第50話 ローレンの趣味


 別室へと移ったことで人目がなくなったためか、気丈に振る舞っていたラナはポロポロと涙をこぼし始めた。


「ご、ごめん…ね……。き、気が抜けたら……」


「ラナ……ッ」


 僕はいてもたってもいられず、ラナを強く抱きしめる。

 胸の中で大きな声をあげて泣き始めたラナは、まるで今まで堪えてきたものが全て溢れ出したかのように、ひたすら泣き続けた。


 負けん気が強いラナのことだ。

 きっと……何をされても、ただひたすらに耐えていたんだろう。

 

 誰がどこまで関わっているのかはわからないけど、少なくとも理由の一端は僕にある。

 僕へ罪をなすりつけるためだけに、ラナは……。


「シズクや。自分をあまり責めちゃいかんぞ。ラナ嬢も心配しておる」


 ティアの言葉に目を見開いた僕は、自分の方がよほど酷い目にあっているにもかかわらず、心配そうに僕を見上げるラナと目があった。


「シズク君、泣かないで……? たとえどんな理由でも、悪いのはあっちなんだから。シズク君は全然悪くないよ」


「……ありがとう。でも、ラナを巻き込んでしまったのは僕のせいだ。……本当にごめん」


「……ふむ」


 僕とラナとのやりとりを見ていたティアは、何かを考え込むとネイアと二人で内緒話を始める。

 やがて話し終えたティアは、不思議そうに見つめていたラナに声をかけた。


「挨拶もまだじゃったな。初めまして、ラナ嬢。妾はティアじゃ」


「ネイアです」


「セツカと申す!」


「は、初めまして……?」


 キョトンと首を傾げるラナに、優しい笑顔を向けるティア。


「妾とネイアはシズクの婚約者、セツカ殿は従者じゃ。宜しく頼む」


「え……?」


 ティアの言葉にピシリと凍りついたラナ。


 どうしたんだろう……?


 あ、僕に婚約者ができたことに驚いたのかな。


「少しラナ嬢と内密に話したいことがあっての。少しだけ時間をくれんか?」


 下からそっと、ラナへ向けて手を伸ばしたティア。

 

 床に崩れ落ちていたラナを起こすための、何気ない自然な動作。


 でも、手が自分へと伸びてきた瞬間、ラナはビクッと身体を振るわせ顔を強張らせた。


 心に刻み込まれた恐怖、その深さが垣間見えたことに、ティアとネイアはとても悲しそうな目をしている。


「ご、ごめんね! ちょっとびっくりしちゃっただけだよ!」


 なんでもないと笑ってみせ、立ち上がろうとするラナ。

 

 でもその足には全然力が入ってなくて、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。


「あ、あれ……? おかしいな……」


「ラナ……」


 僕はそっと彼女をお姫様抱っこで持ち上げる。


「ちょ、ちょっと……?!」


 一瞬ぽかんとしていたラナは、自身の状況を飲み込むと顔を真っ赤にしてあたふたしだした。


「ティア、その話は僕がいない方が良いんだよね?」


「……そうじゃな。できればおらん方が良いと思う」


「そっか……。ラナ、この2人は絶対にラナに危害を加えたりしないって僕が保証するよ。だから、少しの間だけ信じてあげてくれないかな? もちろん、僕の目の届く範囲から外には行かせないし、不測の事態の時には必ず僕が守るから」


「……うん、わかった」


 頷いてくれたラナにお礼を伝え、そっと降ろす。

 

 僕から少し離れてから、ヒソヒソと話をし始めた女性陣。


 時折ラナの顔が苦痛に歪んだりしたけど、その度にティアとネイアが抱きしめたり手を握ったりしていて、ラナもすぐに落ち着きを取り戻していた。


 ただ、しばらくすると何故かこちらをチラチラと窺うような視線を度々向けてきて、その姿はどこか動揺しているようにも見える。


 うーん……?

 なんの話をしているんだろう……。


 程なくして戻ってきた女性陣。


「シズクや。今回のラナ嬢の一件、お主は自分に責があると思っておるよな?」


「……うん」


「だが、ラナ嬢はないと思っておる。そこで、じゃ。シズクには別のところで責任を取ってもらおうと思っての」


「別のところ……?」


 僕が首を傾げると、ニッと笑うティアとは対照的に、顔を真っ赤にしてうつむくラナ。


「そうじゃ。知っての通り、貴族の子女は此度のような一件があると、貰い手がつかんくなる。これほど美しい女子おなごでも、じゃ」


 改めてラナへと視線を向けると、どこか寂しそうな表情を向けられた。


 ラナは綺麗なサラサラの金糸を肩口で切りそろえており、前髪もパッツンにしている。

 猫目の美しい碧眼に、整った顔立ち。

 スタイルも抜群で、ティアやネイアに引けを取らない。


 それでも、体裁をひどく気にする貴族にとっては、容姿や人間性と言った魅力よりも評判が優先されるのだ。


「し、シズク君っ!」


「ど、どうしたの、ラナ?」


 顔を上気させたまま、上目使いで今日一番の大きな声をあげたラナに、思わず驚いてしまう。

 よく見ればひどく緊張した様子で、いつもの元気はつらつとした姿はなりを潜め、まるで乙女のようだ。

 

 ま、まさか……ね……?


「あ、あのね……! その……貴族の子女としては、もう価値なんてないあたしだけど……そ、それでもシズク君と一緒にいたいんだ! だ、だからね……あたしも……あたしも……」


 そこで深呼吸をし始めたラナは、気持ちを落ち着けることができたのか、真っ直ぐに僕を見据えると口を開いた。


「あたしも、従者として一緒に連れて行ってくれないかな?! また、シズク君のメイドとして仕えたいんだ!」


「もちろんだよ。僕も、ラナが一緒にいてくれる方が嬉しいからね」


「ありがとうっ!!」


 僕が笑顔で答えると、目尻に涙を浮かべながら抱きついてくるラナ。


 その姿を見ていたティアとネイアは、驚いた表情をしているけどどうしたんだろう?


 それからは議会が終わるまで、ラナに僕の今までの出来事を話して聞かせたりして過ごした。


 懸念事項だったラナに対する性的な暴行の有無だけど、ティアがこっそりと教えてくれた。


 暴力は日常的に振るわれていたけど、性的なものは一切なかったらしい。

 度重なる暴行の中で服などが破け、肌が露出しっぱなしになるといった状況があったにも関わらず、ローレンは一度も手を出してくることはなかったのだそうだ。

 

 ティアたちが僕から離れて話していたのも、この事を聞くためだったようだね。 


 そういえば、昔メイドたちがローレンは華奢な体軀にしか興味がないとかって嘆いていたのを聞いたことがあった。

 夫人の中で唯一子供を2人産んだ僕の母も、他の二人とは違い胸は真っ平だったし童顔だったけど、やっぱり関係しているんだろうなぁ。


 知りたくなかった実父の性癖を知ってしまい、結果としてそのお陰でラナが手を出されなかったとはいえ、なんだか複雑な気分になる僕だったーーー。

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