第60話 きっと作れるはず


 鐘の音に慌てて外へ飛び出すと、街からはいくつも火の手が上がっていた。


「コアンっ! コアンはいますかっ!」


 リルノード公の呼びかけにすぐにコアンさんが駆けつけ、その場でかしずく。


「お呼びでしょうか、閣下」


「議会でのわたくしの代理を命じます。すぐさま大臣らを召集し、鎮圧後の食料や薬など、必要だと思われるものを迅速に配給できるよう整えなさい。民の命を最優先に、被害を少しでも抑えるのです」


「はっ!」

 

 慣れた所作で敬礼し、屋敷へと戻っていくコアンさん。

 

「シズク様。わたくしはこのまま現場での陣頭指揮を取りに行きます。どうか、ご助力願えないでしょうか」


 切迫した表情と声音で頭を下げるリルノード公に、すぐに返事をできない僕。


 もちろん力になりたい。

 なりたいけれど、僕がここを離れればエンペラート陛下の護衛が手薄になってしまう。

 

 どちらを優先すべきか、心のうちで天秤が右に左にと傾いたまま安定しない。


「僕は……」


「ふぉふぉふぉ。シズクはシズクにできることをしたら良いのじゃ。余らのことは気にせんで良い。グラーヴァもおるし、リキミ殿もおるからな。ここは警備が厳重じゃし、どうとでもなるじゃろう。どうしてもシズクの力が必要なときは合図を送るゆえ、存分に成したいことを成してきなさい」


 僕たちと同様に、鐘の音を聞いて飛び出して来たのだろう。

 陛下は優しく微笑みながらそう告げると、僕の背中をそっと押してくれた。


「陛下……。ありがとうございます! リルノード公、行きましょう!」


 コクリと頷き、陛下に一度頭を下げたリルノード公が部下の人が手配していた馬に飛び乗る。


「急ぎましょう! 先導しますので、ついてきてください!」


「待ってください!」


 今にも駆け出そうとしていたリルノード公に待ったをかけると、慌てて止めたせいか馬が前足を大きく上げて嘶いた。


「どうかしましたか?!」


「いえ。馬だと時間がかかり過ぎます! で行きましょう!」


「ですから、ソールに慣れたわたくしが先導すると……」


 訝しげに問いかけるリルノード公。


 僕は見せたほうが早いと思い、目を閉じて集中すると昼間立ち寄った場所ーーアスリ様がいた救護院の外壁を思い浮かべる。


 今いる場所から、救護院の外壁までの空間をつなげて維持するように強くイメージしてーーできたっ!!


 僕の目の前に人1人が楽に通り抜けられるくらいの、楕円形をした黒い渦が現れる。


「これを抜ければ救護院に出られます! さぁ、急ぎましょう!」


「え? あ、はい……わかりました……??」


 なにが起きているのかわからないといった様子で、頭の上に疑問符をいくつも浮かべているリルノード公。

 でも、僕が渦を通り抜けた後にティアたちも続くと意を決してくれたのか、ちゃんと後に続いてくれた。


 ゲートで救護院へと移動した僕たちの目に真っ先に飛び込んできたのは、まさに地獄絵図と言える光景だった。


 襲い来る数多の魔物。

 騎士や冒険者の人たちが相対しているけど、数の暴力に呑まれて一人、また一人と崩れ落ちていく。

 救護院の人やヒーラーらしき僧侶姿の人たちが総出でけが人の対応にあたっているけど、全く追いついていない。


「……ッ!! ティア、ネイア! ここは治療の要、まずは手分けしてこの近辺を一掃しよう! ラナ、倒れている人に片っ端からポーションを振りかけて欲しいんだけど、お願いできる? セツカはラナとリルノード公の護衛を最優先に!」


「承知したのじゃ!」


「わかりましたっ!」


「任されよ!」


「頑張るっ!」


 4人の返事を聞いた僕は、全員に多重障壁をかけてからラナへポーションの詰まったカバンを手渡し、上空へと飛び上がった。


 地上はひとまずティアたちに任せて、僕は上空を飛び回るボーンバードや骸ドリだ!


 氷の足場を作りつつ移動しながら、人気のないところの上空を飛んでいる魔物には刃系の中距離魔法を。

 人の多いところは接近して氷剣で切り伏せ、アイテムボックスへと回収することで二次災害を防ぐ。


 あらかた片付けた後は、ティアたちが戦っている場所から少し離れた場所に着地し、街を襲う魔物を相手取る。

 

 ヴァイパー系やスパイダー系など何種類かいるみたいだけど、幸いなことに数が多いだけで強力な個体はいない。

 毒を持っている個体ばかりで少し厄介だけど、そこさえ気をつければ!


 僕は右手で氷剣を振るい、左手で刃系や玉系の魔法を相性を考えつつ放ちながら、周囲を駆け回って次々に討伐していった。

 

「助太刀感謝します!」


「すまねぇ、助かった!」


 時折そんな声を騎士や冒険者から受けながら、必死で魔物を相手取ること10分ほど。


 ようやく全ての魔物を討伐することに成功した僕たちは、救護院の前で合流した。


「皆様、本当になんとお礼を言ったら良いか……。この場を代表して感謝致します。ありがとうございました」


 リルノード公が目尻に涙を浮かべながら、深く頭を下げる。


「リル嬢、頭を下げてる暇なんてないよ! 急いで解毒薬とポイズンヒールを使えるやつを手配しな! 人手も薬も全く足りないんだ、時間との勝負だよ!!」


 毒で苦しそうに呻き声を上げながら寝転ぶ患者たちに手をかざし、魔法を使いながらアスリさんが叫ぶ。


「僕も手伝います! ティアたちは手分けして、これを配って回って!」


 どこまで効くのかはわからないけど、僕は以前本で読んでいた解毒薬の製法を頭の中で思い浮かべながら偽物フェイクの魔法を使用。

 ポーションも作れるんだから、きっと解毒薬だって作れるはず。


 一分一秒を争う今、そう信じるしかない僕は運搬用に作り出したリュックがパンパンになるほどの量を合計で3つ分作り出し、ティアたちに渡す。


「なっ?! あんた、どこからそんな量の解毒薬を……。まぁいい、ちゃんと使えるんだろうね?!」


「わかりません! でも、試してみる価値はありますよね?!」


「わからない!? チッ、意味がわかんないよ! でもいいだろう、あんたには昼間の借りがあるからね! お前たちもこの子たちを手伝いな! もし何かおかしなとこがあれば、すぐにあたいに報告するようにっ!」


「「「「はいッ!!!」」」」


 ひとまず信用してくれたアスリさんの指示のもと、ティアとネイアは救護院の職員さんたちと協力して毒に苦しむ人たちに解毒薬を配りに向かった。


 セツカはリルノード公の護衛をしつつ、ポイズンヒールで患者を治療。

 ラナは僕の近くでお手伝いをしてもらう。


 そうしてみんなで協力すること、およそ30分。


 毒に苦しむ人々全員の治療が終わり、僕たちは一息つくのだったーーー。

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