第57話 リーゼルンの成り立ち
アスリさんと別れた僕たちは、コアンさん案内のもと他国で言うところの王宮ーー公爵邸へと辿り着いた。
上空から見れば多少歪ではあるものの、H型をしているであろうとても大きな屋敷は圧巻の一言で、純白の外壁に程よい装飾が施されるなど品の良い外観をしている。
厳重な警備の門を進み、天井まで吹き抜けになっている玄関を抜けると、真っ赤な絨毯の引かれた廊下が目に入る。
チロイヨン公爵との謁見前に一度休息を取ることになり、エンペラート陛下と別れた僕たちが通された応接間であろう一室は、一目見ただけでわかるほど高級な調度品が並ぶそれは豪華な部屋だった。
「コアン殿。なぜリーゼルンは城ではなく、屋敷なのだ?」
公爵邸へと辿り着いてからずっと不思議そうにしていたセツカは、今なら時間があると判断したのだろう。
不慣れな僕たちの付き添いを買って出てくれたコアンさんに、何気なくそう質問した。
「出来ればこの国の建国から聞いてほしい。少し長い話になるが、宜しいか?」
コアンさんの問いかけに頷いたセツカ。
僕も詳しくは知らなかったので、無言で目配せしたコアンさんに静かに頷いた。
「リーゼルン公国は元々、初代チロイヨン公爵閣下の元に人が集ったのが始まりなのだがーー」
コアンさんの話はこうだ。
初代チロイヨン公爵は、現リーゼルン公国や中立地域である商業都市ゼニーなども含めた広大な国土を持つ大国の貴族だったらしい。
およそ100年前、その大国が強大な魔物の襲撃に遭い滅亡寸前にまで陥った際、それでも諦めずに魔物と最後まで戦い、退けると共に封印に成功したのがチロイヨン公爵率いる少数精鋭の独立部隊だったそうだ。
助かったとは言え、それでも国には甚大な被害がでたばかりか、自分たちだけ助かろうと民衆のことなど一切考えない行動をしていた王家の求心力はすぐに地に落ちた。
結果として民衆からの大規模なクーデターが起こることになり、その際に新たなトップにと強く推されたのが初代チロイヨン公爵であり、リーゼルン公国の始まりだと言う。
王をトップとした王国ではなく、公爵をトップとした公国とした理由も、王というものに不信感を抱いていた民衆に初代が配慮したのかもしれない、とコアンさんが言っていた。
その後、件の魔物は現中立地域に封印され続けていたものの、20年ほど前に突如として封印が破られ、国の垣根を越えて手を取り合った英傑たちによって討伐されたそうだ。
国同士の話し合いにより、リーゼルンは不干渉地域となっていた現中立地域を手放すことになり、激戦の跡地に商業都市ゼニーが作られたらしい。
国土としての支配地域はネーブやウェルカの半分ほどになったにも関わらず、今でも大国の1つと呼ばれる所以はこの民衆の声に寄り添った政策による絶大な求心力と、戦闘に長けた者が集まりやすい土地柄による周辺国と比肩し得る国力なんだろうね。
リーゼルンは現在も初代チロイヨン公爵の遺言により、5年ごとにその血筋を継いだ3つの公爵家から民意によって国の代表が選ばれ、国政を担うそうだ。
そして肝心の王宮が城ではなく屋敷な理由も、当時の民衆が初代チロイヨン公爵のためにと一丸となって建てた大切な場所だから、民に対する感謝の証として、そして民あってこそという思想をいつまでも廃れさせないようにと、国としての在り方を示す象徴としてリーゼルンが終わるその時までこの形を残すよう初代が厳命したためなんだって。
「……なるほど。その様に深い理由があったのだな。しかと覚えておこう」
「ええ、ぜひ」
「それともう1つ。もしや、その強大な魔物というのは龍だったのではないか?」
「ご推察の通り。貴殿らもよくご存知のグラーヴァ様たちが、『天道』と呼ばれるに至った逸話。黒龍討伐伝はその龍を討ち取った時のものですよ」
「やはりか。遅かれ早かれとは思っていたが、あの愚か者はついに討たれたのだな……」
まるで知り合いかのように話すセツカに、その正体を知らないコアンさんは怪訝そうに眉を顰める。
セツカの人化は完璧で、本人が意図しない限りはプレッシャーが漏れ出すこともないし、気づかないのも無理はない。
不要な混乱を避けるためにということで、エンペラート陛下を始めとした一部の人たち以外には正体を悟られないよう気を付けているしね。
どう誤魔化したものかと思っていたところ、タイミングよくエンペラート陛下からの迎えの人が来た。
これよりチロイヨン公爵に会いに行くため、同席せよとこのことだ。
何か聞きたそうにしていたコアンさんも頭を切り替えてくれたのか、セツカに言及することなくエンペラート陛下たちの元へ合流し、そのままこの屋敷で最も位が高いという応接間へと案内された。
「失礼致します」
コアンさんがノックをしてから両開きの扉を開くと、一体何十人の人が入れるのだろうと思ってしまうほど広い一室が目に飛び込んでくる。
僕らのいた応接間でも十分凄いだと感じたのに、この部屋に並ぶ調度品や机、ソファなどの数々はどれも比較にならないほど豪華なものだった。
まさに王族をもてなすに足る一室。
そんな印象を強く抱いていると、部屋の中央に設置されていたソファから腰を上げこちらに歩いてくる一人の女性。
透き通るような輝きを放つ美しい碧眼。
僅かに幼さが残る、綺麗と可愛いを良いとこどりしたかのような整った顔立ち。
歩く度に揺れる、プラチナブロンドの縦ロール。
そして何より……首元まで隠れるしっかりとした作りの服を着ているというのに、それでも跳ねるように弾む胸。
思わず目を背けてしまうくらいの破壊力を持ったそれは、立派過ぎると思っていたティアたちよりもさらに大きい。
い、いやいや、一瞬しか見てないよ?! だって仕方ないでしょ?!
自然と目に飛び込んできちゃうよ!!
なんて、一体誰に向けているのかもわからない言い訳を必死に心の内で何度も復唱してしまう僕。
「お久しぶりですね、エンペラート皇帝。この度の我が国への支援に対する決断、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「久しぶりじゃの、リルノード公。少し会わぬ間に、また一段と美しくなったのう。何、頼れる者たちを連れてきたからの。大丈夫じゃて」
そう言って、微笑を浮かべたまま握手を交わす二人。
陛下の期待に応えるためにも、リーゼルンの人々を救うためにも。
僕にできることを全力でやり遂げよう。
二人の姿を見て、そう気合を入れ直すのだったーーー。
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