第79話 事態の収束


 魔界と繋がるゲートを閉じて、早3日。


 やはり大量の魔物はあの場所から人間界へと流れ込んできていたようで、出どころを絶ったことで倒せば倒しただけその数が減るようになったそうだ。


 各地で厳しい防戦を強いられていた騎士や冒険者たちも、この一報を聞いて獅子奮迅の活躍を見せてくれているとコアンさんが喜んでいた。

 これならば、一丸となれば直に事態が収束できる、と。


 僕たちも微力ながら掃討戦に協力するため、各町村へ救援に駆り出していた。


「シオン、そっちに行ったよ! ティアとネイアは右側のサポートをお願い! セツカ、ラナをお願いね!」


「うちの方へ来るなんて、バカな子ねぇ」


「任されたのじゃ!」


「すぐに片づけて来ます!」


「ラナ嬢には指一本触れさせませんので、ご安心ください!」


「シズクくんたちなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね……!」


 みんなと役割を分担した僕は、押され気味の真正面方向へと駆け出し、騎士の人たちの上空を飛び越え魔物の集団の中心へと降り立つ。


「なっ?! シズク殿、何を?!」


 慌てた様子の部隊長さんが声をかけてくれるけど、僕は大丈夫ですと笑顔を向ける。


「この場を一掃します! 部隊長さんは少しの間、町への侵入を防いでください!」


「……?! わ、わかりました!」


 部隊長さんの指示が飛ぶと、横一列に並び大楯を構える騎士たち。


 隙間なくびっしりと並んでいるため、そうそう魔物に突破されることはないだろう。


「『円環氷剣』」


 僕はセツカと共に考えた、僕オリジナルの魔法を発動。


 僕を中心に6本の氷剣が空中へ生成され、合図を出すと僕の周りをぐるぐると円を描くように回りながら周囲へと広がり魔物を斬り伏せる。


 複数生成した氷剣を風魔法で浮かせて僕の周りを旋回させているだけなんだけど、飛べない魔物相手になら絶大な威力を発揮してくれる便利な魔法だ。


 あっという間に僕を取り囲んでいた魔物を一掃し終えると、魔法を解除してみんなの様子を確認。


 シオンは木属性のウッドランスなどで一切魔物を寄せ付けず、ティアとネイアも闇刃と風刃で次々に魔物を倒していた。


 セツカも氷属性のアイスランスで援護してくれているようで、どちらも直に片付くところだ。


「あっという間に魔物が……。本当に、なんと感謝して良いやら……。シズク殿やお仲間の方々がいなければ、この町はどうなっていたか」


「皆さんが諦めずに町を守り続けてくれていたからです! その立派な騎士道に、尊敬の意を」


「……ありがとうございます。命を落とした者たちも、シズク殿にそう言って頂ければ浮かばれることでしょう。シズク殿の救援に、一同感謝!」


 部隊長さんの言葉と共に、後ろの騎士たちが一斉に敬礼してくれた。


「僕たちは次に向かいますので、すみませんが後をお願いできますか? 救援物資を置いて行きますので、町の方々とお使いください」


 マジックボックスにしまってあった、移動中に討伐した魔物の肉などの食料になりそうなものと共に、ポーションなどの回復薬を偽物フェイクで生成して並べていく。


「こ、これは……?!」


「えーっと……ソールより各町村に配るよう預かっていたものです! で、では!」


 実際のところはソールからの救援物資はまだ数日かかる見込みらしいんだけど、きっと今渡したものがなくなる頃に入れ違いで届くだろう。

 これでしばらくは飢えたりする事もないだろうし、少しでも早く元の生活に戻れるはずだ。


 あまり話しているとボロが出そうだったので、慌てて町を後にした僕たち。


 道中、ふと思い出したようにティアが口を開いた。


「そういえば、凄い今さらだとは思うんじゃが。シズクはゲートを使用しても、気分が悪くならなくなったのかの?」


「うん、今は全然大丈夫だよ。ちょこちょこ使ってたから、身体が慣れたのかな??」


「そうなんだ……。今のシズクくんからは想像もつかないね。そんなにひどかったの?」


「しばらくは顔が真っ青になって、その場に座り込んでしまうくらいでしたよ。グラーヴァさんの話では、一度に魔力を大量に消費した結果だろうと言われてましたが……」


「主殿の魔力量が増えたということだろうか?」


「今でもすでに人間の枠を大きく超えているのに、まだ増えてるかもしれないって……。ほんと、ご主人様は人間なのかしらね?」


 シオンの言葉に、誰一人として人間だと答えてくれない。


「僕は人間だよ!!」


 今回ばかりは、きちんとあらぬ疑惑を否定しておこう。


 その後は時間の許す限り行く先々の町や村で救援活動を繰り返し、日暮れと共に久しぶりに大公邸へと戻った。


「おかえりなさい、シズク様。各町村への救援、本当にありがとうございました。……そのことで少しお話があるのですが、お時間宜しいでしょうか?」


「は、はい……」


 玄関で待ち構えていたリルノード公は、笑顔でそう告げる。


 でも、どこかピリピリとした雰囲気を纏っていた。


 恐る恐る後に続いていくと、応接間へと入るよう促される。


 中に入ると、そこにはすでにエンペラート陛下とレスティエ様、ベルモンズ宰相とグラーヴァさん、アスリさんにガレリアさん、コアンさんの姿があった。


「ふぉふぉふぉ。精力的に救援活動をしてきてくれたようじゃな、シズク」


「あんたのお陰で、リーゼルンもほとんどの地域で魔物の襲撃から怯える必要がなくなったそうだよ。ありがとうね」


「本来ならオレたちがやらなきゃいけねーのに、すまねぇな」


「い、いえ……僕たちはそのために来たので。そ、それで……なぜここに呼ばれたのでしょうか……?」


 陛下、アスリさん、ガレリアさんから次々に声をかけられ、なんとか声を絞り出す僕。


 部屋全体の雰囲気がなんていうか、どこか重苦しいような、そんな気がして落ち着かないんだ。


 僕はなにかまずいことをしたかな……??


「まずはお座りくださいな」


 笑顔で空いたソファへ促すリルノード公に従い腰掛けると、コアンさんが一枚の羊皮紙をリルノード公へ手渡す。


「シズク様がこの三日間で掃討に尽力してくださった町村は、合計で15にも及びます。アスリも言っていましたが、お陰様でリーゼルンは安定を取り戻しつつあり感謝の言葉もありません。……なのですが、それとは別に少々不可思議な報告が上がってきておりまして」


 一呼吸置いたリルノード公は、僕から手元の羊皮紙へと視線を落とした。


「『シズク殿がソールからの救援物資をいち早く届けてくれたおかげで、子供たちも久方ぶりに笑顔を見せてくれました』、『シズク殿が掃討と共に物資も届けてくださり、おかげで村は救われました』などなど……。国としても各方面に掛け合い迅速に物資をかき集めてはいますが、追いついていないのが現状です。それがなぜか、感謝の報告が来ているんですよね」


「や、やっぱりまずかったですか……?」


「まずくはありません。感謝してもしきれないほどです。シズク様のお陰で救われた命が、一体どれだけあることか……。ですが、現状我が国からシズク殿に対する謝礼をご用意できないのが問題なのです」


「そんな、謝礼なんて! 僕は当然のことをしただけで……」


「貴方という方は本当に……。お気持ちはとても嬉しいのですが、国として『ではお言葉に甘えて』という訳にはいかないのです。このご好意を受け入れてしまえば、シズク様に迷惑をかけてしまいますから」


「え……?」


 なんとも言えない複雑な顔で僕を見つめたリルノード公は、表情を正すとピシャリと言い切った―――。

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