第76話 クラーボツの誤算2


 夜更けに一人、ロド王の私室へと赴いたクラーボツ。


 そこにはすでにロド王、ミハエル、ガナート、コーザの姿があった。


「おや? 今日はローレン殿はおられないのだね」


「奴がこの場に姿を現すことはもうないぞ。城の地下にある牢にぶち込んでおるからな」


「ほう……?」


 興味深気に目を細めたクラーボツに、ロド王に代わりガナートが事の顛末を伝え聞かせる。


「––ということで、あの男は見事に恥を晒した訳です」


「なるほどねぇ……。良い顧客になってくれると思っていたんだけど、それなら仕方ないね。それで? わざわざ私を呼びつけてまでする報告の内容が、まさかローレン殿が失脚しました。なんてつまらないものではないと信じたいのだけど?」


「当たり前ではないか。貴殿が探していた二人の魔族、その容姿に合致する者が見つかったというものだ」


「何っ?! それは本当かい?!」


 ロド王の言葉に、身を乗り出して興奮を顕にするクラーボツ。


「ああ、本当だとも。だが、タダで教えるというわけにはいかんなぁ」


「どういうつもりだい?! 私は魔物を使役し、君たちは僕に情報を提供する。そういう取り決めだったはずだが??」


「ローレンとはそのような取り決めだったのかも知れんが、ワシらはそのような約束をした覚えがない。ましてや、そのローレンはすでにおらんのだぞ?」


「……良いだろう。それで、何が望みなんだい?」


 不服そうながらも、目の前にぶら下げられた餌を諦めることができず折れたクラーボツ。


 ロド王はにやりと笑うと、わざとらしく考えるフリをし始めた。


「んー、そうだのぉ……。最近、リーゼルンの他にもう1つ、目障りな国があってなぁ。そこを落とすと約束するのなら、教えてやらんこともないが??」


「手段はなんでも良いのかい?」


「ああ、かまわんとも。ただし、あくまでワシらの関与を疑われぬ方法なら、だがな?」


「そんなのお安い御用さ。人間界には、龍によって滅ぼされた国があっただろう? あの二の舞にしてやれば良いだけのことじゃないか」


「龍……?! それはワシらも危険なのではないか?!」


「問題ないよ。人間界は大気に漂う魔力の濃度が低いからね。一国を相手にし終えた龍なら、休息と食事を取らねばろくに動けないはずだ。そこを討つなりすれば、君たちの株も上がるんじゃないのかい?」


 いつの間にか主導権を握り返したクラーボツが不敵な笑みを浮かべると、興奮した様子で何度も頷くロド王。


 コーザだけは訝し気に眉を顰めているものの、ミハエルとガナートもクラーボツの口車に乗せられていた。


「龍討伐といえばぁ、あの忌々しい『天道』たちが名を上げた偉業ですぞぉ。それを我が国主導でとなればぁ、奴らを天道の座から引きずりおろしぃ、新たな天道を我が国から排出できるのではぁ?!」


「魔法師団には優秀な人材が揃っております。いずれ天道の座につくのではないか? とまで期待される者もおりますので、国一丸となって討伐に当たれば弱った龍なら討伐可能なのではないでしょうか」


「やはりそう思うか?! うむぅ、だがやはりこうなると、リキミを切り捨てたのは失敗だったかもしれんな……」


 一度は納得したが、未練があるのか後悔した様子のロド王。


 その姿を見て、ミハエルは歯軋りしたい気持ちを必死に抑えて口を開く。


「ご安心くださいぃ、我が王よぉ。わたくし目を騎士団長に任命して龍討伐軍の総司令として頂ければぁ、必ずやご期待に応えて見せまするぅ」


「……うむ。実力でいえば、ミハエルとリキミの間にはほとんど差がないと聞いておる。前団長がリキミを推したゆえ今の体制をとっておったが、奴は少々口うるさいところがあったことも否めん。ミハエルを団長に据えて、新たな副団長を育てれば騎士団も変わらず安泰というものよな! うむ、ワシが心配しすぎであった。許せ、ミハエル騎士団長」


「もったいなきお言葉ぁ。このミハエル、しかと任された役職をこなして見せまするぅ!」


 二人の中でリキミが死ぬことは決定事項であり、勝手に空座とした騎士団長に見事就任できたミハエル。


 当のリキミは存命であり、またミハエルとリキミが実力で拮抗しているという話もミハエルの指示で流されたでっち上げなのだが、それをしらぬロド王はミハエルの実力を信じ切っている。


 騎士団の内部事情に疎いガナートも、耳にしていた噂を鵜呑みにしているので否定の声を上げない。


 この場で疑問を抱いているのは、叩き上げで今の地位にまで上り詰めたコーザだけだった。


 だが、彼にとって誰が騎士団長であろうが関係はなく、ただ取引相手として有用かどうか、その一点にしか興味がないので口を挟むことはない。


 成り行きを見守っていたクラーボツもこの話には興味がなく、頭の中はティアとネイアのことでいっぱいだった。


「それで? そろそろ、二人の情報を聞きたいのだけれど」


「……まぁ良かろう。貴殿の力は貴重だからな、この関係は大切にせねば。それで、淡い桃色の髪と薄紫の髪の女であったな。件の目障りな国であるウェルカ、そこにいるシズクというS級冒険者の男と共にいるようだ」


「S級冒険者……?! それは確か、人間界でも屈指の実力者だけがなれるものじゃなかったかい……?」


「うむ、その通り。ウェルカの報告では、貴殿が解き放ったサンダーバードを討ち取ったのもその男だという話だ」


「なぜそれほどの者とあの女が……。いや、あの容姿だ。身体を使えば人間の男なぞイチコロか……」


「近くには天道もおる。無闇に手出しはできんぞ?」


「厄介極まりないね。でも、私の役目はあくまで捜索なんだ。あとのことは、彼女の妹がどうするか決めることだよ」


「なら良いがな。くれぐれも、貴殿と我が国の関係を悟られぬよう注意するのだぞ?」


「ええ、お互いにね。では、また何かあれば連絡を取り合うということで」


 必要な話を聞き終えたクラーボツは、すぐさま部屋を後にする。


 彼がここできちんとヒドラがすでに討たれていることや、人間界に白龍がいることなどを伝えていれば、この先に待つ未来も少しは違う形になっていたのかもしれない。


 だが、自身のメンツと不利な立場に追いやられることを危惧し、ロド王たちに何も告げずに急ぎ魔界へと戻りリリアナへティアたちの居場所を伝えたクラーボツ。


 自身がどれだけ危うい綱渡りをし、すでに進んでも戻ってもたどり着くのは破滅だという事実など知る由もない。


 それはリリアナも同じで、彼女は話を聞き終えると冷たい微笑を浮かべ、すぐに母へと報告をあげるのだった―――。

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