第66話 暴虐の灰厄禍2


 大きな音を立て、地面をえぐりながらようやく止まったアッシュヴァイオレンスドラゴンーー灰龍。


 なぜセツカが上空から見下ろし、自分が地に落ちているのか。

 理解できていないのか、理解を拒んでいるのかはわからないが、灰龍はセツカを見上げたまま呆然としている。


 そして、リルノードらもまた驚きを隠せず固まっていた。


「あんなにあっさりと……」


「同じ龍でも、こうまで格が違うもんかね……」


「シズク、オメーなんであんな龍を従えられてんだ……?」


「あはは……なんででしょうね……」


「シズク殿……恐ろしい子……」


「いいか、お前たち。たとえ何があろうと、シズク殿だけは絶対に敵に回すんじゃないぞ」


「「「「イエッサー!!!」」」」


 各々が衝撃的な光景に様々な思いを抱く中、シズクはガレリアと副団長から何度目かもわからないありえないものを見るような視線を向けられ、騎士団長は部下に厳命を下す。


「別に命まで取ろうなどとは思わん。大人しく住処へ帰ったらどうだ?」


「……あぁ!? 何か? 俺様に恥を晒したまま、のこのこ帰れってか?! ざけてんじゃねぇぞ!! まぐれで一回防げたくらいで、調子に乗るんじゃねェ!!!」


 セツカの同族としての温情を受け入れられない灰龍は、ひどく激昂。

 再び後脚に力を込めると、セツカ目掛けて突進した。


「やれやれ……」


 ため息をついたセツカは、灰龍の動きを完全に捉えると氷の鎧を纏った腕を振り切り、カウンターの要領で灰龍の顔面に一撃を入れると地面に叩き落とす。


 その後も納得できない灰龍は突っ込み続け、似たようなやりとりを繰り返すこと5回ほど。

 

「くそっ! くそッ!! クソッッッ!!! なんで攻撃があたらねぇ?! 前まではこの技を出すまでもなく、余裕で勝ててたじゃねぇか!! 今までは手を抜いてたってのか?! あぁ?!?!」


「少し違うな。1つは、今までは我に本気で貴様の相手をする意思がなかったこと。もう1つは、今の我は魔力を惜しむ必要がないこと。決定的に違うのはこの2つだけだ」


「意味がわかんねぇ! じゃぁ何か?! てめーが本気を出せば、俺様なんていつでも倒せたってことかよ?!」


「まぁそうなるな」


「認めねぇ! 認めねぇ、認めねぇ、認めねぇ!!! ゼッテー認めねぇぞぉ!!!」


 怒りでさらにプレッシャーを増した灰龍は、もう何度目かもわからない発射態勢を取ると、今までで最も早い速度で自身を撃ち出した。


「何度やっても同じこ……?!」


 灰龍の動きを完全に見切り、カウンターをたたき込むべく腕を振るったセツカ。

 

 だが、突如として灰龍がさらに加速。

 セツカは咄嗟に危険と判断し、身体を捻って躱そうとするもわずかに掠った角が氷の鎧ごと鱗を砕き、肩口から血が吹き出した。

 

 血を流しながら地面に降り立つセツカ。


「セツカっ!!!」


 シズクの叫び声が響き渡る中、空中で動きを止めた灰龍は両手を広げて嬉しそうに高笑いをあげる。


「ヒャハハハハハハハハハッッ!! ざまぁねぇな、ホワイトスノー! だが、感謝するぜェ? テメェのおかげで、俺様は殻とやらを破れたみてぇだからなァ!!」


「貴様……!!」


「俺様は一段上の強さを手に入れた。そして、さらに上の強さを目指せる気配を感じている。ヒャハハハ、最高の気分だぜッッ! 今ならわかる、テメェが殻云々って言ってた意味がなァ!!」


 心底気分が良いと言った様子で、セツカを見下ろし愉悦に浸る灰龍。


 そんな灰龍の姿を見て、嘲笑うように笑い声をあげたセツカ。


「フハハハ! これは傑作だな。その程度の浅知恵で、殻を破っただと……? 本来なら勘違いも甚だしいと断じるところだが、ここまでくると逆に笑えてくるから不思議なものだ。所詮は一回勝負の不意打ち、二度目は通用せんことにも気付けんとは嘆かわしい」


「……なんだと?! だったら次はテメェの腹に風穴空けて、勘違いしてんのはどっちだか教えてやろうじゃねぇか!!」


 忌々し気な瞳をセツカに向けたまま急降下を始めた灰龍は、地面すれすれで角度を変えるや否や背後に灰色の炎を吹き出したかと思うと急加速。

 瞬く間に弾丸と化すと、セツカ目掛けて赤黒い光の軌跡を描きながら猛烈な勢いで迫る。


「ただ速度が増しただけのこと。なんら脅威ではない!」


 言葉通り、セツカは一切怯むことなく真っ向から迎え撃つ態勢をとり、灰龍を見据えた。


「俺様をなめたこと、後悔しろォ!!」


 セツカまでの距離が残りわずかとなったところで、背後に灰色の炎を吹き出し更に加速した灰龍。

 

 避けられない。

 炎を推進力に変えた尋常ではない加速にそんな言葉が頭を過り、思わずリルノードは戦いから目を背けた。


 アスリたちも直撃すると予想した次の瞬間、地面から急速に伸びた氷の柱が灰龍を真下から捉え、上空へとかち上げる。 


 セツカはフッと笑うと、発動の引き金トリガーを紡いだ。


「『氷鳳華』」


 上空に生成された氷塊は見る見る間に形を変えていき、美しい鳥の姿になると灰龍へと突撃。


 灰龍ごと地面に落下すると、大輪の氷華を咲かせた。


「これが格の差というものだ。これに懲りたら、相手の力量を認められるくらいの器を持てるよう精進するのだな」


 氷華に閉じ込められて身動きの取れない灰龍へ、言葉を投げかけるセツカ。


 灰龍をその手にかけることを躊躇ったセツカは、あくまで灰龍を諫め住処へと帰すために致命傷には至らない技を選んだ。

 灰龍の親を知るからこその、今後を期待しての情け。


 だが、そんなセツカの心を知る由もない灰龍は、端から自分など眼中になかったのだと、自身の最大の誇りだった強さを踏みにじり嘲笑っていたのだと、勝手な思い込みで怒りが頂点に達した。


「もういい……。卵を産ませんのは無しだ。無様に地を這いつくばらせながら、俺様に楯突いたことを死ぬほど後悔させてやるッッ!!」


 まるでその怒りの大きさを体現するかのように、灰龍から吹き出した黒炎は瞬く間に氷華を溶かし、闇に覆われた周囲を赤黒い光で照らした–––。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る