第80話 爆弾発言
見つめ合うような形になってしまった僕とリルノード公を見て、エンペラート陛下が顎髭を撫でながら口を開いた。
「ふぉふぉふぉ。個人間ならそれでも良いのかもしれんがの。シズクは現状我が国のS級冒険者という立ち位置であり、リーゼルンには救援依頼を受けて来ておるからの。此度のシズクの働きを善意としてしまうと、では我が国にも是非と『善意』による無償の救援依頼がひっきりなしに舞い込むことになるんじゃよ」
「断ればなぜリーゼルンだけなのだと、『善意』が前提であるにも関わらず抗議してくる国や貴族などが大勢現れるでしょう。シズク様を、ウェルカをそのような目に合わせる訳にはいきません」
「そんな……」
僕の良かれと思った軽はずみな行動が、まさか国まで巻き込んでしまうなんて。
「そこで、リーゼルンとウェルカの二国間で協議を続けていた『軍事協力同盟』を前倒しして締結することになりました。シズク様による救援物資を含めた全ての支援は、この同盟によるものという扱いにさせて頂きます。もちろんこれは外部からの過剰な干渉をかわす為の措置ですので、極秘にではありますがシズク様への謝礼は別途ご用意させて頂きます。シズク様が意図したことではないとは言え、国からの依頼だったという扱いになってしまいますがご納得いただけないでしょうか?」
「もちろんです! 僕のせいで、ご迷惑をおかけしました」
「元々この同盟は考えておったものじゃ。余自らが足を運んだ理由や、黒龍の素材の件もあるしのう。余やリルノード公、国の都合や体裁を守る為のものゆえ、シズクもきっかけになったとは言え気にすることはない。そう申し訳なさそうにしなくて良いのだ」
優しく微笑む陛下に、強い安心感を覚える。
それと同時に、度々迷惑をかけていることがとても申し訳なくなった。
「いえ、そんなっ……! 僕の行動が軽率だったのは確かです。今後は同じことの無い様、十分に気をつけます!」
僕が頭を下げると、複雑そうな表情を浮かべたレスティエ様。
「それはそれで、シズクくんの良さを殺してしまっているみたいで良くないわ。面倒な後処理は大人に任せて、貴方は貴方が正しいと思うことをすれば良いのよ。わたくしたちが必ずしも正しい訳ではないのだから」
「私もレスティエ様と同意見ですな。諍いを生みかねないのは確かですが、人としてはとても正しいことをしているのだ。今回のことも、シズク殿を責めている訳ではなくあくまで事情を伝えているだけのこと」
「だいたいよぉ、そもそも坊主に喧嘩売るやつなんかいんのか? いたらよっぽどのアホだぞ」
ガッハッハと愉快そうに笑うグラーヴァさんに、呆れ顔を向けるレスティエ様とベルモンズ宰相。
「グラーヴァのバカは置いといて。結果なんて、後になってみないとわかんないモンだからね。若いうちは失敗を恐れず、何にでもチャレンジしてみることさ」
「アスリは今でも猪突猛進だけどな」
「ちげぇねぇ!!」
「……あんたたち、なんか言ったかい?」
「「いえ、何も言っておりません」」
ガレリアさんとグラーヴァさんが顔を見合わせて笑い出すも、冷笑を浮かべたアスリさんに一睨みされた途端に、まるで蛇を前にした蛙のように小さくなってしまった。
その様子を見てフフフと笑っていたリルノード公は、一度深呼吸をして真面目な顔をすると僕へと視線を向ける。
「シズク様。リーゼルンとウェルカの結びつきをより強固にするためにも、どうかわたくしを貰っては頂けませんか?」
「「「「「……はい?」」」」」
アスリさんを除いた全員が思いがけない言葉にキョトンとするなか、リルノード公は言葉を続けた。
「わたくしはもう直、任期を終えて現在の役職より降りることとなります。その暁には、是非わたくしを貰って頂きたいのです。リーゼルンの公爵であるわたくしとウェルカのS級冒険者であるシズク様の結婚は、両国にとっても同盟の良い象徴となるでしょう」
「えっと……それは別に結婚でなくても良いんじゃ……。というより、なぜ僕と……」
「そ、そうじゃよ! 同盟の象徴と言うならば、エンペラート陛下のご子息であるカイゼル殿下とすれば良かろう?!」
「シズク様にはすでに私たちもおりますし!」
ティアとネイアが両側から僕の腕を掴みアピールする中、リルノード公は気にした様子もなく柔和な笑みを浮かべる。
「カイゼル殿下は次期皇帝ですから、わたくしと結婚となると問題が多いのです。その点、シズク様はウェルカになくてはならない人物でありながら、王家の血筋ではありませんので諸侯からの強い反発もないでしょう」
「そ、それはそうかも知れんが……。じゃが、それならシズクには断る権利もあるはずじゃ!」
「そうですよ! 強制なんてできないはずです!」
涼しい顔のリルノード公を必死に説得する二人だけど、暖簾に腕押し。
「もちろん強制はできません。ですが、ブラックマリアさんの魔石などのこともありますし、わたくしがお側にいた方が都合が良いのはシズク様もではありませんか?」
首を傾げるリルノード公に、ぐぬぬ……と唸りはするものの反論の言葉が出ない二人。
「ふぉふぉふぉ。まぁそう結論を急がなくても良かろう。ブラックマリアの遺骸のことは、ウェルカやグラーヴァ達からも渡すことになっておるのだ。リルノード公がいたところで変わるまい」
「そんなことありませんよ。わたくしの結婚相手となれば、少なくとも国民は味方になってくれると思います。いかに諸侯の声が大きくなろうとも、国民まで敵に回す愚か者は中々いないとは思いませんか?」
「む、むぅ……。それはそうじゃが……」
あれ、陛下も言い負かされた……?!
なんかこう、外堀が次々に埋められていってる気がするんだけど……?!
思考が追いつかず僕がワタワタとしていると、セツカの笑い声が部屋に響いた。
「リル嬢よ、なぜ回りくどい言い方をしておるのだ?」
「そ、それはどう言う……」
「素直に言えば良いではないか。主殿に惚れてしまった、他は考えられないと」
「な……?!」
ボフンっと音が聞こえそうなほど一瞬で顔を真っ赤にしたリルノード公は、シューと頭から煙を出しながら俯いてしまう。
「恥ずかしがることはあるまい。主殿は素晴らしきお方だからな、共にいれば至極自然なことだろう。それが人を視ることに長けたリル嬢なら、尚更な」
ティアとネイア、ラナが意味ありげな視線をセツカに注ぐ中、ズボンをギュッと握りしめて意を決した様子のリルノード公はがばっと頭をあげると潤んだ瞳を僕へと向けた。
「先ほどの発言は全て撤回します……! わ……わたくしはシズク様が好きです! ど、どうか今後ともシズク様のお側にいさせてください!! お返事は後日お聞かせ頂ければと思います! で、ではっ!!」
言うや否や、リルノード公は顔を隠しながら部屋から飛び出していってしまった。
アスリさんだけはこうなることを予測していたようで、ニヤニヤと僕を見ている。
ど、どうしてこうなったんだろう……??
様々な感情の篭る視線を全員から受けながら、僕は力なく天井を眺めるのだった―――。
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