第59話 来訪


 会談を終えた僕たちは、リルノード公の計らいによりソール滞在中は屋敷内の部屋を提供してもらえることになり、夕食を共に済ませた後はかなり広めの豪華な部屋で休ませてもらっていた。


 ラナはもちろんのこと、有事の際には一緒にいてくれた方が良いと言う理由から、ティアたちも同室だ。


 グラーヴァさん曰く、万が一セツカの正体がバレた時、手綱をしっかり握っていたと言う大義名分を振りかざせるようにだろうって言ってたけど。


 確かに、敵対していないとはいえ龍がいると知られたら、大パニックになりかねないよね。


「しかし驚いたのう。鑑定の魔眼と言えば、魔族でもごく一部の家系にのみ発現するかなり貴重なものじゃぞ。なぜ人間の、それも他国で言えば王族に当たる彼女が使えるんじゃ?」


 久しぶりの5人だけの空間の中。

 気になっていたのか、ティアが唸りながらそう切り出した。


「うーん……。実は私たちの知らない鑑定以外の魔眼なのか、もしくはそれに類する魔道具とかですかね?」


「どうなんだろうね……。でも、セツカが抑えてくれて本当に助かったよ。不快な思いをしたのに、我慢させちゃってごめんね」


 夕食の時にセツカが言っていたんだけど、魔眼で情報を覗かれるって言うのはプライベートルームに土足で踏み込まれているようなものなんだって。

 親しい間柄ならまだしも、ほとんど知らない相手にされるのは確かに嫌だよね。

 

 特に龍種は縄張り意識が強いから、逆鱗に触れかねない行為なんだって。


「いえいえ、なんてことはありません! あの者は確かに我の内を覗こうとしておりましたが、実際に見れたのは種族くらいでしょうから。可能性を考慮して注意しましたが、我はむしろあの娘を不憫に感じているくらいです」


「どう言うこと?」


「1つは、ティア嬢も言っておりましたが魔眼は本来魔族特有のものであること。つまり、あの娘は身体的特徴が出ないほど薄れてはいるものの、魔族の血が流れていると言うことです。人間が混ざり物を侮蔑の対象とするのはいつの時代も同じですから、ここーーリーゼルンでこそ受け入れられてはいても、他国の者からどう見られるかは容易に想像がつきます」


「……」


 セツカの言葉に、何も言い返せない僕。


 ティアやネイア、ラナも思うところがあるのか、目を伏せている。


「加えて、あの魔眼ですから。積極的にあの魔眼を公言しているのかは知りませんが、少なくとも周囲には知っている者も多いでしょう。混ざり物な上に、その内面を見透かすかのような魔眼ちから。どのような幼少時代を送り、どのような視線に晒され続けてきたのか……」


 セツカは遠い目をしたまま、天井を見つめた。


 僕たちが言葉を失っていると、不意に扉がコンコンコンコンと4回ノックされる。


 こんな時間に誰だろう?


 不思議に思いつつも扉を開けると、そこには昼間とは違う少しだけラフな印象を受けるしっかりとした作りの服に身を包んだ、リルノード公が立っていた。


「夜分遅くに失礼致します。公式の場ではなく、一個人として改めてセツカ様に謝罪したく、無礼とは知りつつもお邪魔した次第です。どうか機会を与えては頂けないでしょうか?」


「リルノード公……。良ければ中へどうぞ。セツカもいますので」


 僕の言葉に軽く会釈したリルノード公は、静かに僕の後をついてきた。


「む? ああ、リルノード嬢か。こんな夜分に主殿の元を訪ねるとは、寝込みでも襲いに来たのか?」


「ち、違いますっ! わたくしはセツカ様に公の場ではない場所でも、きちんと謝罪したいと思い……!」


「フッ、そう照れなくても良いのだぞ。もし本当に謝罪しに来ただけと言うのなら、我はもう十分その気持ちを受け取った。今後主殿や我らに弓を引かぬと誓うのなら、忘れて良い」


「ありがとうございます……。で、ではわたくしはこれで……」


 セツカに深々と頭を下げたリルノード公は、チラリと僕を見ると慌てた様子で立ち去ろうとする。


「せっかく来たのだ。少し話さんか? お主とて主殿に興味があるのだろう?」


「きょ、興味だなんてそんな……!」


「我は色恋沙汰の話はしておらぬぞ。龍を下すほどの力に、と言う意味だったのだが」


「……」


 ニヤニヤと意地悪く笑うセツカに、赤面して俯いてしまったリルノード公。

  

「し、シズクやっ! セツカ殿はあんなに意地悪だったかの……?!」


「やはり、何だかんだで鬱憤が溜まっていたんでしょうか……?」


「シズクくん、あたしなんだか凄くゾクゾクするんだけど、風邪かな……」


 少し怯えた様子のティアと、深刻そうな表情のネイア。

 そんな二人も、ラナの言葉を聞いてピシリと固まってしまった。


 最近バタバタしていたし、ラナは体調を崩しかけてるのかな。


 心配そうな二人と視線を合わせた僕は、そっとラナの肩に毛布をかけてあげた。


「ククっ、すまぬな。戯れが過ぎたようだ。リルノード嬢を見ていると、興味が尽きなくてな。ついつい、どのような反応を示すのか気になってしまうのだ」


「うぅ……。な、なぜわたくしに興味が……? もしかしてわたくしのことを……?!」


「な訳なかろう。なに、人間からすれば何を、と思うかもしれんが。我は『恋』や『愛』というものを知りたいのだ。龍はその一生のほとんどを『個』で過ごすからな。そのような感情とは無縁なのだ」


「強すぎるが故に、ということですか……。ですが、龍とて番を作ったり子を成したりするのでしょう?」


「子は成すぞ。だが、番として成すのは極稀だ。雄ならば雌を屈服させ子を生ませるなり卵を産ませるなりすれば事足りるし、雌ならば卵を産んで放っておけば勝手に生まれるからな」


「「「「「……??」」」」」


 僕たちが揃って首を傾げると、セツカが説明してくれた。


 曰く、基本的に龍種は卵から生まれるらしいんだけど、交尾が必要な訳じゃないんだって。

 雌の龍が産んだ卵に一定の魔力を与えると、その魔力を糧に新たな個体が生まれるそうだ。


 だから、雄は気に入った雌がいれば力でねじ伏せて無理やり卵を産ませ、巣に持ち帰って自身の魔力を注ぎ込み卵を孵化させることもできるし、龍種に限らず他種族の雌でも孕ませることが可能らしい。


 反対に、雌は気に入った雄がいれば力でねじ伏せてから自身が産んだ卵に魔力を注がせることもできるし、卵を適当な場所に放置しておいても誰かが勝手に魔力を注いで孵化させてくれるとか。

 もちろん、自分で産んだ卵に自身で魔力を注ぎ込んでも問題ないんだって。

 

「子も生まれたてとはいえ龍だからな。放っておいても勝手に育つ。むしろ、生存競争に打ち勝てぬ子など必要ないとさえ思う者も多い。故に、龍に子育てというものは存在しないのだ」


 人間とは根本的に違う論理に、僕とラナとリルノード公は絶句してしまった。

 魔族であるティアたちからしても衝撃的な内容だったようで、どこか悲しそうな顔をしている。


「……む」


 なんて声をかけるべきなのか悩んでいると、突然セツカが顔をしかめた。

 次の瞬間、けたたましいほどの大音量で何度も魔物の襲来を告げる鐘が鳴り響いたーーー。

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