第56話 光のアスリ1


 シズクの用意した食事に舌鼓を打ちつつ、関心したようにその仕事ぶりを眺めるアスリ。


「まだまだ覚えるこたぁ多いみたいだが、そこいらの治癒師ヒーラーよりはよっぽど筋が良いじゃねーか。鍛えりゃ、光の天道の後釜にもなれるんじゃねーか? なぁグラーヴァ、あの坊やあたいによこしなよ」


 アスリは真っ白な髪をかき上げながら、ニッと子供のような笑みを浮かべた。


「ケッ、言いたいことはわかるがな。あの坊主はワシの弟子でもなんでもねーよ」


「はぁ?!」


 そこからあれもこれもとアスリから根掘り葉掘り聞かれたグラーヴァは、うんざりとした顔をしながらも答えられる範囲で答えていった。


「へー……。あんたが言うととても信じらねぇけど、そんなつまんない嘘つく奴でもないしねぇ。ってことはなにか? あのプライドの塊でしかない夢見がちなクズやろーが、あれほどの逸材を育てたと?」


「どうだかな。躍起になって中級魔法を使わせようとしてたくらいだし、ろくな事は教えられてねーと思うが。魔法至上主義の思想は植え込もうとしてたみてーだな」


 ズクミーゴの顔を思い出し、ケラケラと笑うアスリ。


「あのクズらしいねぇ。あんたは弟子に取る気はないのかい??」


「バカ言うんじゃねーよ。ワシが弟子を取るような柄だと思うか? だいたい、素質が違い過ぎるわ。一人でテレポートはおろかゲートまで使うような奴だぞ」


「はぁ?! いくらなんでもそれは冗談だろ?! ……マジなのかい?」


「マジもマジ、大マジだ。おかげでワシの研究欲は尽きるどころか燃え上がる一方だわ」


「なるほどねぇ……」


 興味深気にシズクを見つめていたアスリは、目を細めるとニィーとまるで獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。


 それからおよそ1時間ほど。

 シズクは懸命にアスリの代役を務め、ようやく急患が落ち着いてきたところでお役御免となった。


「シズク殿。この度のご助力、本当に感謝致します。貴殿のお陰で、アスリ様まで倒れずに済みました」


「いえいえ。僕たちはそのためにここへ来たんですから! 少しでもお役に立てたなら良かったです」


「少しどころじゃないよ。本当に助かった、ありがとね。あたいはアスリ、巷じゃ『光の天道』なんて呼ばれちゃいるが、ただのガサツな老いぼれだ。よろしく頼むよ」


「初めまして、アスリ様。僕はシズクと言います。よろしくお願いします!」


「ところで、シズク。どうだい、あたいの弟子になる気はないかい? あんたならあたい以上の治癒師になれると思うんだけどね」


 アスリの言葉に一度考え込んだシズクは、ゆっくりと首をよこに振った。


「そう言っていただけて本当に嬉しいです。ですが、お断りさせてください。僕はウェルカでS級冒険者をしています。まだなったばかりの新米ではありますが、この力で困ってる人たちの力に少しでもなれるなら……僕は僕にできることをしたいんです!」


「……そうかい。良い心意気じゃないか! あたいはそーゆー考え、嫌いじゃないよ。しっかりと気張って、頑張んな!」


「はいっ!」


 笑顔でペコリとお辞儀をすると、ティアたちの元に駆けていくシズク。


 その後ろ姿を優しい笑顔で見送っていたアスリに、グラーヴァが心底驚いた顔を向けた。


「おめぇ……ちっと見ない間に、随分と大人になったな!?」


「どういう意味だいっ!? あたいはいつだって立派なレディーだろうがっ!!」


「いやいや……。一度欲しいと思ったもんは何がなんでも手に入れなきゃ気がすまねぇ、じゃじゃ馬だったじゃねーか……。ついにボケたのか?」


「やかましいねっ! 欲しいもんは欲しい、自分に正直なだけだよ! あたいは自分に対しても他人に対しても嘘はつかないし、つくやつは許せない。ただそれだけのことさ!」


「お、おおう……。やっぱおめぇはいくつになろうがじゃじゃ馬だったわ」


 ケラケラ笑いながら、手をひらひらと振ってシズクたちの元へと逃げるように歩いていくグラーヴァ。


「だいたい、なに言ってんだい? あたいは応援しただけで、諦めるだなんて一言も言ってないよ」


 アスリは遠くでティアたちと談笑するシズクを獰猛な輝きを放つ瞳で見つめながら、ボソリと呟いた。


 そうしてシズクたちと別れた後。

 アスリは患者たちのことを救護院の職員たちに任せ、何かあればすぐに呼び戻すよう念押ししてから駆け出した。

 

 屋根の上を飛び跳ねたりと最短ルートを駆け抜けながらしばらく疾走し、ソールの中央に位置する場所に建てられた巨大な屋敷の前、その外壁に設けられた立派な門の前で足を止める。


「これはアスリ様。お急ぎのご様子ですが、何かありましたか?」


「ああ、時間との勝負でね。悪いけど、入らせてもらうよ」


 言うや否や、門を護衛していた騎士たちの制止も聞かずに敷地へと踏み込むと、玄関を通り抜け屋敷の中をドカドカと進んでいく。


 歩き慣れているのだろう。

 広大な屋敷にも関わらず、一切迷うことなく目的地へと到着したアスリ。

 

 扉の前の護衛を睨みつけて黙らせると、ノックもせずに勢いよく扉を開け放った。


「邪魔するよ!」


「な……?! あ、アスリ?!」


 突然の来訪に固まる、書斎の執務机で作業していた一人の人物。

 

 アスリはそんなことお構いなしにニッと悪い笑みを浮かべると、勢いよく喋り出した。


 それを驚きつつも止めることなく話に耳を傾けた人物は、時折眉間にシワを寄せつつも最後までしっかりと言葉を受け止める。


 些細なことではあるが、二人の深い信頼関係が垣間見える一幕と言えた。

 こうして、アスリの悪巧みは着々と進行していくのだったーーー。

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