第64話 ヒドラ討伐戦3


 ガレリアさんが一命を取り止めた頃。


 セツカはヒドラと一進一退の攻防を繰り広げていた。


「中々楽しませてくれるではないかっ! どれ、もう少し本気を出してやろう。必死に食らいついてこいッ!!」


「キシャァァアアアアアアアッッ!!」


 全身を爬虫類のような黒味の強い鱗でびっしりと覆い、ずんぐりとした四足歩行の胴体から伸びる九つの首長の頭部は蛇のような見た目をしているヒドラ。


 まるでセツカの言葉に反応するかのように雄叫びをあげると、九つの首全てから紫色をしたブレスを吐いた。


 避ける素振りすら見せないセツカは、フゥーと軽く息を吐き出すだけでブレスを凍結させると自身の尻尾で砕く。

 すると、毒を多分に含んだ氷が周囲にいる魔物目掛けて降り注いだ。


「見ろ、お前の毒のせいでせっかくの配下たちが次々と減っていくぞ。次はどうするのだ?」


「フシュゥゥウウ……」


 周囲を見渡しイラついた様子のヒドラは、地面を向くとブレスよりもさらに濃い紫色をした毒煙を吐き出す。

 

 地面の上に滞留した毒煙は徐々に周囲に広がっていき、毒を体内に持つことで耐性があるはずの魔物たちですら徐々に身体が溶けていく。


「ここら一帯を全て毒地に変えてしまおうという訳か。悪くはないが、それだと主殿にお手を煩わせてしまう。奥の手であろうに、すまんな」


 セツカはそう言うや否や、自身の周りに氷柱を何本も生み出すとヒドラを囲むように一斉に地面に突き刺していく。


「我の領域となれ。『氷界』」


 セツカが発動の引き金トリガーを紡ぐと、氷柱に囲まれた一帯が一瞬で凍りつき、そこだけがまるで氷の世界になったかのような、どこか幻想的だとすら思える空間が出来上がった。


「シャァアアッ?!」


 流石のヒドラも驚いたのか、辺りをキョロキョロと何度も見回している。

 

 氷界の冷気で滞留していた毒煙も瞬く間に凍てついたばかりか、ヒドラも足元から徐々に凍り始めた。


「普通の個体よりは強かったが、やはりこの程度か。せっかく主殿に我の勇姿を見て頂こうと思っていたのに、これでは物足りんではないか」


 つまらなそうに呟くと、身体が三分の一ほどまで凍って身動きが取れなくなったヒドラに一瞥してから僕たちの方へと戻ってきて、空中で器用に人化しながら着地したセツカ。


「主殿、終わりました! 直にヒドラの氷像が出来上がりますゆえ、ティア嬢たちへのお土産にしましょう!」


「お疲れ様、セツカ。お土産は……どうだろうね……?」


 僕が困り顔で告げると、やはりヒドラ程度では土産になりませんか……と残念そうに落胆するセツカ。


 そもそもヒドラだからダメな訳じゃなくて、あれが氷を彫った氷像ではなく生きたまま氷漬けにした氷像ってところが問題なんだけどね?!


 アスリさんたちも冗談だと受け取ったのか、くすくすと笑いを堪えている。

 人と龍のカルチャーギャップに戸惑いつつも、こうして笑いあえることに安堵した。


「セツカ様。この度は我が国をお救いくださり、本当にありがとうございました」


 リルノード公が頭を下げると、それに続くように一斉に頭を下げたアスリさんや騎士団の人たち。


「礼なら我ではなく主殿に言うと良い。我はあくまで、主殿の意向に従ったまで。此度の結果は主殿のお優しい御心ゆえの賜物だ」


「ですが、セツカ様が戦ってくれたからこそ大きな被害を出すこともなく、我々はこうして無事ヒドラの脅威から怯える必要がなくなりました。もちろんシズク様にも感謝しておりますが、セツカ様にも感謝させてください」


「むぅ……。まぁ主殿の次に感謝すると言うなら、その感謝受け取ろう」


「やっぱり僕優先なんだね……」


「当たり前です! 我は主殿の鉾であり盾であろうと、自分自身に誓いました! そんな我が主殿より上に立つなど、どのようなことでもあってはなりません!!」


「あはは……。気持ちは嬉しいけど、僕はそう思ってないよ。セツカは僕の大切な仲間だし、上とか下とかはないんだ。だからセツカが誰かから感謝されたり褒められたりしたら嬉しいし、誰かに貶されたり傷つけられたりすればとても悲しい。少しずつでいいから、セツカも自分のための行動とか我が儘とかを言ってくれるようになると良いなって思うよ」


「主殿……」


 複雑そうな表情を浮かべたセツカだったけど、突然顔をしかめて上空を見上げた。


 次の瞬間、上空から急降下してきた何かが氷像になりつつあったヒドラを一撃で粉々に砕きながら着地。


「グルゥゥゥウオオオオオオオオオッッ!!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声量で、雄叫びをあげた。

 

 灰色の鱗に鋭い眼光。

 セツカよりも一回りほど大きな身体に、こめかみからうねる様に伸びる二本の立派な角はまるで闘牛のようだ。


 その姿は紛れもなくドラゴンであり、二本角の灰龍といえばおそらくーー。


「アッシュヴァイオレンス……!!」


「あぁ?! 人化してるから気づかなかったぜ。ホワイトスノーじゃねぇか」


 忌々し気にその名を呟いたセツカに、ケラケラと戯けた様子で笑い返す灰龍。


 闇と光、そして火の三属性を司る、人間も魔族も魔物も全てを等しく虫ケラのように見下し、気の赴くままに暴虐の限りを尽くすと伝わる龍ーー灰厄禍はいやくか、アッシュヴァイオレンスドラゴン。

 そんな龍がなぜこんなところに……?!


「なぜ貴様が人間界にいるのだ! 人は弱すぎてつまらんなどと抜かしていたではないか!」


「別に人間になんて興味ねーよ。久しぶりにバイオレットのやつにちょっかいかけて遊んでやろうと思って、あいつが丹生込めて育ててたヒドラを追ってきただけだっつの。それよか、なんでてめーは人間界に、それもわざわざ人化した状態でいやがんだ?」


「そんなことどうだって良かろう! そいつならくれてやる、さっさと魔界へ帰れ!」


「あー? 雌風情が俺様に命令してんじゃねーぞ。くそ、イラつくなー。……お、良いこと思いついた。ホワイトスノー、てめーをボコって上下関係を叩き込んだ後に卵を産ませよう。そんで、そいつに俺様が魔力を注いでやる。生まれてきた龍は、てめーが俺様に屈服した生きた証になるってわけよ!」


 ヒャハハハハハと愉快そうに高笑いを上げたアッシュヴァイオレンスドラゴンは、瞬間物凄いプレッシャーを放ちながら戦闘態勢に入る。


「主殿の前で我を侮辱しおったな……!!」


 激昂したセツカもまた、上空へと飛び上がると龍の姿へと戻り冷気を纏う。


 睨み合う二匹の龍。

 その激戦の火蓋が切られた–––。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る