第72話 新たな龍
すぅーっと全貌を現した龍は、ゆっくりと僕たちの前に降りてきた。
綺麗な菫色の龍鱗と透き通るような翡翠色の瞳は美しいとさえ感じるけど、尾の先や翼、肘など各所に鋭い刺が覗いていて、どこか近寄りがたい雰囲気を放つ紫龍ーーヴァイオレットヴェノムドラゴン。
その姿を見て、セツカはとても嫌そうに顔をしかめているから知り合いなんだろうね。
「お前……また盗み見ていたのか。相変わらず趣味の悪い奴め」
「あらあら、ひどい言い草ねぇ。これでも、貴女に気を使って姿を隠していたんだけど?? あの場にうちまでいたら、大変だったでしょう?」
「あいつはお前に用があったみたいだが??」
「うちに用はないわよ。少しずつ溜めた魔力を、あんなバカのために消費させられるなんてたまったものじゃないもの」
「それには同意するがな。で、何のようだ? 見ていたなら知っていると思うが、お前が育てていたヒドラはあいつが砕いてしまったぞ」
「あらぁ、貴女なら薄々感づいているんじゃないの? うちが残ってたり・ゆ・う」
パチンとウィンクした紫龍は、ススス……と縮むと人の姿をとった。
龍の時と同様翡翠色の瞳をしていて、菫色の綺麗な長い髪で片目を覆い隠しているけど、それでも浮世離れした美貌が覗く顔立ち。
露出の多い濃いめの紫色をしたワンピースタイプの衣服を纏い、頭にはとんがり帽子。
胸元ががら空きなこともあって、リルノード公に負けず劣らずのサイズを誇る胸がこぼれ落ちるのではないかと言うくらい露出していた。
どこか陰のある、ついつい魔女という言葉が浮かんでしまう姿。
そんな彼女は、その場でセツカ同様片膝をついてかしずくと、頭を下げた。
深いスリットが入っているせいもあって、艶かしい太ももがバッチリ見えてしまっている。
「どうかうちのことも、そこのホワイトスノーのように配下に加えて頂けませんでしょうか」
「主殿、なりません! 此奴は危険すぎますっ!」
「ホワイトスノー、邪魔しないでくれるかしらぁ? 決めるのはシズク様でしょう??」
「ええい、何を考えているっ?! 性格の悪いお前が、素直に配下になるなどと信じられるわけなかろうっ!!」
バチバチと火花を散らす二人に、どうしたもんかと考える僕。
「うーん……。申し訳ないんですが、断りします」
「ど、どうしてですの?! この白いのが余計なことを言ったからですか?!」
「貴女のことをよく知らない、ということももちろんですが。セツカは僕の大切な仲間ですので、そのセツカが危惧していたり、仲良くできそうにない相手を迎え入れるつもりはないです」
「主殿……!!」
セツカが感動した様子で、キラキラとした視線を向けてくる。
それを見ていた紫龍はとても羨ましそうな、悲しそうな顔をした。
「本音を話すのは苦手ですのに、こうなってはそうも言ってられませんか……」
「聞くだけ聞いてやろう。話してみるが良い。事によっては、我とて反対はせん」
「貴女に言われるのは癪ですけれど、仕方ないですわね。1つは、単純にシズク様といれば飢えに耐え凌ぐ必要性がなくなるのでは? という希望的観測から。うちと同様に最低限しか魔物を喰らわないはずのホワイトスノーが、あれだけの戦闘を行えるほど魔力を蓄えられていたのは、話から察するにシズク様のお力なのでしょう?」
「……それで?」
紫龍の言葉に、真顔のまま何かを考え込んだ様子のセツカが先を促す。
「2つ目は、アッシュヴァイオレンスを容易に圧倒するその力に魅かれてですわ。龍は強き者を好む種族ですから。貴女とて、あの力に陶酔したのでしょう?」
「そこは否定できんが、主殿はそれだけのお方ではない。とてもお優しく、そして温かいのだ。あのバカのように弱者を蔑ろにすることはなく、逆に手を差し伸べることができる大きな器を持っている。真に素晴らしきお方よ」
「最後の理由はそれですわ。あの他者を一切寄せつけなくなっていた貴女が、そこまで言い切る御仁に興味が湧いたのよ。うちら龍より強く、それでいて無理やりに支配することがない。これほど雌の龍にとって理想的な庇護者が他にいると思う?」
「それは……。だが、お前は……」
「まぁ、もちろん無理にとは言わないわ。ダメならダメで考えがあるもの」
「考え……?」
「ええ。それで、どうかしら? やっぱりうちのような龍は、受け入れてもらえないのかしらぁ?」
「……やはり信用できん。お前は危険すぎる」
「……そう。残念ね……。なら仕方ないわぁ」
とても悲しそうに目を伏せた紫龍は、大きく後ろへ飛び退くと龍へと戻った。
そして、僕たちにとても強い敵意を向ける。
「何をするつもりだ?!」
焦った様子のセツカが止めに入るも、遮るように毒のブレスを足元に放つ。
「悪いわねぇ。受け入れてもらえなかったら、こうしようと思っていたのよぉ」
全身から殺気を放ちながら、僕をキッと睨みつける。
「お前、まさか……?! バカな真似はよせ!! そんなことをしてどうなる?!」
「うるさいわよぉ! これ以上ないほどの居場所を手に入れた貴女なんかに、うちのことをとやかく言わないでほしいわぁ! さぁ、うちを止めないとここら一帯の人間がみんな死ぬわよ!」
身体から紫のオーラを吹き出しながら、叫ぶ紫龍。
セツカも龍になろうとするも、まだ回復できていないためか途中で人の姿に戻ってしまった。
龍との連戦とあって、リルノード公やアスリさんたちも険しい顔をしている。
でも……。
「事情はわかりました。その上でお尋ねします。貴女が今望んでいるのは、『死』ですか?」
「……?! 心でも読めるのかしらぁ?」
「いえ、読めませんよ。なので、直接尋ねています」
「……そうだと言ったら、貴方は望み通りうちに死を与えてくれるのかしらぁ?」
「話が極端すぎて、よくわかりません。理由を聞いて納得できれば、希望を叶えます」
「なっ?! 主殿?!」
「……貴方にわかるかしら。日々飢えに耐え続け、自由に動き回ることもできず、事あるごとに襲われる者の孤独が。なまじ知能を高く持って生まれたばっかりに、ほんと散々よね。素材になることも受け入れたくないし、かと言って孕み袋にされるのも御免だし。死に場所すら楽に決めさせてもらえないのよぉ。でも、貴方ならホワイトスノーが近くにいるし、うちの死体を無碍に扱うこともないかなぁってね?」
「……なるほど。なぜそこまでして空腹に耐えるんですか? 灰龍のように、気の済むまで食らおうとは思わないんですか?」
「そうねぇ……。なんて説明して良いのかわからないけど、一番しっくり来るのは格好悪いから……かしら。確かに飢えは満たされるけど、弱い者いじめしてるみたいで後味悪いでしょう? そんなところよ。さぁ、納得できたかしらぁ?」
「ええ、ありがとうございました。ということだそうだけど、セツカの考えは変わらない?」
チラリとセツカに視線を向けると、悔しそうにぐぬぬぬぬ……と唸り出した。
「……ええい、わかった! 我の負けだ! もう反対せんッ!! ただし、何かおかしなことをすれば我自ら放り出すからなっ!」
「……そういうこと。なかなか意地悪な飼い主さんだわぁ。ふふ、宜しくねぇ?」
「貴様、主殿から離れんかーーーッッ!!」
殺意を霧散させた紫龍は、僕たちの近くへ寄って来ると再び人の姿に戻り、僕を抱き寄せると頭を撫でてくる。
セツカが何とか引き剥がそうとしてくれているけど、ガッチリとホールドされてしまった。
むしろ、セツカのも当たっているんですが……。
こうして僕たちに、新たな仲間が増えたのだったーーー。
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