第68話 暴虐の灰厄禍4


 力なく真っ逆さまに落下していき、大きな音を立てて墜落したセツカ。


 アッシュヴァイオレンスドラゴンーー灰龍は地に伏すセツカを見下ろすと、クハハハハッッと一頻り高笑いを上げた後、ゆっくりとすぐ側に降り立った。

 セツカの上に足を置き、踏みにじるように二本足で立つ灰龍は醜悪な笑みを浮かべながらシズクたちに声をかける。


「おい、人間どもぉ! てめーらには2つの選択肢をやるよ!!」


「選択肢ぃ?! なんだってんだい!!」


 地に倒れるセツカを見つめたまま固まるシズクに変わり、アスリが声を張り上げた。


「おーおー、虫けらのくせに威勢が良いねぇ。俺様は今から生意気にも俺様に刃向かいやがったこのクソ雌に、褒美として種付けをしてやることにした!」


「はぁ……?! そんな状態で卵なんて産める訳ないだろう?!」


「ちげぇーよ。卵に魔力を注ぐんじゃねぇ、母体に直接種付けすんだ!!」


「無理やり犯すってことかい?!」


 女に乱暴すると聞き、目を見開き怒りを顕にするアスリに、首を傾げる灰龍。


「あぁ……?! おい、まさかとは思うが龍といながら種付けの意味を知らねーのか??」


「……?」


 周りと顔を見合わせ、怪訝そうな表情を浮かべたアスリ。

 その姿を見て、灰龍は高笑いを上げた。


「クハハハッッ! こいつは傑作だぜ!! 優しーーい俺様が、無知なてめーらに教えてやるよ!! じゃねぇとツマラねぇからな!」


「いいから早く教えな!!」


「龍はなぁ、卵からも産まれるが、母体からも産まれんだ。雄も雌も、生殖機能を備えてっからなぁ! ただ、問題はこっからだ。龍に種付けされた母体はどうなると思う?!」


「子供を身篭り、出産するんだろう!?」


「大せーーかーーい!! ただ、惜しいッッ! 普通の出産とは、決定的に違う所があんだよ。龍に直接種付けされると、相手がどんな生物であろうと龍として産まれてくるんだ! で、問題はここからって訳。龍の子供っつーのは少しでも早く成長するために、とにかく食欲旺盛でなぁ。受胎中に母親から奪えるだけ魔力を奪い切ると、腹を食い破って出てくる。そんで、目の前に転がる死にかけの母親を食っちまうんだ!!」


 イカスだろぉ?? とアスリたちに問いかける灰龍。

 

 一方、衝撃的な事実に動揺を隠せないアスリたちは、しばらく放心状態となった。


 ようやく我を取り戻したリルノードが、恐る恐る尋ねる。


「で、ではセツカ様に種付けするというのは、まさか……?」


「そゆこと。俺様に凌辱された挙句、俺様のガキに全てを奪い尽くされて殺されるって訳! サイコーの最後だとおもわねぇか?! なぁ?!?!」


 ギャハハハハと下卑た笑い声を上げながら、灰龍はセツカを蹴飛ばした。


 絶句したまま固まる姿に満足したのか、灰龍は返事を待たず言葉を続ける。


「んで、それらを理解した上で、改めて2つの選択肢をやるから心して聞けよォ? ひとーつ、種付けを阻止するために俺様に挑む。ふたーつ、この雌を見捨てて今すぐこの場から逃げる。俺様はガキが産まれて、こいつが苦しみながら死んでく姿を見てぇからよぉ、それまでは生きてられるぜ? ま、そのあとは近くの街を片っ端からぶっ潰して、てめーらを探すけどな」


 すぐに答えが出せないアスリたち。

 もちろん命惜しさにセツカを見捨てて逃げ出すなどと考えているからではなく、勝ち目がほとんどないと言える相手を前に若手を巻き込んで良いものかという逡巡からだ。


 彼女たちが『天道』と呼ばれるようになった所以、20年ほど前に討伐した黒龍は上に、その時はグラーヴァを始めとする残り8人の仲間たちがいた。


 だが、今いる天道はアスリのみ。

 ガレリアは未だ体力が回復していないため、まともに戦うことはできないだろう。

 

 騎士団長とミーザ副団長、部下の騎士たちは戦力にならないと思った方が良い。

 残すは実力が未知数なシズクだが、齢15ちょっとの子供を巻き込んで良いものか。

 リルノードにはすぐに国に戻り民を避難させて欲しいが、セツカを置いてこの場を離れるという非情とも言える酷な選択を取ることができるだろうか。

 

 様々な懸念から悩むアスリ。


 ガレリアも同様で、なぜ自分はヒドラ程度に遅れを取ったのか、なぜあいつを倒せるだけの力がないのか。

 無力とさえ思える力の差を前に、自分を責め続けていた。


 そこへ、リルノードの落ち着きを取り戻した冷静な声音が響く。


「アスリ。全員で挑んだとして、勝率はどれくらいだと思いますか」


「……奇跡とやらを加味して、良いとこ1%。現実的な数字ならほぼ0だね」


「わかりました。ここはわたくしが少しでも時間を稼ぎますから、アスリはセツカ様を救出後に速やかにこの場を離れてください。騎士団長はミーザ副団長とともに、ガレリアを連れて至急ソールへと戻り、民の避難を最優先で行いなさい」


「何を言ってんだい?! あんただけ置いていける訳ないだろう!」


「これが最も現実的な作戦です。口出しは認めません。命令です、良いですね」


「はいわかりましたなんて、素直に聞くと思ってるのかい?! だいたい、あんたじゃ注意を引くどころか一秒ともたずに殺されちまうだけだよ!」


「大丈夫です。このを使いますので。セツカ様が仰っていたんです。この瞳は龍の逆鱗に触れかねない、と。あの龍はプライドが高そうですから、おそらく激昂させることができるでしょう。怒りに任せた攻撃なら、わたくしの身体能力で回避に専念すれば幾らかの時間を稼ぐことが出来ましょう。良いですね?」


「馬鹿言うんじゃないよっ! そんなの、ダメに決まってるだろう! それなら、あたいが……!」


「アスリ! これからけが人も大勢出るでしょう。その時、貴女がいなくてどうするのです! この先に最も不要な人選は、戦えないわたくしです。お分かりでしょう?!」


「そんな屁理屈聞きたくないよっ! みんなあんたの帰りを待ってるんだ!」


「何も逃げきれないと決まったわけではありません。わたくしがあの龍を引き連れて戻っても相手どれるよう、準備しておいてくださいね」


「そんなの……」


 優しく微笑んだリルノードに、言葉を失うアスリ。

 

 リルノードの決意は固く、短時間で説得できそうもない。

 そして、現実的に見ればこれ以上の最善策がないのも事実だった。


 ガレリアも騎士団長も、ミーザ副団長も騎士たちも嫌と言うほど理解できてしまい、反論できない。


 ここでリルノードと共に散るのが本懐だが、それではソールに残された民はどうなるのか。

 少数だけ街に戻す? 誰がそんな役目を背負う?

 仮に街に戻ったとして、ここにいるのはソールの、リーゼルンの国防を担うものがほとんどだ。

 そんなものたちを失い、どうやって民を守る?


 答えのでない自問自答を繰り返す一同に、痺れを切らした灰龍が吠えた。


「なげぇ! 即決できねーなら、もうそこで黙ってみてろや! この雌が無様に犯され、死の爆弾を孕ませるところをよォ!!」


「セツカ様ッッ!!」


 咄嗟にリルノードが魔眼を発動させ、灰龍を睨む。

 だが、ピクリと反応は見せたもののすぐに目の前のセツカに意識を戻した灰龍を見て、遅かったと崩れ落ちたリルノード。


 そこで、初めて気づいた。

 いつの間にか、この場にシズクがいないことに。


「シズク様……?」


 キョロキョロと周囲を見渡すが、どこにもその姿がない。

 リルノードがようやくその姿を見つけられたのは、灰龍が突如として吹き飛んだ時だった。


「「「「なっ?!」」」」


 突然の事態を飲み込めず、全員が呆気にとられる中。


 灰龍を蹴飛ばした張本人であるシズクは、空中に滞空したまま岩壁に打ち付けられて埋まった灰龍を睨みつけていたーーー。

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