第48話 没落の足音7
まるで龍の逆鱗に触れてしまったのではないか――。
そう考えてしまうほど圧倒的なプレッシャーに晒された一同は、ヤジも何もかもを飲み込みシンと静まり返っている。
ある者は顔を青くし、ある者はカタカタと震える足を無理やり押さえつけ、ある者は手を合わせて神に祈りを捧げた。
だが、そんな状況を理解できないのか、それとも認めたくないのか。
ネーブ王国側の人間だけは、僅かに震える身体もなんのその、このプレッシャーの発生源であるシズクへと叫び声を上げる。
「ふ、ふんっ! なんだ、いまさら口裏を合わせてくれとでも頼んでいるのか?! この恥知らずがっ!!」
ロド王の言葉を聞いても反応を見せないシズク。
その不遜とも言える態度が更にロド王の怒りに油を注ぎ、顔を真っ赤にさせた。
「貴様ぁ! 聞いておるのかっ! 我が国の者に――」
そこで彼はようやく気付く。
先ほどよりもさらに重苦しいプレッシャーが放たれ始めていることに。
シズクを指さしたまま、カタカタと震えだす手。
一部の者は意識が薄れ始め、限界に近づき始めたその時。
扉が勢いよく開け放たれ、美しい女性3人が飛び込んで来る。
ティアとネイアはシズクへと駆け寄ると後ろからそっと抱きしめ、セツカは周囲を威嚇。
「シズクや、落ち着くのじゃ……。大丈夫、大丈夫じゃから」
「シズク様、怒りに呑まれてはいけません……ッ!」
「主殿をこんな目に合わせた愚か者は誰だ! 今すぐ出て来れば、一思いに苦しませず殺してやろう!!」
三人の登場で周囲を覆いつくしていたプレッシャーは和らぎ、胸を撫でおろした三人はラナの悲痛な姿を見て息を飲む。
そしてすぐに理解した。
彼女のこの姿こそ、あのシズクを周囲などお構いなしに威圧させるほど取り乱させた原因だと。
「シズク、あのポーションは作れそうにないかの?」
「そうです、アレならきっと……!」
「……あの時は無我夢中だったから。できるかどうか……」
「主殿、我も協力します故! まずはやってみましょう!」
セツカが両の掌をくっつけお皿のように形作ると、その上にティアとネイアも同様に手を重ね合わせる。
一番上にシズクが手を重ねると、シズクは目を閉じて自身の願いを魔力と共に込めながら、完成形をイメージし魔法を発動。
シズクの想いが届くようにと、3人も強く願いながらシズクの手のひらへと魔力を送る。
そうして少しずつ手のひらの中で形作られていく、1つの瓶。
出来上がった瓶の中には、薄っすらと光を放つピンク色の液体が揺れている。
「あ、あれは……」
グラーヴァは出来上がったものに検討がついたのか、思わず声を漏らす。
作り出された瓶をシズクから受け取ったラナは戸惑った様子を見せたが、力強くシズクが頷くと意を決したように中身を飲み干した。
途端、ラナの身体を淡い緑色の光が包み込み、すでに痕になってしまっていた傷という傷が全て癒えていく。
「あ……ああ……。声が出る……。声が出るよ、シズク君!!」
目じりに涙を浮かべたラナは、大勢の前だということも忘れ、つい素の話し方でシズクへと抱き着いた。
その光景を見てワナワナと震えるロド王やローレンたちとは違い、ウェルカ帝国や周辺国はその姿に疑問を覚える。
被害者であるはずの彼女が、なぜ加害者であるはずのシズクへと抱き着くのか……?
「ラナ、一体誰が君をこんな目に合わせたの……?」
ラナの背を優しく撫でていたシズクがそう問いかけると、キッとローレンを睨みつけたラナ。
議会に参加した全員が固唾を飲んで、ラナの言葉に耳を傾けた。
「ラインツ伯爵だよ! あたしを地下に閉じ込めて、執拗に何度も何度も……!!」
当時を思い出したためか、シズクの腕の中で辛そうに顔を歪めながらも、言い切ったラナ。
瞬間、全ての視線が一斉にローレンへと向けられた。
「な、何を言っておるかっ?! お主をそんな目に合わせたのは、そこの犯罪者だろうがっ!!」
「そんな訳ないじゃん! あたしが奉公を辞めたいって申し出たのだって、シズク君を追いかけるためなのに!!」
焦った様子で叫ぶローレンに、負けじと反論するラナ。
ロド王は雲行きが怪しくなってきたのをいち早く察し、一言も発することなく静観する構えに切り替える。
「み、皆様! 彼女はあの犯罪者めに負わされた心の傷で、少しおかしくなってしまっているのです!」
「何言ってんの?! わざと傷跡が残るように中途半端にヒールで治療させて、悲痛な姿を演出するとか散々言ってたじゃん! 万が一都合の悪いことを言われたら困るとか言って、喉を何度も剣の柄で突いて潰しては治して、執拗に声を出せないようにしたくせに……!!」
ラナが恨みの篭った瞳でキッと睨みつけると、うぐ……と言葉に詰まるローレン。
「……ラインツ伯爵よ。ワシが聞いていた話と随分違うな?! どういうことか、きちんと説明しろっ!!」
「なっ?! ロ、ロド王?!」
「ワシの言葉が聞こえなかったのか?! 彼女の言っていることがどういうことか、わかるようにこの場で説明しろと言っているのだ!!」
突然ロド王に糾弾されたローレンは、脂汗をかいてキョロキョロと周囲を見渡す。
先ほどまでウェルカ帝国へと向けられていた非難の視線は、一手にローレンへと注がれており、ローレンは今まさに自分の足元が崩れていくのを感じ取った。
「お待ちください、ロド王! 皆様! そ、そうです! きっと彼女は、あの犯罪者に洗脳されてしまったのです!! 妙な液体を飲ませられたでしょう?! おそらくアレが怪しげな薬だったに違いない!!」
ローレンの言葉に、ああでもないこうでもないとザワつく周囲。
そこへ、グラーヴァの声が響いた。
「そいつは少しばかり無理があるだろ? 通常では治せない傷すらも全快して見せた薬だぜ? 洗脳をかけるどころか、それすらも治しちまう方が自然だろ。研究者の観点からしてみても、治癒と洗脳の2つが混在する薬は検討がつかねぇ。だいたい、そんな薬が存在したら誰もポーションを使えなくなっちまうぜ」
「ぐうううう……!!」
忌々し気にグラーヴァを睨みつけたローレン。
あっちにこっちにと視線を泳がせて助けを求めるが、ネーブ王国の誰一人として彼を援護する者はいない。
自身の息子である、ガナートですら目をそらす始末。
ローレンはようやくどうにもならないことを悟り、力なく膝を折るのだった―――。
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