たちに気づいて足早に駆け寄ると、笑顔で声をかけてくれた騎士団長――ダジルさん。
ちょうど騎士の人たちも訓練中だったようで、1:1で激しい撃ち合いを繰り広げている。
「実はザザーランド主催の武闘会に、全員で参加することになりまして……。それに向けての特訓をしに来たんです」
「ほう……? ふむ、それは興味深い話ですね。拝見していても宜しいか?」
「それは構いませんが、騎士の人たちは大丈夫なんですか?」
「なぁに、問題ありませんとも。少し失礼します」
そう言って騎士の人たちの元へと戻ったダジルさんは、大きな声で『しばらくは各自で自らの課題を見つめ直し、自主訓練に精を出すように!』と命令を下すと、再び戻って来た。
ちらりとリルノード公に視線を送ったけど、問題ないと微笑を浮かべて頷く。
「えーと、それじゃあ……。まずは僕たちが取る基本的なスタンスと、注意点を説明しておくね」
僕の言葉に耳を傾ける一同に、現時点での考えを説明していく。
団体戦では基本的に僕・ティア・ネイア・セツカ・シオンの5人で4勝を先取することが必須であり、それが叶わなかった場合には即座に棄権するつもりでいること。
セツカとシオンは人化状態を常とし、龍だと感づかれるような魔法などは原則禁止とすること。
「――とりあえずはこの2つかな。状況に応じて臨機応変に対応していくつもりだけど、この2つだけは変わらないと思うんだ」
「うむ。妾もそう思うぞ。ラナやリルノード公に戦わせる訳にはいかぬからな」
「こうして表舞台でシズク様のお役に立てる日が来るなんて、嬉しいですね」
「ネイア嬢もか。共に主殿のために優勝してみせよう!」
「あらあら、みんな張り切っちゃって……。ま、うちもご主人様に褒めてもらうためにも、頑張ってみようかしらぁ」
武闘会に向けて意気込む四人とは裏腹に、表情を曇らせるラナ。
「……ダジルさん。あたしと模擬戦をしてもらえませんか?」
「む……? ラナ殿が私と……?」
「ラナ?! 何言ってるの?!」
「止めないでっ! あたしだって……あたしだって、守られてばかりじゃない! いつまでもお荷物なのは嫌なんだよっっ!!」
「ラナ……」
悲痛な表情で叫ぶラナの声には、ハッキリとした強い意志が宿っていた。
「いいですね、それ。では、わたくしの実力も一度見てもらうとしましょう。わたくしだって、守られてばかりのか弱い乙女な訳じゃないんですよ? ミーザ、お相手をお願いできるかしら」
「ハッ! ですが、武闘会に出るつもりでおられるのなら、手加減はしませんよ?」
「望むところです。ミーザを相手取れるくらいでなければ、シズク様にも参加を認めて頂けないでしょうからね」
「リルノード公まで……?!」
「頑張りましょうね、ラナさん」
「うんっ! ちゃんと見ててよね、シズクくん!」
ビッと僕を指さすと、模擬戦用の長方形に線が引かれたフィールドへと駆けていくラナ。
「ご安心ください。彼女の実力はわかりませんが、怪我はさせませんので」
そう言ってぺこりとお辞儀すると、ダジルさんもラナの後を追った。
「シズクや……。ラナはああ言っておるが、何か戦闘の心得でもあるのかの?」
「うーん……。地属性に適正があるとは聞いたことがあるけど、ラナは昔から僕のメイドをしてくれていたからね。戦闘経験とかはないはずなんだ……」
「大丈夫でしょうか……」
僕たちが心配そうに見守る中、フィールドで向かい合う二人。
「ラナ殿、恰好はそのままで宜しいのですか?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします!」
「わかりました。お互いに致命傷に至る威力の攻撃や急所への直接攻撃を禁止とし、それ以外は原則なんでもありの実戦形式でいきましょう」
「はいっ!!」
鎧を纏う騎士とメイド服姿の少女という異様な光景ではあるが、互いに戦闘態勢を取る。
先にしかけたのはラナで、勢いよく駆けだすとダジルさんが振り下ろした木剣を半身でかわしつつ、そのまま懐に潜り込むと軸足にしっかりと力を込めて腹部へと右ストレートを繰り出した。
ダジルさんが左手で受け止めるも、勢いを殺しきれずにズザザザと音を立てながら数mほど後退させられるほどの威力。
僕はもちろんのこと、ティアたちも誰もが予想外だったようで、攻撃を受けたダジルさん自身も驚いた表情でラナを見つめている。
「うーん、久しぶりだからイマイチだなぁ。次、いきますっ!」
「……これは、私ももう少し気合を入れた方が良さそうだ」
先ほどまでより真剣な表情になったダジルさんとラナが激しい攻防を繰り広げる中、僕たちは唖然としたまま固まっていた。
ラナの戦闘スタイルが肉弾戦だとわかったためか、ダジルさんは動きをコンパクトにして手数で対応し、ラナもそれに合わせて動きのキレが増していく。
要所要所で放つ回し蹴りはダジルさんのガードを突き破るほどで、ついには自主訓練をしていた騎士たちも観戦しに来るほど、白熱した試合を繰り広げる。
「ふむ……。粗削りではあるが、見事なものだ」
「地属性の魔力で肉体を強化しつつ、同時に硬化もさせているようね。魔力量はそれほど多くないようだけれど、動きに合わせて出力を調整することで上手く節約してるわ」
セツカとシオンが冷静に分析する中、いつしか真剣な表情で見入っていたティアは自分の手のひらに視線を落として呟く。
「ラナは自分にできることを必死に考え、陰ながらずっと練習していたのじゃな。それに比べて妾は……」
「お嬢様……。それは私とて同じです。現状に満足し、甘えてしまっていました。でも、今からでも遅くないはずです! 頑張りましょう!」
「うむ、そうじゃな。こうしてはおれんぞ、ネイア! すぐに特訓じゃ!!」
「はいっ!!」
二人は別の模擬専用のフィールドに駆けだすと、特訓という名の練習試合を始めてしまった。
「あらあら、熱いわねぇ。でも、身体が疼く感じも否めないのは確かよね」
「ああ、そうだな。どれ、私たちも人間体での勝負勘を養っておくとするか」
「いいわよぉ? 手加減はしてあげないけど」
「望むところだ」
ニッと笑い合う二人も、別のフィールドに移動すると激しいバトルを始めてしまう。
視線をラナに戻した僕は、必死でダジルさんに挑み続ける姿を見てとても申し訳ない気持ちになった。
ラナがそんなに思い悩んでいるなんて、全然気づきもしなかったんだ。
一番付き合いの長い僕がこれじゃあ、てんでダメだよね。
昔からそうだった。ラナはいつも僕を守ってくれていたんだ。
だからこそ、今度は僕がラナを守ってあげたかった。
でも、それは僕の独りよがりだったんだ。
僕が本当の意味で、ラナやみんなのためにしてあげられることってなんだろう。
生き生きとしたラナを見つめながら、ああでもないこうでもないと、必死に考えていた―――。
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