第81話 昨日の敵は
衝撃の告白から5日が経った。
あれから一度もリルノード公は僕と顔を合わせることがなく、今日はついにリーゼルンを出立する前日のお昼だ。
今日の夜は事態の収束と、迅速な支援で多大な貢献をしてくれたウェルカへの感謝も込めたパーティーが開かれることになっている。
かく言う僕も招待はされているのだけど、いまだに参加すべきか悩んでいた。
部屋の客間に置かれたティーテーブルに突っ伏しながら、つい思わず本音を漏らす。
「行きづらいなぁ……」
「まぁ……うむ。この雰囲気ではなぁ」
ティアは周囲から注がれる好奇の視線を思い出したのだろう。
気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「アスリさんは何を考えているんでしょうね……。気の良い方なのは短い間ですが理解できたので、意味もなく言いふらした訳ではないと思うんですよ。それがまた一段と怖い所ですが……」
ネイアも力なく首を横に振ると、フーとため息をつく。
と言うのも、リルノード公が僕に告白し、求婚までしたと言う話が周囲に広がってしまっているんだよね。
噂の出どころは、ネイアの言う通りアスリさん。
リーゼルンの現トップによる冒険者への求婚と言う衝撃的な話は瞬く間に広がり、今ではソール内もこの話で持ちきりらしい。
「リルノード公、大丈夫かなぁ。告白するだけでもすごく勇気がいるのに、それがみんなにも知られちゃうって恥ずかしいよね……」
心配そうに俯くラナ。
その肩をセツカがポンポンと叩く。
「何、大丈夫だろう。リル嬢とて自身の立場は重々理解していた上で、それでも想いを伝えたのだ。これくらいのことで動じるほど弱い者ではないぞ」
「フフ。あの暴れん坊が、随分と丸くなったものねぇ。お姉さん、感動だわ」
「茶化すな!!」
セツカとシオンがいつものように言い合いを始める中、扉がノックされる。
客人はレスティエ様だった。
「突然ごめんなさいね。パーティー前に、少しシズク君と話をしておきたくて」
「僕とですか……?」
すぐに大事な話であると理解し、妾たちは一度席を外そうと気を利かせてくれたティアたち。
椅子に腰掛けたレスティエ様は、ネイアが部屋を出る前に淹れてくれた紅茶で唇を潤すと口を開く。
「リルちゃん――ああ、ごめんなさい。小さい頃から知っているものだから、プライベートではついそう呼んじゃうのよ」
「そうなんですね」
普段はいるはずのみんながいないため、僕と二人きりなこともあってか口を滑らせてしまったようだ。
「これはわたくしのお節介なので、今はあえてリルちゃんと呼ばせてもらうわね。リルちゃんとのことが広まっているのは知っているわ。でも、シズク君の答えがどうであれ、今日のパーティーには参加してあげて欲しいの。シズク君は今回の事態を収束させた立役者よ。もちろんリーゼルンの騎士や冒険者たちが今まで頑張ってきてくれたからこそ、被害が予想よりも遥かに少なかったのは事実なのだけど。ここまで早期に解決できたのは、シズク君がいたからこそと言うのも周知の事実なの。そのシズク君が不参加とあっては、パーティーに参加する人たちから不満が出ちゃうのよ」
煩わしいしがらみよね、と困り顔を浮かべるレスティエ様。
「それは……なんとなくわかります。貴族は体裁を重んじるので、自分が来てやったのにと思われかねませんよね。それはそのまま、主催者であるリルノード公の顔に泥を塗ることにもなる。わかってはいるんですが……答えが出なくて」
「それは、リルちゃんの告白に対する返事が、と言うことかしら?」
「いえ、そこは断ろうと思っています。僕にはすでにティアとネイアという二人の婚約者がいて、ラナやセツカ、シオンという心強い仲間もいますから。僕が悩んでいるのは、お断りしたその後です。国のトップが求婚を断られた、それも一介の冒険者に過ぎない男に――なんて話が出回ったら、リルノード公にご迷惑をおかけしてしまうのではないかと思いまして……。それならば、やむを得ない事情で一足先にウェルカへと戻ったという理由で欠席させてもらい、今のうちにソールを出た方が良いのかな、と」
「なるほどねぇ……。でも、そういうことなら尚更参加してあげて? 確かにリルちゃんはリーゼルンの現トップではあるけれど、それと同時にシズク君に恋する一人の乙女でもあるの。フラれた挙句いつの間にかいなくなっていたら、とても傷つくと思わない?」
「それはそうかもしれませんが……」
「大丈夫よ。恋する女は強いから。周りからなんて言われようと、簡単にへこたれたりしないわ」
「……わかりました。パーティーに参加した後、リルノード公にきちんと僕の気持ちを伝えようと思います」
「ええ、そうしてあげて。ありがとうね、シズク君。わたくしのお節介を聞き入れてくれて」
それじゃあまた後で、と言い残してレスティエ様は部屋を後にした。
それから僕はコアンさんに出席する旨を伝えたり、礼服を用意してもらったりと準備を進めていると、ようやくみんなが帰って来る。
「みんな、ありがとね。僕もパーティーに参加することにしたよ」
「……うむ、そうじゃな。それが良いと思うぞ!」
「私たちも参加させてもらえるそうですから、準備してきますね」
どこか悩んだ様子をしていた気がしたけど、すぐに笑顔を向けてくれたティアとネイアはラナたちと一緒に奥の部屋へと入っていった。
気のせいだったのかな??
夜になると大公邸の中央に位置する大きな広間でパーティーが始まり、僕らのところにもひっきりなしに貴族や高位の冒険者の人たちが挨拶に訪れた。
流石に藪から棒にリルノード公とのことを聞いて来る人はいなかったけど、やっぱりみんな気になるようでチラチラと僕とリルノード公との間で視線を行き来させている。
パーティーも終盤に差し掛かったところでリルノード公が舞台に上がると、広間はシンと静まり返った。
「パーティーはそろそろお開きとなりますが、皆様が気になっているであろう噂について、この場を借りて説明させて頂こうと思います。わたくしがウェルカ帝国S級冒険者であり、此度の我が国を襲う魔物の脅威を退けてくださったシズク様に求婚したのは紛れもない事実です。残念ながらわたくしは彼を射止めるに至らず承諾して頂けませんでしたが、今後ともアタックし続けることをお許し頂けましたので、必ずや射止めて見せます! わたくしにはシズク様以外など考えられませんので、どうか皆様には温かく見守っていただけると幸いです」
リルノード公が笑顔で一礼すると、会場は拍手に包まれた。
え、ちょっと待って?
アタックし続ける許可って何??
状況を飲み込めないままパーティーはお開きになってしまい、自室にて頭を抱えているとリルノード公が訪ねてきた。
パーティーの時ですらいつもと同じ露出のないしっかりとした上着にズボンという男性が着るような出立だったのに、なぜか今は胸元が大きく開いた綺麗なドレスに身を包んでいる。
「こんばんは、シズク様」
「こ、こんばんは……じゃなくて! さっきの発言、あれはどういうことですか?! 僕まだ何も言ってませんよね?!」
「シズク様? わたくし、生まれて初めて殿方にドレス姿を見せているのですが、何も言って頂けないんですか?」
「え……? その、とてもお似合いです……」
「ふふ、ありがとうございます。血筋がらどうしても胸が目立ってしまうので、ドレスは嫌いだったのですが……。シズク様が喜んでくださるなら、アリですね」
おそらく僕の顔は真っ赤なんだろう。
チラリと自身の胸元に視線を落としてから、僕を見つめて妖艶に笑うリルノード公はとても艶かしく、普段と違う格好も相待って刺激が強すぎる。
「よ、喜んでるなんてそんな……。じゃなくて?! ど、どういうことなんですか?!」
「シズク様以外の皆様と、少しお話しできる機会がありまして。その話し合いの場で、わたくしも追々合流しても良いこと、シズク様を振り向かせるべくアピールしても良いこと、シズク様を射止めた際には受け入れてくれることなどを認めて頂けたんですよ?」
「え……??」
僕がバッと振り返れば、そこには笑顔でうなずくみんなの姿があった―――。
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