第51話 落ち着ける場所


 議会が終わると、僕はエンペラート皇帝陛下に呼び出された。

 ラナには休息を取ってもらうためにも、ティアたちとともに一足先に宿の自室へと戻ってもらうことにした。


「失礼します」


 議会場だった展望台へと戻ると、すでにほとんどの国の姿はなく、ウェルカ帝国の面々とリーゼルン公国の面々だけがその場に残っている。


「先ほどの令嬢……ラナと言ったかの。彼女は多少落ち着いたか?」


「お気遣いありがとうございます。すぐに元のように、とはいかないですが、ラナが安心できるよう全力で支えていきたいと思います」


 そうか……と優しく微笑んだエンペラート陛下。


「早速ですまんが、本題に入らせてもらおうかの。元々の依頼では議会が終わり次第、ウェルカ帝国まで帰路も護衛についてもらう、という話じゃった。そこを少し変更したいのじゃが、お願いできないだろうか?」


「帰路の護衛は不要、ということですか?」


「いや、逆じゃ。途中、リーゼルン公国に立ち寄ることになっての。日程は伸びてしまうが、シズクには護衛依頼の延長を頼みたい」


「そういうことでしたら、喜んでお受けいたします」


 僕が一礼すると、リーゼルン公国の面々からほっと安堵のため息が漏れた。


「失礼した。私はリーゼルンで外交官を務めている、コアンという。エンペラート皇帝より貴殿の強さを聞き、是非とも我が国の窮地に力を貸してもらえないかと頼んでいたのでな。貴殿も共に我が国を訪れてくれると聞き、つい本音が漏れてしまったのだ」


 コアンさんはペコリと頭を下げた。

 

 全体的に細身の男性で、グレーの髪を後ろに流して纏めている。

 キリッとした鋭い目つきに、真顔のまま微動だにしないポーカーフェイスが印象的だ。


「僕はウェルカ帝国の護衛として同行していますので、道中の危険に対しては協力できるかと思いますが、それ以外となると……」


「ああ、構わんのじゃ。そのために、余たちも一度リーゼルンへと参るのだ」


 エンペラート陛下の話によると、帰路の護衛を僕たち抜きでという訳にもいかず、それならいっそこのままリーゼルンへと直接支援に向かえば良いのではないか、という話になったらしい。


 陛下を連れ回すのはどうかという意見も出たらしいけど、コアンさんから聞いた内情が予想されていたよりも更に悪く、今回リーゼルン側が無理して人員を割きコアンさんを議会に参加させたのも、早急な支援を取り付けるためだったと聞いた陛下が周囲を説き伏せたそうだ。

 

 次期皇帝として、カイゼルには不測の事態にも対応できる力を身につけてもらわねばならん。

 今回の一件は、良い試練になるじゃろうて。


 こんな風に言われてしまったら、強く否定もできないとベルモンズ宰相が嘆いていた。


 グラーヴァさんはリーゼルンには行きたくないらしく、なんとか一人だけ先に帰してくれと懇願してるけど、どうしたんだろう?


 そんなこんなで明日の朝一番、ウェルカ帝国陣営もコアンさんたちと共にリーゼルンの首都ーーティフルへと出立することが決定した。


 宿へ戻りみんなに事情を説明すると、すぐに頷いてくれたティアたち三人とは対照的に、ラナはとても驚いた表情を浮かべる。


「ごめん、ラナは都合が悪かったかな?」


「う、ううん! 違うの! シズク君の今までの努力がちゃんと実って、ウェルカ帝国の皇帝陛下に直接護衛を依頼されるほど凄い人になれたんだなぁ……って改めて実感したら、なんか感動しちゃって……」


 そう言って、ラナはまるで自分のことのように泣きながら喜びを顕にしてくれた。


「今僕がこうしていられるのも、ラナが励ましてくれたり応援してくれたからだよ。本当にありがとね」


 精一杯の感謝を込めて笑いかけると、俯いてしまうラナ。


「やれやれ……これはなかなか骨が折れそうじゃなぁ」


「ですね……。でも、これをなんとかしないことにはも……」


「む?! 確かにそうじゃな。頑張るしかあるまい!」


「ちょっと二人とも?! あたしにはそんなつもりなんて……」


「鏡で自分の顔を見てから言うのじゃ!!」


「ッ?!?!」


 ティアの指摘に、慌てて化粧室へと駆け込んでいくラナ。

 困った様子を浮かべて見守るネイアも、顔は笑っていて楽しそうだ。


 セツカは……チラチラと僕の様子を窺いながら、お腹をさすっている。

 そっと様々なパンを詰めたバスケットを手渡すと、満面の笑みを浮かべながら頬張り始めた。


 しばらくは何気ない会話や僕とラナの昔話など、お茶を飲みながらみんなで親睦を深めつつ、夜まで語り合った僕たちはそれぞれの部屋に戻った。


 ラナはしばらくの間僕と同じ部屋で寝ることになっているので、今日も少しだけ離した場所にベッドを並べている。


 横になってしばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきて、ラナが眠りについたのを確認してから僕も目を閉じた。


 それから一時間もしないうちにラナがうなされだし、涙を流しながら悶え始めたことに気づいた僕は飛び起きた。


「ラナ! ラナっ!」


「……ッ?! シズクくん……?」


「うん、シズクだよ。……紅茶でも飲もうか」


 一度寝室を出た僕たちは、リラックス効果のある良い香りが漂う紅茶を片手にテラスに出ると、綺麗な夜景を一緒に眺める。


「キレイ……」


「凄いよね……。今度は観光客として、ゆっくりこの都市に遊びにこようよ」


「ほんと?」


「もちろん。約束だよ」


 嬉しそうに笑うラナと指切りで約束を誓うと、ほどなくして寝室へと戻った僕たち。


 お互いのベッドに入るも、すぐにラナが枕を手に立ち上がる。


「あのね、シズク君……。今日は一緒に寝て欲しいな。ダメかな……?」


「もちろんいいよ。懐かしいなぁ。昔は僕が寝付けない時とか、ラナがこっそり一緒に寝てくれたりしてたよね」


「みんなにバレないか、ヒヤヒヤしてたけどね」


 ふふっと笑いながら、ベッドに入ってきたラナ。

 

 つい昔の調子でいいよって即答したけど、アレ?!


 ラナから良い匂いがするし、急に恥ずかしくなってきたんだけど?!


 僕が慌ててることに気づかないラナは、ギュッと僕の胸元に顔を埋めた。


「えへへ……。シズク君のそばにいると落ち着く」


「そ、そう……?」


「うん……。ありがとね、シズク君……だい……」


 いつの間にかスースーと寝息を立て始めたラナ。


 僕は緊張のせいかなかなか寝付くことができず、悶々とした想いのまま夜を過ごすのだったーーー。

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