第69話 暴虐の灰厄禍5
わたくしは……夢でも見ているんでしょうか。
先ほどまでの決死の決意などすっかり忘れて、空中に浮かぶシズクをぼうっと見つめてそんなことを思うリルノード。
自分よりも年下の彼が、いつの間にか飛び出していて、あろうことか自分よりも遥かに大きな身体を持つ龍を蹴り飛ばしてセツカを救って見せた。
信じられないような話だが、紛れもなく自身の
「おい……あの子供はなんなんだ……?」
信じられないものを見るような視線をシズクに向けたまま、絞り出すように質問を投げかけたガレリア。
「あの龍……ホワイトスノードラゴン『セツカ』の主人であり、ウェルカのS級冒険者でもあるシズクだよ。見所があるだろ? ま、あたいもあそこまでとは思ってなかったけどね……」
中ば現実逃避気味に乾いた笑いを浮かべながら、質問に答えたアスリ。
騎士団長とミーザ副団長、騎士たちはゴクリと大きな音を立てながら固唾を飲み込み、言葉を発することはなかった。
そんな一同の視線の先。
シズクはいつまでも岩壁に埋まったまま出てこないアッシュヴァイオレンスドラゴンーー灰龍に、叫び声を上げる。
「いつまでそうしてるんだ! 僕が相手してやるから、早く出てこい!!」
岩壁の中で何をされたのか理解できず放心していた灰龍は、シズクの声を聞いて我に返ると周囲の岩を黒炎で溶かし飛び出す。
「……今何をした? どんな小細工を使って、俺様を吹っ飛ばしやがった……??」
「何もしていない。ただ蹴飛ばしただけだ」
「そんなわけねぇだろうが!! テメェみてな虫けらが、俺様を吹っ飛ばせる訳がねぇ!」
「だったらもう一回やってやるから、よくみてろ」
シズクはそう言うや否や、テレポートで一瞬で灰龍の懐に転移。
思い切り腹部を蹴り飛ばすと、強靭な耐久力を誇るはずの龍鱗を易々と砕きながら再び吹っ飛ばして見せた。
今度はなんとか踏ん張り、地面にブレーキ痕を残しながら止まった灰龍は驚愕に目を見開く。
「は……? テメェ、正体を見せろや!! 人間じゃねぇだろ?!」
「下らない問答をするつもりはないよ。口より身体を動かしたらどう?」
「ぶっ殺す!!」
即座に灰豪球を発射した灰龍は、避ける素振りを見せないシズクを見て避けられないのだと誤解。
龍であるセツカの身体すら焼け焦がし、大ダメージを与えたこの一撃を受けて人間が耐えられる訳がないと勝利を確信した。
「何を笑ってるの?」
「は……?!」
さっきまで視線の先にいたはずのシズクがいつの間にか足元にいることに驚くも、気づけば上空へと吹っ飛ばされていた灰龍。
チラリと視界に映った炎球はピシリと凍りついていて、音も立てずに静かに砕け散った。
灰龍は何がなんだかわからないまま空中で体勢を立て直そうとするも、地上で自身を蹴り上げた張本人であるはずのシズクはいつの間にか自分よりもさらに上空にいて、気づいたところで勢いがつきすぎていてすぐには制止しきれない。
「まーー」
待て、そう言う前に顔面を強く殴打された灰龍は、なすがままに地面に落とされ大きなクレーターを作りだした。
勢いよく地面から這い出た灰龍がシズクを睨もうとバッと上空を見上げると、視界を覆い尽くす氷塊が目に入る。
「ウゥォオオオオオオッッ!!!!」
これに潰されたらヤバい。
直感的にそう判断した灰龍は、自身の残魔力量も忘れて全力で身体から黒炎を上へと吹き出すと、氷塊を溶かしなんとか自身の身体分より少し大きいくらいの穴を開けることに成功。
慌てて穴を潜り抜け上空へと飛び上がると、地に平伏すセツカを睨みつけた。
「テメェ、まだこんな真似する余力がーーあぁ?!」
今の氷塊を作り出したのはセツカだと思い、恨み言を吐き捨てようとした灰龍。
だが、当のセツカは回復に専念しているためか気を失ったままで、とても氷塊を生成できるような状況ではないことは明らか。
と、言うことはまさか……。
灰龍がゆっくりと見上げた先、悠然と降りてくるシズクと目があった。
「今の氷塊は、テメェがやったのか……?」
「だったら何? また小細工がーとか騒ぎ出すなら、無意味だからやめてね」
真顔のまま表情を微動だにさせず、冷たい声音で言い放つシズク。
その小さな姿にゾクリと得体の知れない何かを感じた気がした灰龍は、必死にそんな訳ねぇと自分に言い聞かせる。
「なんなんだ?! テメェはなんなんだよ!!」
「何って……。セツカの仲間だよ。そして、お前の敵だ」
「セツカ……? ホワイトスノーのことかよ?! ってことは、テメェがあの雌が主人として認めたやつか?!」
「だったら何?」
「つまり何か?! てめーは今まであいつがやられる姿を見てるだけの情けねぇ主人だったくせに、いざ負けたからって怒ってるわけかよ??! お笑い種だぜ! 負けたのはあいつが弱かったからだ! そもそも、龍が本当に人間に守られることを良しとすると思うのかよ?! あいつのためを思うなら、素直に死なせてやるべきだぜ!!」
ヒャハハハと下卑た笑い声を上げながら、セツカを見下ろしシズクを諭す灰龍。
無言のままじっと自分を見つめるシズクの姿に、反論できないと受け取った灰龍がさらに言葉を続けた。
「いいか、龍は誇り高い生きもんだ。敗者は勝者にどうされようが文句をいえねぇ、それが野生のルールなんだよ! あいつは俺様に負けた! なのに、テメェに助けられたらどうだ?! 生恥を晒し続けるだけだぜ!! 全ての龍の笑いもんだ! それとも、主人の特権で誇りを投げ捨てて生きろとでも命令するつもりかよ?!」
「その全てに当てはまらない君の言葉に、一体どんな説得力があるの?」
「あぁ?!」
「龍の誇り? 1:1では勝てないからって、周囲を巻き込む君に誇りなんてものがあるって言うの? 勝者は弱者に何をしてもいい? 相手の尊厳を踏みにじるようなことをする奴が、偉そうに勝ち負けを語るなよ。君がしてるのは勝負じゃなくて、自分の強さをひけらかすためのただの暴力だから。本当に誇り高いのは、君じゃなくて最後まで自分の信念を貫き通して戦い続けたセツカだよ」
「主殿……」
意識を取り戻したセツカが、シズクの言葉に涙ぐむ。
「ご高説有難いねぇ! だが、勘違いしてるぜェ? 結局どう取り繕ったところで、最後に立ってた奴が勝者であり絶対者なんだよォ!! テメェはあの世で下僕が孕まされるところを指を咥えて眺めな!!」
背中から灰炎を吹き出し急加速すると、セツカ目掛けて突進する灰龍。
シズクがテレポートで割り込むことも見越した上で、今までで最高の一撃を繰り出す。
ボッボッボッと何度も灰炎を吹き出しながらどんどんと加速し、身体ごと回転することで貫通力を最大限高め、全身を一本の槍と化した灰龍にはこれならどんなものでも絶対に貫けると言う確かな自信があった。
「さぁどうする、主殿さんよォ!!」
セツカもそうだったが、こいつも絶対に庇いにいくという確信から来る余裕の挑発。
「主殿、あれは危険です! 我のことは気にせず、回避を!!」
灰龍の予想通り、テレポートでセツカの前に移動したシズク。
そんなシズクに、セツカは悲痛な声音で叫んだ。
「大丈夫だよ。僕たちを守ってくれてありがとうね。今度は僕が守るから、安心して。あんな奴にセツカは渡さないよ」
にこりと優しく微笑むシズクに、言葉では表せないほどの安心感を覚えたセツカ。
目前に灰龍が迫っていると言うのに、その心がとても温かい何かで満たされていくのを感じていたーーー。
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