第55話 リーゼルンの窮状
「わぁ……!」
僕は目の前に広がる立派な街並みを見て、思わず声を上げた。
あれからも幾度となく魔物との戦闘を繰り広げつつ、大きなトラブルなく順調に進んだ僕たちはリーゼルンの首都であるソールへと到着したのだ。
ウェルカの帝都であるイシラバスとはまた違った美しさがあり、印象的なのは建物のほとんどが白やベージュといった色合いで統一されていることだろうか。
また、人と獣の特徴を併せ持つ獣人や、額に角が生えたりと様々な姿をした魔族といった多様な種族の人たちが大勢街を行き交う姿にも驚いた。
イシラバスにもいたけど、ちらほらと見かける程度だったからね。
「驚いているようだね。無理もない、ソールは少し特殊なのだ」
そう言ってコアンさんが説明してくれた話によると、リーゼルンは定期的に魔界と空間同士が繋がるゲートスポットと呼ばれる特異地点がいくつかあるらしい。
長年の調査で今ある特異地点は全て発見済みで、防衛と迎撃をするための関門も建設済みなのだそうだ。
定期的に開くタイミングを狙って魔界から人間界へとやってくる魔族も多いため、リーゼルンでは昔から魔族との親交があり、人間に敵対しない魔族を守るための法律なども整備されているお陰で居つく人も多いのだとか。
もちろんゲートスポットから現れるのは友好的な魔族だけでなく、魔界の魔物であったりと人間に危害を加えるものも通してしまう。
だからこそ、腕に自信のある獣人や冒険者と言った戦闘を生業とする者も多く集まっているようだ。
「リーゼルンは腕っぷしさえあれば、地位がなくても重用してもらえるチャンスがあるからな。平民の腕自慢たちなんかが出世を夢見て押しかけんだ。そんな奴らが五万といる分、リーゼルンは武力という一点に置いては他国よりも一歩抜きん出ていると言われてた。にも関わらず、自国のみで抑えきれないほどの魔物の流入、これがどれだけ危険かは言わずもがなだろ?」
深刻そうに顔をしかめたリキミさんが、チラリと救護院の方を見つめながら告げる。
そこにはまさに今も傷だらけの人が担ぎ込まれているところで、周囲にも雑魚寝で寝かされている包帯でぐるぐる巻きにされた人が大勢いた。
「……普段はまず遭遇することのない、魔界の奥地に生息しているはずの強力な魔物が頻繁に現れるのだ。最初こそ我こそはと声を上げていた者も多かったが、そんな者たちは真っ先に退場していった。今ではプライドの高い腕自慢たちが自ら手を取り合い、なんとか我が国を守ろうと躍起になってくれているにも関わらず、成果は芳しくないのが現状だ……。魔物どもの出どころを調査しようにも、各地域の防衛に手一杯という始末……」
コアンさんは表情こそ崩さないけど、その声はとても弱々しく今にも消えてしまいそうだった。
「コアン殿。つかぬことをお聞きするが……リーゼルンには『天道』が二人いると聞き及んでおります。お二人の力があれば、原因の調査もなんとかなったのでは?」
「我が国に居られる天道は、『地のガレリア』様と『光のアスリ』様です。お二人はそれぞれ防衛と回復を得意とされる方なので、ここソールで尽力して下さっているのですよ。こちらの止める言葉も聞かず……」
そう言ったコアンさんは、チラリと先ほどの救護院へと視線を向けた。
その視線の先には、額に大粒の汗を浮かべながらあくせくと動き回る一人の女性の姿があった。
運び込まれた怪我人にすぐさま治癒魔法をかけつつ、大きな声で周囲の白衣の人たちへ指示を飛ばしている。
治癒魔法をかけ終えるとその場を白衣の人に任せ、すぐさま次の急患へと取り掛かる……休む間もなく働き詰めだ。
顔には疲労の色が強く浮かんでいるにも関わらず、動く手を止めようとしない。
否、止められないのだろう。
おそらく、あの女性が手を止めた瞬間から次々に……。
「すみません、少し救護院に寄りたいのですがいいですか?」
「それは構いませんが……」
僕の頼みにコアンさんが許可を出したのを見ていたリキミさんは、すぐにジェシーさんに後方へと伝令を飛ばすよう指示してくれた。
僕は救護院横の空いたスペースにしまっておいた長机と椅子を設置すると、大量の食料や水を取り出して並べていく。
駆けつけてくれたネイアにその場を任せると、僕は救護院の中へと足を踏み入れた。
「初めまして。僕はウェルカ帝国より支援に来た、シズクと言います。一度代わりますから、少しだけでも休息をとってください」
突然声をかけられた女性は一瞬目を見開いたものの、すぐに我に返ると僕をキッと睨みつけるだけで一言も言葉を発することなく作業に戻ってしまう。
「お願いです、休んでください! このままでは貴女も倒れてしまいます!」
「子供は引っ込んでなっ! 今この場でこいつらの命を繋ぎ止められんのは、あたいだけなんだよっ! 休んでなんかいられる訳ないだろっ?!」
怒気を顕にし、僕には目もくれずに叫ぶ女性。
「アスリよぉ、オメーも良い年なんだからよ。ちったぁ身体を労ってやらんとダメだろ」
「グラーヴァ?! あんたなら、今ここであたいが休んだらどうなるかくらいわかんだろ?! それとも何かい?! 一時的にでもあたいの代わりをできる奴を連れてきてくれたのかい?!」
グラーヴァさんは僕へ視線を向けると、やれやれと肩を竦めながら顎をクイッとけが人の方へ向けた。
「坊主、頼むな」
「はいっ!!」
すぐさまけが人へヒールをかけ始めた僕は、容体が落ち着いたのを見計っては次の患者さんへと移って行った。
その様子を見ていた女性は驚いた様子で手を止めると、じっと僕のことを見つめてくる。
「まだ拙いけど、良い腕だね……」
「だろ? 魔力も十分過ぎるほどにある。しばらくは任せて問題ねーと思うぜ。お前も休め」
「そうです、アスリ様。どうか休んでください」
グラーヴァさんに同調するように、白衣の人たちも次々に女性ーーアスリさんへと声をかけた。
「ったく……。わかったよ、あたいの負けだ! 休めば良いんだろ?! でも、ヤバそうだと思ったらすぐに戻るからね!!」
なんとか納得してくれたことに安堵した僕は、アスリさんの代役をしっかりと務めるべく、グラーヴァさんたちの方へと向けていた意識を全て目の前に並ぶ患者さんたちに向けたーーー。
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