第84話 クラーボツの誤算3
再びネーブ王国ロド国王から魔報を受け取ったクラーボツは、人間界へ向かうべく魔導馬車に揺られていた。
「やれやれ……。毎度のことながら、目的地に着くまでが長いね。パッと一度で目的地へ移動できたら楽なんだけど」
「いくら魔力量の多い魔族といえど、空間接続は30人掛かりでようやくといったところなのです。そう易々と使えるものではないと、潔く諦めるべきかと」
「ハハ、わかっているよ。つい、理想を口にしてしまっただけさ」
部下――以前アッシュヴァイオレンスドラゴンの渡航を報告しに来ていた、直属の部下である燕尾服を着た男に諭されたクラーボツは、苦笑いを浮かべた。
彼らは現在、発見と共にデリンヘル家が情報を隠蔽したラインツ領からほど近い場所へと繋がる空間の亀裂がある場所へと向かっている。
空間を安定化させる魔道具はすでに魔界、人間界の両側で設置済みであるため、都度ゲートの開閉を行えばいつでも魔界と人間界の行き来を可能としていた。
魔道具を発動し空間同士を接続するためには膨大な魔力を必要とするが、子飼いの部下を用いればクラーボツにとって大した問題ではない。
魔力が必要になるのは接続時のみであるため、ゲートを開きっぱなしにすれば都度魔力を注ぐ必要はないのだが、万が一人間界側でトラブルなどがあった際に自身の関与を悟られないよう、念を入れて必要に応じて開閉している。
さすがのクラーボツといえど、魔界側ならまだしも人間界側の問題をもみ消すだけの力は
亀裂と魔道具を隠すために建てられた、表向きは別荘だと偽装している豪華な屋敷に到着し中に入ると、すでに到着していたリリアナが優雅にお茶を飲んでいた。
「おや、待たせてしまったかな? すまないね」
「構わないわ。それで? 私も呼んだということは、ついにあの女を捕らえたのかしら?」
「惜しい。これから捕らえに行くのさ。君のことだから、その場にいたほうが喜ぶんじゃないかと思ってね。ついでに、人間の優秀な手ごまが増やせるかもしれないよ?」
「へぇ……。それは確かに、興味があるわね。フフ、お誘いをありがたく受けさせてもらうわ」
「そうこなくちゃね。もしかしたら、とんでもない大物も釣れるかもしれないよ」
首を傾げるリリアナに、わざとらしく耳元で小さく内容を伝えるクラーボツ。
リリアナは最初こそ内容を聞き目を見開いて驚いたものの、すぐに満面の笑みを浮かべた。
その様子を見ていたクラーボツの部下である男は、真面目な顔で語りかける。
「しかし、本当に宜しいのですか?
「大丈夫さ。あの男にはもう、僕をどうこうできるだけの力はないよ。ただ死を待つだけの存在を恐れていてどうするんだい?」
「……極力ご使用はお控えくださるよう、切にお願い申し上げます。実験は成功したとはいえ、
「肝に銘じておくよ。まぁ、保険といった意味合いも大きいんだ。天が僕に味方でもしない限り、使用することはないさ」
言葉ではそう口にするものの、その表情にはぜひとも使用する機会が訪れることを願うといった希望がありありと見て取れる。
「……左様でございますか。では、こちらのことはお任せください。ご連絡を頂き次第、すぐにゲートを開きますので。行ってらっしゃいませ」
「ああ、頼んだよ。では行ってくる」
部下の男は諦めて気持ちを切り替えると、一礼した。
リリアナと共にゲートを潜り人間界へと転移したクラーボツ。
転移先は薄暗いじめじめとした洞窟の中で、見張りである部下が数名待機していた。
地下通路を進んで行き、ほどなくして現れた階段を上るとボロ小屋へと到着する。
扉を開いて外に出れば、そこはすでにラインツ領内だった。
「やれやれ、ようやく着いたか。もう少しの辛抱とはいえ、面倒極まりない」
「貴方、いつもこんなに手間をかけて移動していたの? 相変わらず用心深いわね」
「仕方ないさ。
フーと大きくため息をついたクラーボツは、すぐ近くにあった馬車店で一番豪華な馬車を御者付きでレンタルすると、首都にある王城へと向けて出発した。
そうしてようやくたどり着いた王城にて、ロド王と密談を始める。
「彼女は私の婚約者である、リリアナ。以前にも話したが、探し人というのは彼女の姉でね。ロド王が見たという桃色髪の女性は、彼女に似ていただろうか?」
「うむ、よく似ていたと記憶している。間違いないだろうな。貴殿らの探し人は、現在ザザーランド共和国方面に向かったという話だ。自らで追うというならば、力を貸せるが?」
「そうしてもらえると助かるよ。一刻も早く、リリアナを姉に会わせてあげたいからね」
「ならば、ミハエルに同行していくと良い。ちょうどザザーランドへ向かう予定があるからな、同行者として潜り込めば難なく入国できるであろう」
「寛大なお心に感謝しますわ、ロド王」
リリアナがにっこりと微笑むと、ロド王は得意げにニヤッと笑った。
その後も、度々リリアナに笑顔を向けられることで気分を良くしたロド王は、トントン拍子に話を進めて行く。
クラーボツはこんなことなら早めにリリアナと引き合わせておけば良かったと少し考えもしたが、ロド王たちのリリアナに対する視線に含まれるものを理解するとすぐに考えを改めた。
リリアナからすれば、自身の色香に惑わされ都合よく動いてくれる間抜けな人間程度の認識なのだが、クラーボツにしてみれば自分のものに色目を使われるのは気に食わない。
だが、彼にとっても今の展開が非常に都合が良いことも事実であり、今後のことも鑑みた結果、天秤は利に傾いた。
こうしてリリアナに良いところを見せようと器の大きな王を演じたロド王により、驚くほどスムーズかつ見返りを求めない内容で、ティアベルを捕らえに行くための準備が進められていった―――。
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