第73話 魔物の出どころ


 紫龍が仲間に加わったことに、リルノード公は喜び、アスリさんは笑い、ガレリアさんは呆れていた。


 リーゼルン騎士団の騎士団長さんやミーザ副団長、部下の騎士たちはとても顔を引きつらせて、少し離れた場所からこっちを見つめている。


「貴女のセツカっていう『名』は、ご主人様より頂いたのよねぇ? うちにも『名』を頂けないかしら、ご主人様ぁ」


「ええい、甘ったるい声を出すんじゃない! そんなに媚びずとも、主殿はきちんと名をくれるわッ!」


 キーキーと張り合う二人だけど、意外と仲が良いのかもしれないと思う。

 

 表情に出ていたのか、セツカからとても強い抗議の視線をもらってしまったけど。


「あはは……。そうだなぁ……『シオン』はどうかな?」


「『シオン』……良い響きですわ。感謝します、ご主人様っ」


 嬉しそうに微笑んだシオンは、再び僕を抱きしめる。


「ええい、くっつくなと言っておろうに! 主殿も弾き飛ばしてください!」


「ばかねぇ、セツカは。ご主人様がそんなひどいことするわけないじゃない」


「と、とりあえずシオンは離れてね……」


「『名前』で読んでもらえるというのは、思っていた以上に良いものねぇ……。フフ、今度はセツカのいない時に抱き合いましょうね、ご主人様」


 名残惜しそうに僕を解放してくれたシオンは、うふふと妖艶な笑みを浮かべた。


 セツカがシオンを威嚇する姿を見つめながら、そろそろ同性の仲間も欲しいなぁ。


 ふとそんなことを思ってしまう僕だった。


「……そういえば、ご主人様? 気になっていたことがあるのだけれど」


「うん?」


「どうしてあの灰龍バカに止めを刺さなかったのかしら? ご主人様なら、余裕で殺せたでしょう??」


「うむ。確かにそれは我も気になっておりました」


「あー、うん。僕が倒してしまっても良かったんだけど、それだとセツカが雪辱を果たす機会がなくなってしまうかなっていうのが1つ。もう1つは、なんだかセツカがあいつを殺したがっていなかったから、何かあるのかなって思って」


「我のためだったのですか……?!」


「あらあら、ご主人様は優しいわねぇ」


 感動からか震えるセツカと、合点がいった様子のシオン。


 それからリルノード公たちと軽く挨拶を交わしたシオンは、今セツカと共に食事を摂っている。


 戦闘でお腹を空かした騎士たちには、僕が材料を提供してアスリさんお手製の鍋を調理中だ。


「やはり主殿の食事は素晴らしいですっ!」


「貴女、こんな良いものを毎日食べてた訳?! ちょっとずるいんじゃないのぉ?!」


「やかましいっ!」


 二人はいがみ合いながらも、すごい勢いで食事を平らげていく。

 

 セツカは大皿に盛られた料理を手掴みで食べていくのに対し、シオンはナイフとフォークを使いプレートに盛られた料理を上品に食べ進めている。

 ただ、食べる速度はどちらも対して変わらないし、お皿ごと食べるのも一緒だけど。


 二人が美味しそうに食べる姿を見ている騎士の人たち、よだれ垂れてますよ。


「シズク様。まだ完成までに少し時間がかかってしまうみたいなので、申し訳ないのですが今一度わたくしたちにもスコーンを分けて頂けませんか?」


「はい、わかりました。一人2つくらいずつで良いですか?」


「5個でお願いします」


「……えっと?」


「5個で」


 にっこりと笑っているリルノード公だけど、目が座ってて怖い。とても怖い。


 僕にそんなに食べたらお腹いっぱいになっちゃいますよ、なんて突っ込む勇気はなくて。

 そっと大皿にスコーンを山盛りに積み上げ、後ろに控えていた騎士団長に手渡した。


 騎士の人たちに配りに行ったリルノード公の後ろ姿を見て怯えていると、苦笑いを浮かべたアスリさんがやってくる。


「あはは、すまないねぇ。どうやらリル嬢も、あんたのスコーンをいたく気に入っちまったみたいでね。あ、あたいにも20個ほどくれるかい? ガレリアにも食わせて驚かせてやりたいんだよ」


「も、ということはもしかして……?」


「坊や、余計なことには気づかないフリをしてあげるのも良い男ってもんだよ……?」


「……はい」


 アスリさんの笑顔に気圧された僕は、バスケットとスコーンを20個作り出すとそっと手渡した。


 ルンルンと浮き足立って去っていくアスリさんを見送ると、しばらくして「うめぇぇぇえええ?!?!」ってガレリアさんの大きな叫び声が辺りに響き渡ってびっくりしたよ。


「ご主人様はすごいわね。まさかお腹いっぱいなんて思える日が来るなんて、思いもしなかった」


「セツカはまだ食べてるみたいだけど、シオンはもう良いの?」


「うちは戦闘もしてないし、怪我もしてないからもう十分よ。たくさん食べさせてくれて、ご主人様には感謝しかないわ。セツカはもう少し食べるんじゃないかしら?」


「そっか……。そういえば、シオンはどうして人間界に来たの?」


「うちもアッシュヴァイオレンスと一緒よ。素質のありそうなヒドラにうちの毒を定期的に与えることで、より強力な個体になるよう育てていたのだけど。そろそろ食べごろかと思って見に行ったら、いなくなってることに気づいて匂いを辿って追っかけてきたの」


「そうだったんだ……。セツカが操られてるって言ってたんだけど、それと関係してるのかな?」


「多分そうじゃないかしら? 妙な道具で無理やり固定化されたゲートもあったし、無粋なことをする奴もいたもんよねぇ」


 困っちゃうわと呆れた様子のシオン。

 

「固定化されたゲート……?」


「ええ。ほら、向こうに高い山があるでしょう? あの頂上辺りにあったわ。開きっぱなしだったみたいだから、この辺にやたら魔界に生息する魔物が多いのもそのせいなんでしょうね」


 アッシュヴァイオレンスが飛んで行った方向を指差し、周囲を見渡しながらシオンは確かにそう告げた。


「ちょ、ちょっと待っててね! リルノード公、アスリさん、ガレリアさん! ちょっとこっちで一緒にシオンの話を聞いてもらえませんか?!」


 僕の呼び声にすぐさま駆けつけてくれた三人に、改めてシオンから聞いた話を説明。


 三人はいくつかの質問を投げかけ、シオンの回答を聞くと目を合わせてゆっくりと頷いた。


「そのゲートが今回の一件に深く関わっていることは間違いないと思います。わたくし共でも把握できていない未開のゲートを、一体誰がいつの間に……」


「何だか雲行きが怪しくなってきたねぇ。でも、これで解決の目処がいくらかでも立ったのは有難いよ」


「だな。まずはゲートを潰して、その後犯人を見つけてぶっ殺す!」


 拳を勢いよく掌に打ち付けたガレリアさんは、怒りに満ちた表情を浮かべる。

 アスリさんもその瞳は爛々と殺気で輝いていて、リルノード公も表情こそ変えないものの、とても黒いオーラを身に纏っていた。

 

 こうしてシオンのお陰で解決の糸口を見つけた僕たちは、本格的に行動を開始するべく準備に取り掛かるのだったーー。

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