第49話 没落の足音8
ロド王は崩れ落ちたローレンを一瞥すると、申し訳なさそうな顔をしつつ辺りを見渡した。
「この度は我が国の者が大変騒がせてしまい、ウェルカ帝国にはご迷惑をおかけした。ワシとしても大変遺憾であり、ラインツ伯爵には厳しい処罰を下すと約束しよう。この者の私財から可能な限りを貴国への補償金へと充てさせてもらうと共に、我が国からも公式の文書として全容を公表させてもらうゆえ、どうかそれで手打ちにしていただきたい」
ローレンはビクッと身体を震わせるだけで、反論の声は上げなかった。否、上げることを許されなかったと言う方が正しいか。
ローレンが慌てて口を開こうとした瞬間、ロド王は周囲に見えないよう背後に控えるミハエルに指示を出した。
瞬間、ミハエルはローレンへ向けて殺気を飛ばし、強制的に身体を硬直させて口を封じたと言う訳だ。
「つまり『ラインツ伯爵が王家すらも騙し、全ての罪をシズク殿に着せるべく暗躍した結果今に至る
』と、貴国はそう言っているのかの?」
エンペラート皇帝による指摘に、ロド王は悲痛な面持ちで項垂れた。
「ラインツ伯爵は、我が国でも非常に優秀な者でしてな……。かつて何度も国に多大な貢献をしてくれていたこともあり、信じきってしまっていた部分があることは否めませぬ。今でも正直、信じきれないと言う部分すらある。だが、事実は事実。自身の甘さを反省するとともに、二度とこのようなことが起こらぬようしっかりと対処するとお約束しましょう」
「ふむ……。では、シズク殿の指名手配については即時に撤回し、無実だったと公表していただける。と、そのような認識で良いのですな?」
「ええ、もちろんです。この場で彼の無実を宣言すると共に、国へ戻り次第すぐに国民にも知らせましょう」
ロド王の言葉に、ここいらが落とし所かと思案するエンペラート皇帝。
だが、ロド王が続けた思わぬ一言に眉を顰めた。
「つきましては、ウェルカ帝国にはお手数をおかけするが、彼へのS級認定を取り下げて頂きたい」
「……どういうことかの?」
「ラインツ伯爵によりあらぬ容疑をかけられていた訳だが、潔白が証明された以上彼には我が国へと戻ってもらいたいのだ。もちろん、我が国でのS級認定は当然のこと、伯爵の位を授けることも約束しよう」
「それは些か都合が良すぎるのではないかの? 仮にラインツ伯爵に騙されていたのだとしても、貴国は一度シズク殿を放逐した身なのだ。今更その力を認識したから取り戻そうなどと、いくらなんでも横暴が過ぎると思わんか?」
エンペラート皇帝の言葉に、ひどく辛そうに顔を歪めたロド王。
「もちろん、その点については重々承知している。だが、それでも我が国には彼の帰りを待つ者がいるのだ。無実だったとわかった以上、その者のためにも連れ帰る責務がワシにはあるのです」
「僕の帰りを待つ者……?」
シズクが反応を示したことに、内心ほくそ笑むロド王。
「君の母だ。彼女はラインツ伯爵に逆えず従順なフリをして見せていたが、その実君のことをとても心配していたのだよ。秘密裏にどうにかできないかと、何度もガナート経由で相談もされていた。そうだな、ガナート?」
突然話を振られたガナートであったが、ロド王の意図を即座に読み取っており悲しそうに視線を落としながら頷いて見せた。
「はい……。母はシズクがいなくなった後も、ラナ嬢への一件は何かの間違いだと信じていました。ただ、父ーーラインツ伯爵の言葉に逆らうこともできず、相反する気持ちに折り合いがつけられなくなってしまったのか、今は心を病んでしまい寝たきりの生活を送っております。きっと……きっとシズクが顔を見せてあげれば、母も元気を取り戻すことでしょう」
シズクはガナートの言葉を聞き、嘘だとは思いつつも昔の優しかった母の姿や笑顔を思い出してしまう。
あれだけのことをされていながら母を想い、悩み、苦悶の表情を浮かべるシズク。
腕の中で抱かれたまま震えていたラナは、内心を読み取り今も変わらずシズクは心優しいままなのだと気づくと、心が温まりわずかに震えが弱まる。
「シズク君……あたし、今から凄く酷いことを言うけど、ごめんね……。でも、言わなきゃいけないの。……あの人たちが言ってることは、全部嘘だよ。あの家に……ラインツ家に、シズク君のことを本気で気にかけている人なんていなかった……。ビレイ様が寝たきりなのは本当だけど、それもローレン様が……」
目尻に涙を浮かべながら、それでも情に流されて誤った選択をしないようにと、非情な事実を告げたラナ。
周囲にいたティアたちですら思わず表情を沈み込ませる中、シズクは嬉しそうにラナに微笑むと、ありがとうと告げた。
「ロド王。申し訳ありませんが、僕はネーブ王国に戻るつもりはありません。ありがたいお話ですが、お断り致します」
「なっ?! ウェルカ帝国と同じS級認定を与え、更に伯爵位まで授けると言っておるのだぞ?! 一体何が不満だと言うのだ!!」
「……僕がロド王に忠誠を誓えないからです」
物怖じした様子もなく、ロド王の目を見据えてはっきりと告げたシズク。
ロド王はかつての記憶が今のシズクの姿と重なり、顔をカァーッ赤くするとギリィッと歯噛みした。
「後から泣きついてきても、絶対に我が国へ士官などさせてやらんからなっ!!」
キッとシズクを睨みつけると、憤慨した様子を隠しきれずどかりと大きな音を立てて席に座るロド王。
それからややあって中断していた議会が再開することになり、エンペラート皇帝の計らいでシズクたちは一足早く会場を後にした。
その後ろ姿を見送るロド王の視線には、ひどく憎々しい感情が宿っていたーーー。
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