第82話 龍以上……?


 これからも宜しくお願いしますね。


 眩しいくらいの笑顔でそう言い残して部屋を後にしたリルノード公を唖然としながら見送った僕は、しばらくして落ち着きを取り戻すとティアたちを問い詰めた。


 曰く、僕がレスティエ様と二人きりで話している間にちょうどリルノード公が訪ねてきたそうで、お茶を飲みながら腹を割って話し合ったこと。


 彼女の気持ちは本物であり、その想いは自分たちとなんら変わりなかったこと。


 僕がリルノード公を嫌いなどの理由から断るならともかく、自分たちが理由だと言うのならフェアではないと感じたこと。


「まぁ後はアレじゃな、シズクほどの男を妾たちだけで独占すると言うのは、そもそもが無理な話なのじゃ」


「私たちはたまたま先に出会えただけですからね。リルノード公にもチャンスがあって然るべきだと思いました」


「僕は二人が何を言っているのかさっぱりわからないよ……」


 頭を抱えたい気持ちを必死に我慢していると、久しぶりにラナがお説教モードに突入した。


「シズクくん! リルノード公はね、勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えてくれたんだよ?! 男ならちゃんと向き合いなさい! その上で答えを出さなきゃ、失礼だよ!!」


「気持ちに向き合う……?」


「そうだよ! シズクくんがリルノード公の気持ちに応えない理由は何? ティアとネイアがいるからだよね? でも、それってあくまで理由であって、シズクくんの気持ちではないよね。そこにリルノード公が増えると、シズクくんの二人に対する気持ちは揺らぐの?」


「そんなことないよ。二人は僕にとってとても大切な人で、それはこれからも変わらない」


「う……。な、ならやっぱりリルノード公をフる理由にはならないよ! ちゃんと彼女の気持ちに向き合って、その上でシズクくんはどう想ったのかで決めなきゃ!!」


 僕の言葉に一瞬たじろいだように見えたラナ。


 色恋沙汰には疎かったみたいだし、思わず照れちゃったのかな。


 でも、確かのラナのいう通りだよね。


 すでに重婚を決めた以上、僕はリルノード公からの告白に対して、断りやすい理由を見繕っていただけなのかもしれない。


 リルノード公からすれば、二人は良くて三人はダメな理由が思い当たらないだろうし。


「何、主殿なら5人でも10人でも大丈夫です! むしろティア嬢とネイア嬢の二人だけでは、荷が重いくらいでは?」


「うむ……。それは妾も思っておった。今の妾たちは、シズクについて回るだけのフンじゃからな」


「シズク様はそんなことないと言ってくれるんでしょうが、周囲はそう思わないでしょうね」


「女の嫉妬って怖いもんね……」


 ティアとネイア、ラナが表情を沈ませる中、言葉を投げかけた張本人であるセツカは首を傾げる。


「む? 何を言っておるのだ? 我が申しているのは、交尾の話だぞ。主殿は我ら龍すら軽く凌駕する魔力を持ちながら、それに平然と耐えうる身体をしているからな。つまり、夜も龍以上の可能性があるのではということだ!」


「確かにそれはありそうねぇ。アッシュヴァイオレンスを蹴り飛ばしてる姿を見たときは、正直雌としての本能が刺激されたもの。フフ、ご主人様との夜戦は何人で相手すれば務まるのかしらね?」


 セツカとシオンが興味津々と言った様子で僕を見つめる中、三人は愕然とした表情を浮かべていた。


「そ、そうであった……! 妾は無意識にシズクは人間だからと、甘く見ていたのじゃ……!!」


「お嬢様、私もです……! 初体験ではありますが、サキュバスは性に対して貪欲ですからね。この知識を以ってすればきっと満足させられると、過信してました……! ど、どうしましょう?!」


「シズクくんは夜も英雄……。シズクくんは夜も英雄……。シズクくんはあっちもすごい……」


「わーーーっ! なんの話してるの?! 僕もしたことないからわかんないよ!!」


 作戦会議をしてきます! と宣言して奥の部屋へこもってしまった女性陣は、その後も出てくることはなく僕は一人眠りにつき、夜が明けた。


 朝食の際に顔を合わせたリルノード公はとても晴々とした表情を浮かべていて、僕と目が合うたびに優しく微笑む。


 こんなのどうしろっていうの……?!


 エンペラート陛下やレスティエ様はリルノード公の様子を見てニコニコしているし、アスリさんは青春だねぇなんて笑っているし。


 あ、そういえばグラーヴァさんが教えてくれたんだけど、アスリさんとガレリアさんて恋仲ではないんだって。


 僕はてっきり夫婦なのかと思っていたから、びっくりだよね。


 気になるなら本人に聞けって言われたんだけど、機会があれば聞いてみたいなぁ。


 なんて半ば現実逃避しながら朝食を終えた僕は、借りていた部屋に戻り出立の準備を済ませる。


  一応リルノード公が他言無用の緘口令を厳命してくれてはいるけど、すでに僕がゲートを使えることはリーゼルンの上層部に知れ渡ってしまったので、帰りはゲートで帰ることになってるんだ。


 事前に一度試してみたんだけど、無事イシラバスの皇城に戻れたからね。


 見送りにはリルノード公やコアンさん、アスリさんにガレリアさんと騎士団長やミーザ副団長も来てくれた。


「シズク殿。貴方がいなければ、今頃ソールはどうなっていたか。本当に感謝の言葉もありません。次はぜひ、観光がてらソールへお越しください。最大限のもてなしをさせて頂きますよ」


「あんたの偽物フェイクが食べれなくなると思うと、残念だねぇ。近いうちにまた、届けに来ておくれよ? ゲートがあるんだ、すぐ来れるだろ?」


「アスリ、お前さっきたんまりとスコーンを作らせてなかったか……?」


「あんなのすぐなくなっちまうよ。あんたの分もと多めにもらったんだけど、いらないならもう少し長く持ちそうだね」


「すまねぇ! 俺が全面的に悪かった!!」


「わかればよろしい」


 どうしてこの二人は夫婦じゃないんだろうか……?


 いや、もしかしたらこれも僕をソールへと来させるための布石なのかもしれない……。


 頭を振って疑問を追いやっていると、騎士団長が手を差し伸べて来る。


「シズク殿、この度はお世話になりました。私どもも更に精進しますゆえ、次いらした時にはぜひ手ほどきをお願いしますな」


「はい、ぜひ」


「それと、ガレリア殿を救ってくれて本当に感謝します。あの方はミーザの――」


「団長? 何か言いました??」


「オホン。では、ご健勝ご多幸をお祈りしております」


 何事もなかったように笑いながら、ミーザ副団長に首根っこを掴まれてずるずると引きずられていく騎士団長。


 僕も騎士団長のご無事をお祈りしております。


「騒がしくてすみません……。皆すっかりシズク様に惚れ込んでしまったようで……」


 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるリルノード公。


 リーゼルンは戦に長けた人が集まりやすいこともあって、武人気質な人が多いんだって。

 

 だから、一度気に入っちゃうとぐいぐい距離を詰めて行っちゃうらしい。


「まだ出会って日が浅い僕たちへ親身になって接してくれるので、とても嬉しいですよ。なんていうか、仲間として受け入れてもらえてるような、そんな気がして」


「そう言って頂けると幸いです。いずれわたくしからお伺いしますが、気が向いたらでいいのでシズク様もたまには遊びに来てくださいね」


 満面の笑みを浮かべて手を振ってくれたリルノード公と別れた僕たちは、みんなに見送られながら久しぶりのウェルカへと帰国したのだった―――。

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