第67話 暴虐の灰厄禍3


 アッシュヴァイオレンスドラゴンーー灰龍が身体から放つ禍々しい黒炎は、周囲の木々を、岩を、大地すら燃やし始め、徐々に地形が変わっていく。


「それが貴様の答えか……。良かろう、ならばもう容赦はせん」


 残念そうにフーとため息をつき、ギラリと瞳に鋭い光を宿したセツカもまた、身体から冷気を放ち始めると周囲を凍てつかせていった。


 黒炎と白氷。

 両者のちょうど中間でせめぎ合うようにぶつかり続け、それぞれの境界を自身の領域へと変貌させた。


 全てが燃え尽き、命という命が消え失せ灰と煙だけが漂う焦土の領域。


 全てが凍て付き、命あるものが活動停止し氷雪だけが舞う極寒の領域。


 想像を絶する光景に、リルノード公らは誰一人として言葉を発することができない。

 

 そんな中、シズクただ一人だけは冷静にセツカの思考を読み取り、それゆえに一抹の不安を覚えていた。


「僕らがいるから……」


 シズクが思わず吐露した言葉を耳にしたリルノードは、我に返ると疑問を抱く。


「シズク様、どうされたのですか……?」


「セツカは……アッシュヴァイオレンスドラゴンが放つ黒炎がこちらまで届かないよう防ぎつつ、同時に自分自身の力で僕らに被害が出ないよう制御してくれています……。でも、この場にセツカだけを残していくこともできません……。僕はどうしたら……」


「わたくしたちが自分たちで結界を張り、身を守れば……?」


「それでも、セツカは制御をやめないと思います……」


 シズクの言葉に、表情を曇らせるリルノード。

 セツカとの付き合いはまだ短いが、彼女の言動を思えばシズクのいう通りだろうとすぐに理解できた。


「良いかい、こういうときは信じてやるもんだよ。あんたらが逆の立場にあったとしても、同じことをするんじゃないかい? その時、守るべき存在を邪魔だと思うかい?」


「それは……」


「そういうことだ。確かに枷になってるかもしれねぇ。だが、それが力になる時だってあるんだ。オレなら、大事な戦いの時には大切な奴に見守ってて欲しいと思うぜ」


「……はい」


 アスリとガレリアの言葉を聞き、自分自身をセツカの立場に置き換えた時、確かにその通りだと感じたシズクはこくりと肯くと、じっとセツカの背中を見つめる。


 シズクたちの視線の先、睨み合う二体の龍は互いに体内で膨大な魔力を練りながら、攻撃の機会を窺い続けていた。


 そして、その時がやってくる。


「『灰豪球』」 「『氷連弾』」


 灰龍は闇と光という本来は相反する二つの属性を無理やり混ぜた、灰色に燃ゆる巨大な炎球を放ち、セツカは何百という無数の氷柱を生成して発射。

 技同士がぶつかり合い大爆発が起こる中、爆炎を突き抜け上空へと飛び出した二体の龍。


 灰龍はすぐに滞空すると黒炎を口から吐き出し、そのまま上空へと飛んでいくセツカを追うように顔を動かす。

 

 セツカは大気の水分を操作し霧を生み出すと、その身を隠し回避。


「しゃらくせぇ!!」


 ブレスから再び灰豪球へと切り替えた灰龍は、爆風で霧を吹き飛ばすもすでにそこにセツカの姿はなかった。


 すぐさま灰龍は背後から迫るセツカに気づき、尻尾を振るい迎撃するも虚像に攻撃したかのようにすり抜け、その姿が霧散。


「どこを狙っている!」


 全く別の方向からセツカの腕が伸びてきて、灰龍の身体に深々と爪痕を刻み込んだ。


「こざかしいマネしやがって……!」


「力任せの単細胞ではないのでな」


「黙れや!!」


 腕、尾、翼。

 あらゆる部位を使い肉弾戦を始めた二体は、互いの身体に傷をつけながら激戦を繰り広げる。


 セツカは巧みに攻撃を避け受け流しながら手数を重視し、灰龍は攻撃をもろともせずにカウンター狙いの大振り一撃重視。

 対照的な戦法は、10秒、20秒と時間が経つに連れて明暗を分け始めた。


 避けきれずに掠ってしまう攻撃こそあるものの、それほど深いダメージは受けずに余裕のあるセツカ。


 至る所に傷があり、そのいくつかは驚異的な再生能力を持ってしてもすぐには塞がらないほどのダメージを受けている灰龍。


 周囲に散らばる龍鱗のほとんどは灰龍のものであることからも、押しているのはセツカと言えた。


 なぜセツカは自身のとっておきだった『角突弾』ーー自身の最高速で突進し続け、二本角で相手を穿つ技ーーにカウンターを合わせられたのに、自分にはできないのか。


 不満と拒絶。

 物事が思い通りに運ばない苛立ちから募る不満と、頭の隅を過ぎる本当は自分よりセツカの方が強いのではないかという到底認められない事実に対する拒絶。


 二つの感情が灰龍の心を埋め尽くしていき、やがて強い焦りへと変わっていく。


 このままでは負けるのではないか。

 そればかりか、あの楽しくて楽しくて仕方がない弱者の逃げ惑う姿や無様な死に様を二度と見られなくなるのではないか。


 灰龍の焦りがピークに達した時、ふと些細な違和感が芽生えた。


 なぜ目の前のこいつは、最初人間の姿をとっていたのだろうか。

 

 興味が無さすぎて眼中になかったが、こいつのすぐ近くには人間が何人かいなかっただろうか。


 こいつを挑発した時、『主殿』とか言ってなかっただろうか。


 今までは微塵も気にならなかったとるに足らない違和感が、ここに来て繋がった気がした。


 理由はわからねぇが、こいつは人間に付き従っている……!!


 そう確信した灰龍は、劣勢だったことも忘れて笑みを浮かべた。


 灰龍の突然の変化に強烈な嫌な予感を覚えたセツカは、尾を横なぎに振るうと灰龍を弾き飛ばして無理やり距離を空ける。


「今頃埋めがたい差があることを悟り、気でも触れたか?」


「いやよぉ。つい思い出しちまってな」


「何を言っている……?」


 怪訝そうに睨むセツカなどお構いなしに、愉悦の表情で語り始める灰龍。


「雑魚をそのまま甚振るのも良いんだけどよぉ。そいつが大切にしてるもん……守りたいもんを先に狙うと、死に物狂いで反抗してきて最高なんだぜ? 守りきれずに目の前で殺されたときなんか、いーい声で鳴くんだ……」


「下衆がッ!」


「クククッ。てめーは一体、どんな声で鳴くんだろうなぁ?!」


 ニィーと醜悪な笑みを浮かべた灰龍は、視線をセツカからシズクたちへと移す。


「なっ?! 貴様、まさか……!?」


「せいぜい守って見せろやァ! 『灰豪球』!!」


「させんっ! 『氷甲盾』!」


 灰龍は炎球をシズクたち目掛けて放つが、甲羅の形を模した分厚い氷の盾がそれを防ぐ。


「いつまで保つだろうなぁ……?」


 セツカ目掛けて飛び出した灰龍は、腕を、尾を、角を振るいながら攻撃。

 猛攻の中、シズクたち目掛けて灰豪球やブレスを放つという工程を織り混ぜ、セツカは度々その身を挺して攻撃を防ぐ。


「セツカっ! 僕たちなら大丈夫だから、目の前の戦いに集中して!」


「この程度、問題ありません……ッ!」


 至る所が焦げ、翼にはいくつも穴が空き、攻撃を防ぎ怯んだ隙をつかれて爪や角で深く抉られ、みるみるうちに全身傷だらけになっていくセツカ。


「なんで人間を守ってんのかは知らねーが……。あんな羽虫共を庇って追い詰められるなんて、馬鹿なやつだよなぁ。サイッコーに笑えるぜ」


「貴様には……一生分からんだろうよ……」


「わかりたくもねぇよッ!!」


 再びシズクたち目掛けて灰豪球を放つ灰龍。


 セツカは真正面からそれを受け止めると、最後の気力を振り絞り消滅させた。


 だが、維持することができなくなった全身に纏っていた氷鎧がパァンっと儚い音を立てて砕け散り、キラキラと光を反射しながら周囲に降り注ぐ。


 そこを好機と見て角を前に押し出し突進した灰龍。

 

 完全に躱し切る力も残っていないセツカは、脇腹を深く抉り取られて墜落したーーー。

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