第54話 シズクの憧れ
ゼニーを出て、早1週間。
グランドウルフの一件以来リキミさんたちともすっかり打ち解け、今日も夜営前に手合わせをしていた。
「オラァッッ!!」
自身の身長と変わらぬサイズはあろう木製の大剣を、まるでバットのようにスイングするリキミさん。
僕は片手剣形の木剣で上に受け流すも、次の瞬間側面から蹴りが飛んできて、辛うじてガードはできたものの大きく吹き飛ばされてしまった。
「よっしゃぁ、今日は俺の勝ちだな!!」
大剣を地面に突き刺し、ガッツポーズしながら嬉しそうに笑うリキミさん。
周囲で観戦していた人たちから、自然と拍手が漏れた。
これで対戦成績は3−3、追いつかれてしまった形だ。
「まさかあの体勢から蹴りが飛んでくるなんて……。完敗です!」
「魔法なしだからこそ使える手だけどな。でも、今のままじゃァすぐにまた勝てなくなっちまうなー……」
そう呟くと、ブツブツと一人頭の中でイメージトレーニングを始めてしまった。
「団長がごめんね……。こうなると、しばらく戻ってこないからほっといていいよ」
申し訳なさそうに笑ったのは、斥候のポジションを担当しているジェシーさん。
リキミさんの右腕であり、同時に幼なじみでもあるらしい。
短く刈り上げた金髪と鋭く光る碧眼。
ワイルドな雰囲気を持つ男らしいリキミさんと、長い金糸を後ろで束ね、知的な雰囲気を醸し出す女性らしさに溢れたジェシーさん。
対照的ではあるけど、すごくお似合いの二人だ。
昔馴染みなせいもあり、オフの時は憎まれ口を叩き合う間柄らしいけど。
「しかしあれだ、坊主はなんていうかチグハグだな」
酒瓶を片手に、怪訝そうに呟いたグラーヴァさんに注目が集まる。
「どういうことじゃ? シズクは十分凄いと思うがの」
「そうよ、グラーヴァ。なんでもすぐにケチをつけたがるのは、年寄りの悪いクセよ?」
「だいたい、一応とは言え護衛の役目も担っている身でありながら、なぜ酒を飲んでいるのだ?」
エンペラート陛下、レスティエ様、ベルモンズ宰相がそれぞれ口を開く。
「かてぇこと言うんじゃねぇよ、ベル。だいたい、護衛なんてこいつらがいりゃ十分だろーが。それより、お前らは気にならんのか? 騎士団長と互角に渡り合えるだけの身体強化ができるにも関わらず、技術が全く追いついてねぇ。完全に身体能力に頼り切った、ズブの素人の戦い方だ」
その言葉に、周囲は押し黙ってしまった。
ただ、僕としてはそれが普通なのだと教えられてきたので、なぜ問題視されているのかが理解できていなかった。
「魔法使いは魔法で敵を倒すものですよね?」
「間違っちゃいねぇ。だが、それが全てでもねぇ。アレだろ? 『魔法こそ神より与えられし全能なる力の結晶であり、その真髄を追い求めることこそ魔法使いの本懐である』」
「懐かしい言葉ですね」
口癖のようにいつも言っていたズクミーゴ先生を思い出していると、陛下を始めとした大人たちは表情を曇らせた。
「まだ、そのような古い考えを後世に押し付ける者がおるのか……」
陛下がポツリと、悲しそうに言葉をこぼした。
「いいか、坊主。これは何十年も昔……魔法至上主義だった時代の言葉だ。武術など弱者の足掻き。魔法こそ全て。いついかなる状況でも、魔法さえ使えれば事足りる。そんな考えを持つ奴らが、魔法を不得意とする者や使えない者を嘲笑うときに、殺し文句として口にしていたんだよ」
「え……」
思いがけない内容に、絶句してしまう。
「言葉だけ聞くと、魔を極めんとする魔法使いの心得のように聞こえるじゃろう? もちろん、魔法の真髄を追い求めるのは素晴らしい。じゃが、それも1つの道というだけであり、その他を軽んじて良い理由にはならん」
「魔法使いこそ至上。その風潮を真っ向からバッサリと切り捨てたのが、剣術を極めんとしていた1人の女性です。彼女は己の鍛錬の結晶である剣術と氷剣のみで魔法こそ全てと世に謳う者たちに打ち勝ち、武を軽んじる者たちを黙らせたのです。結果、今では天道に名を連ねるまでに至り、『氷のイスラ』の名を世に知らしめました」
「今では知っての通り、魔法も武術も一長一短であり、どちらも大切でどちらかだけが至上ということはない。そう認識を改めるに至ったのです。シズク殿やティア嬢ら若手が先の言葉の本質を知らないというのは、ある意味古い風潮が世から廃れた結果とも言えるんでしょうね」
確かに、と感慨深そうに肯く陛下たち。
「そんな訳で、今じゃ昔のように魔法使いが全てをこなすというのをやめて、それぞれで得意なことを役割分担するに至ったんだよ。ったく、ズクミーゴのやつめ。前途有望な若手の可能性を狭めるようなことしやがって」
ケッと悪態をつくと、酒瓶を煽るグラーヴァさん。
「ですが、疑問が残りますね。シズク殿はなぜそのような者から教えを受けながら、魔法至上主義者にならなかったのですか?」
コアンさんがそう尋ねると、一斉に全員が僕の方へ視線を向けた。
「確かに。戦い方こそ奴らの理想に近い形に仕上がってるが、坊主は氷剣を使ったりと接近戦もするよな。なんでだ?」
グラーヴァさんも興味深そうに僕へ尋ねて来るけど、僕は思わず俯いてしまった。
「その……。言わなきゃダメですか?」
「この流れで言わん選択肢があると思うのか?」
僕の言葉に、グラーヴァさんは首を傾げた。
「わ、笑わないでくださいね?! ……小さい頃に偶然読んだ英雄譚、そこに登場する騎士に憧れたんです。なので、頭の中でこうかな、ああかなと何度も剣を振るったりするのが勉強の合間の楽しみで。今はもう剣を振るっても怒られることもないですし、つい騎士の真似しちゃうんですよ……」
僕がそう告げると、一瞬の静寂が辺りを包んだ後、ドッと大きな笑いが起きた。
ずっと黙って話を聞いていたティアやネイアは、可愛いって何度も言ってくるし。
セツカは主殿なら絶対に騎士になれます! って目をキラキラさせてるし。
ラナはお腹を抱えて笑ってるし。
グラーヴァさんは酒がうめぇとガバガバ飲みだし、陛下やレスティエ様、ベルモンズ宰相まで我慢できないと言った様子で乾杯し始めてしまった。
コアンさんはとても微笑ましいものを見るような、優しげな温かい視線を向けてきて。
リキミさんはわかるぜーーー! と激しく同意し、ジェシーさんはニヤニヤしながら頭を撫でてくる。
だから言いたくなかったのにーーーーーっ!
僕はムスッと不貞腐れるのだったーー。
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