第77話 シオンの推理

 ブラックマリアドラゴンの話がひと段落ついたところで、今回のヒドラ襲撃の核心――ヒドラが操られていたという部分について話すことになった。


「何者かが裏で手を引き、ヒドラに人間界を襲撃させたのは間違いないと思います。あのヒドラの魔力にも、別の魔力が混じっていました故」


「すごいね……。そんなことがわかるの?」


「龍ならだいたいわかると思うわよ。なんせ、うちらは魔力を食べて生きているんだもの。ご主人様も、食事の匂いにいつもと違う匂いが混じっていれば、気になってしまうでしょう?」


 鼻をトントンと軽く叩きながらわかりやすく説明してくれたシオンに、なるほどと頷く一同。


「確かにそう言われれば、納得できるかも……。その魔力が誰のものか、とかは分かったりする?」


「魔力の持ち主が近くに居ればすぐにわかると思いますが、さすがに痕跡を辿って探すのは難しいです」


「うちも同じく、難しいわね」


「シオン、わかっておるだろうな? 犯人を見つけても、殺してはならんのだぞ」


「わかってるわよ。だいたい、今回のことに関しては別に怒ってないわよ?」


「お前が……?」


 不思議そうに首を傾げたシオンに、全く信じていない様子のセツカ。


「何を驚いてるのよ。セツカだって、サンダーバードを操られたのでしょう? その犯人に対して、怒りを覚えたの?」


「む……。そう言われれば確かに、最初こそ怒りもしたがすぐに忘れたな……」


「でしょう? なんだかんだで、その犯人のお陰でご主人様を見つけられたようなものじゃない。ヒドラを横取りしたくらいの些事なんて、チャラにしてあげてもお釣りが来るわ」


 ふふっと笑いながら僕にウィンクするシオン。


 セツカもうむうむと何度も頷く一方で、ティアたちは複雑そうな顔をしていた。


「龍にここまで言わせるシズクを誇れば良いのか、もう少し自重しろと諭すべきなのか、悩むのじゃぁ……」


「お嬢様、深く考えてはいけません。私たちの旦那様はとても凄いお方なのだと、素直に喜びましょう」


「うぅ……。あたしだって、最初からシズク君は凄いって信じてたんだから! い、いつかあたしも……」


「シズク様……ハァハァ」


 ラナの声が少しずつ小さくなっていったので最後の方が聞き取れず、リルノード公は部屋の中が暑いのか、息を荒げていてる。


 僕が心配して顔を覗き込むと、いつものように優しげに笑い返してくれた。


「そういえば、貴女たちのことは皆さんご存知なのかしら?」


 シオンが言葉を濁しながらも、ティアとネイアを見つめて首を傾げる。


「む? 全員という訳ではないが、だいたいの者は知っておるよ」


「そうなの。じゃあ、話を進めづらいから全員にバラしてしまっても良いかしら? 何か良からぬことを企てる者がいたら、うちがきちんと処理するから」


「うむ。問題ないのじゃ」


 二人の正体に気づいていたシオンは、きちんと配慮してくれた上で確認を取ってくれたようだ。

 

 セツカが直球タイプなのに対して、シオンは思慮深いタイプなのかな?


 一同を見渡して、『他言したらわかってるわね?』と無言で圧力をかけた上で口を開くシオン。


「そこの二人、ティア嬢とネイア嬢は魔族――サキュバスなのだけれど、ヒドラを操っているのもおそらくサキュバスかインキュバスだと思うのよ。似たような匂いがヒドラの巣に残っていたから、間違いないと思うわ」


「む? そうなのか? サンダーバードを操っていたのも、恐らくサキュバスかインキュバスだぞ。では、犯人は同じなのかもしれんな」


「あら、そうなの? じゃあ話は早いわね。二人はサンダーバードやヒドラクラスの魔物を魅了できる同族に、心当たりはないかしら? 複数いるなら、その中でもずる賢くて、卑怯なやつね」


「ずる賢くて、卑怯なやつ……ですか?」


 性格まで指定されたことに、不思議そうに聞き返すネイア。


「ええ。サンダーバードの時はどうか知らないけど、ヒドラの時は厳重に痕跡を消していたようだもの。多分うちのことをよく調べた上で、バレないと思っていたんでしょうね。万が一を考えて自分たちに辿り着けないよう、ゲートも開きっぱなしにして見張りすらつけない徹底ぶりからも裏で安全に事を成したい卑怯なタイプで間違いないわ」


 シオンの推理に、一同からおぉーと小さな声が漏れた。


 セツカはいくつも疑問符を浮かべながら唸っているから、よくわかってないのかもしれない。


「……それなら一人、心当たりがあるのじゃ。じゃが、私怨からそう思うだけのような気も……」


「お嬢様、恐らく私も同じ人物を思い浮かべています。感情を抜きにしても、十分にあり得るのではないかと」


「うむ……。妾を貶め、家から追い出される原因を作り出した片割れ……伯爵家次期当主、クラーボツ・デリンヘル。この者なら、準備さえすればヒドラをも支配下におけるであろう『魅了の魔眼』の持ち主じゃ」


「『魅了の魔眼』……ねぇ。確かにそれなら、カッチリとピースがハマるわ。異性に対してのみ強力な魅了をかける魔眼で、魅惑チャームの魔法より遥かに強く洗脳をかけることができるものね。ヒドラあの子がうちの毒の誘惑を外れ、命令に従っても不思議じゃないわ」


「あとは、どうやって人間界側のゲートに魔道具を設置したか……ですね。出口と入り口、どちらも設置しないと機能しないはずですから」


 リルノード公の言葉に、考え込む一同。


「クラーボツなら間違いなく魔道具も入手できるじゃろうが、自分の部下を使えばバレる可能性があるしのう……」


「クラーボツ、もしくはその部下がリーゼルンに訪れ、人間を雇った可能性はないですか?」


 ネイアがティアの言葉を受け、そう尋ねる。


「可能性はありますが、現実的ではないかと。ゲートを固定化できる魔道具は、最近開発されたと聞いております。それが嘘でないなら、名のある冒険者たちが雇われればすぐにわかりますので。下っ端で完遂できる依頼とも思えませんからな」


 コアンさんの指摘に、再び頭を悩ませる一同。


「別にリーゼルンでなきゃいけない理由はないんじゃないかしら? 考えたくはないけれど、我が国ウェルカやネーブなど、周辺国からでも絶対に不可能という訳ではないでしょう? 不正入国は重罪だと知っていても、多額の報酬で引き受ける者がいてもおかしくないわ」


「……確かにのう。それこそ、軍部などに顔の効く者ならいくらでも方法がある」


 レスティエ様の言葉に同意するように、エンペラート陛下も残念そうに表情を曇らせる


「……そういえば。軍といえば、少し前にあった合同演習で妙な連中がいたね」


「アスリ、どういうことですか?」


「ほら、ネーブと魔物討伐も兼ねた合同演習があったろう? あの時、ネーブ側の補給部隊の1つが体調不良を理由に参加しなかったんだよ。診ようかと声をかけたんだけど、ただの食あたりだから大丈夫だって断られてね。不参加よりあたいの治療を受ける方がまだ体裁は保てると思いはしたんだけど、補給部隊だったこともあって捨て置いたんだよねぇ」


「そうかぁ? オレなら腹痛で他国の、それも天道に治療してもらうなんて恥ずかしくて御免だぜ」


 アスリさんとガレリアさんのやりとりに、表情を曇らせるリキミさんとジェシーさん。


「リーゼルンとの合同演習というと、ミハエルが率いていたものか……。あいつは本当に……。我が国の騎士団がお恥ずかしい姿をお見せし、大変申し訳ない」


 その場で立ち上がり頭を下げた二人に、気にしないでくださいと笑顔を向けるリルノード公。


「些か気にはなりますが、追求できるほどの材料は現状ありませんね……。ただ、ネーブの動向には注意した方が良いかもしれません」


 表情を切り替え、神妙な面持ちになったリルノード公はチラリとリキミさんを見てから、はっきりとそう告げた―――。

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