第83話 旅立ち


 僕たちがウェルカに帰国して、はや一ヶ月。


 これまでに色々な事があった。


 カイゼル殿下がエンペラート陛下の予想を大きく超えて、期待以上の成長を遂げていた事。


 そんなカイゼル殿下は、長々と国を不在にしていたエンペラート陛下にキツイお灸を据えた事。


 今回の僕の働きが諸侯の耳にも入り、反対するものがいなくなった事もあって宙ぶらりんになっていたカイゼル殿下の護衛やサンダーバード討伐の報酬も含めて、全てがエンペラート陛下の指示通りに進み莫大な報酬を受け取った事。


 報酬の1つとして、ウェルカにおける男爵位を叙爵した事。

 加えて、リーゼルンからも男爵位を叙爵され、僕は二国で貴族位を与えられた事。


 貴族位についたため、シズク・エルディスと名乗るようになった事。


 領地の代わりという事で、イシラバスとソールにそれぞれ屋敷をもらった事。


 そんな事がありつつ、今日はリキミさんとジェシーさん達ネーブから派遣されていた人たちが帰国の途につく日だった。


 陛下に挨拶を済ませたリキミさん達を連れて、ゲートでネーブに近いネムラ山の近くに移動してきた。


「送ってくれてありがとよ。おかげで、ギリギリまでゆっくりする事ができたぜ」


「本当に助かったよ。それじゃあ、またね。ティアちゃん達も、また恋話しましょ!」


 笑顔で手を振り、馬で走っていくリキミさんたち。


 さて、次は僕たちの番だね。


 というのも、僕たちも一度ウェルカを離れ、各国を旅して回ることになっているんだ。


 緊急の用件などがあれば魔報にて連絡が入ることになっているし、連絡できない状況も想定して週に1度は異常が無いかを確認するためにゲートで戻ることになっているから、旅と言って良いのかはわからないけど。


「さて。まずはゼニーを観光して、それから西に向かう感じで良いかな?」


「うむ! 今度こそ各国の美味しいものをシズクに食べさせるのじゃ!」


「ぜひデザートなんかも、バリエーションを増やして頂きたいです!」


「あ、それならあたしは辛いやつもお願いしたいなー!」


「我はあいすなるものが食べてみたいです!」


「そうねぇ……うちはとりあえず、いろんなものを食べてみたいわ?」


 観光は……?


 と聞く勇気がなかった僕は、素直に頷くとゼニーから少し離れた場所へゲートを展開。


 報奨金の一部を利用して購入した魔道馬車ーー魔力を原動力に動く、高価な馬車を取り出し、一路ゼニーへと向かった。


 ティアたちの要望通り、様々な種類の料理やお菓子、デザートなんかをシェアしながら食べて回りながら一緒に観光も済ませていく。


 セツカは今まで、僕たちと出会ったときに身体を隠すためにかけてあげたローブを気に入ってずっと身に付けていたんだけど、商店の1つで偶然見かけた遥か東にある島国の伝統衣装だという和服を僕がすごくセツカっぽいねって言ったところ、それならば我が着るべきですね! と言い出し、あっという間に再現してしまった。


 純白の生地に薄水色の雪の結晶や花弁が舞い散っているようなデザインの和服はとても儚げで美しく、まるで最初からセツカのために作られたかのように思えてしまうほど似合っている。


「すごく綺麗だね。セツカにとても似合ってるよ」


「ほ、本当ですか?! ふふ、主殿にお褒め頂いたぞ。お前のお陰だ、感謝する」


 そう言って、見本にした和服に笑顔を向けるセツカ。


 でも、シオンもそうだけど人化でどうやって衣類まで再現しているんだろ……?


 また1つ、龍についての疑問が増えた瞬間でもあった。


 こうしてゼニーを心ゆくまで満喫した僕たちは、翌日の早朝にゼニーの西にある大国ザザーランド共和国へ向けて出発。


 ザザーランド共和国は大小様々な複数の街からなる国で、ウェルカやネーブのように王や皇帝はいない。


 各街の有権者と呼ばれる貴族たちが投票を行い、最も多い支持を得られた人が大統領として国のトップに立つそうだ。


 リーゼルンと似ているけど、ザザーランドは貴族なら誰でも大統領に立候補することができるそうで、チロイヨン公爵家のみから選ばれるリーゼルンとは意味合いが大きく異なるらしい。


 大陸図的にはリーゼルンの斜め左下にあるような感じなんだけど、国境はとても深い断崖で遮られている上に、その断崖を住処にしている空飛魚ーー獰猛な性格と肉食の魚で、一定時間なら空を飛べることもあり一度狙いをつけられるとどこまでも追いかけてくる恐ろしい魔物ーーが防波堤となり、先の魔界から流れ込んだ魔物の襲撃もほとんど被害がなかったんだって。


 事実その通りで、ゼニーからザザーランドへと入国してから最も近い大きな街までたどり着くのに1週間くらいかかったんだけど、途中に寄った村や町なんかも平和そのものだった。


 そして僕らは今、たどり着いたザルザンの街を観光している。


 ここは工房が多くを占める街のようで、壁にかけたり床に敷いたりと人によって様々な使い方のできる織物や、ザザーランドに古くから伝わる伝統衣装、それに銀を用いた食器など幅広い工芸品が目白押しだ。


「これはまた見事じゃな……! これほど細かい模様が入った銀器など、中々お目にかかれぬ!」


「お嬢様、こちらも凄いですよ! 銀の盾です!」


「見てみてシズクくん、どうかな? 似合う??」


 ティアとネイアが銀器に夢中になる中、ラナは伝統衣装の1つを手に取ると自分に重ね合わせる。


 細かい花柄が刺繍された、襟詰のタイトなワンピースタイプの服。

 

 深いスリットが入っていて動きやすそうだけど、身体のラインがはっきり出そうだから着る人を選びそうではあるかな。


 その点、ラナは申し分なく着こなせると思う。


「うん、すごく似合うよ。ぜひ着てるところも見てみたいね」


「あう……」


 顔を真っ赤にしたラナは、伝統服を元の場所に戻すとそそくさとティアたちに合流してしまった。


 僕はせっかくなので、先ほどラナが持っていたものを含めて全員分の服をこっそりと購入し、みんなのところへ戻るのだった―――。

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