第45話 元・家庭教師


 僕たちは今、中立区域にある商業都市ゼニーへと向けてリーゼルン公国内をゆっくりと進んでいる。


 道中に少しでも魔物を討伐していこうという、魔物の脅威に晒され続けているリーゼルンへの支援も兼ねてだ。

 危険すぎると反対意見も多かったようだけど、今もリーゼルンに住む何の罪もない民が怯えているというのにできることをせんとは何事だ! と陛下が一喝したらしい。


 カイさんは人としては素晴らしいけど、国のトップとしては何とも言い難いって微妙な顔をしていたなぁ。


 そんな訳で、エンペラート皇帝陛下と御付きの者や護衛など、200人にも及ぶ大行進。

 中には皇后レスティエ様と宰相であるベルモンズさん、その護衛として『天道』グラーヴァさんも来ている。

 たとえワイバーンに襲われようとも、まったく意に介さない布陣だ。


 カイゼル皇太子殿下は陛下の留守を預かるため、ウェルカ帝国に残っているけど。


 そんな錚々たる面々の中に、僕、ティア、ネイア、セツカの姿もあった。


「しかし、本当にすごい数ですね……っと」


 僕は先頭を走る馬車に乗り込み、今も襲い来る魔物を『水刃』を飛ばして切り伏せていた。


 ゴブリンやオークといった魔物だけでなく、ブルホーンと呼ばれる額にねじれた角が2本ある牛のような魔物を始めとした、生物を見境なく襲う狂暴なやつも結構いる。


「ハハ……。陛下がリーゼルンを進むといった理由が、少しわかった気がするよ……」


 乾いた笑いを浮かべたフェーサルさんが、困った顔で僕を見やる。


 フェーサルさんは帝国騎士団第三部隊の隊長さんで、金髪碧眼の爽やかなお兄さんといった雰囲気の人だ。

 若くして隊長に上り詰めている通り、物凄く腕の立つ騎士だってウォルスさんが言っていた。


「でも、本当に僕たちは倒すだけでいいんですか? 敵襲に集中できるので、ありがたくはあるんですが……」


「お礼を言うのはこちらなんだけどね……。S級冒険者ってみんなこんな感じなのかな……?」


 言葉通り、僕たちは今ほとんど馬車から降りずにいる。

 集団の先頭を僕が、右側をティア、左側をネイア、後方をセツカが担当し、魔物の回収は騎士さんたちに任せて良いとのことなので、僕たちは片っ端から魔法で片づけているという訳だ。


 倒した魔物は護衛として同行している騎士たちが次々に回収してくれるので、ただ馬車から魔法を放つだけの簡単なお仕事ではあるんだけど。

 鎧を着たままあっちにこっちにとせっせと走り回ってる騎士の人たちを見ていると、申し訳なさしかない。


「あ、ちょっと強いのが来ますね」


 僕はサーチに引っ掛かった反応を見て、フェーサルさんに告げる。


 グラーヴァさんから教わった周囲を探査する新しい魔法、早速役に立って嬉しいなぁ。


「一度行進を止めよう。私たちも参加した方が良いかい?」


「いえ、僕だけで大丈夫だと思います」


「わかった。ならちょうど良いし、ここで一度休憩にしよう。すまないけど、魔物の相手は任せるね」


 フェーサルさんが後方に向けて手を上げて合図すると、徐々に速度を落として止まる馬車の行進。


 僕はほどなくして前方から現れたサイクロプス――1つ目が特徴的な、緑色の体表をした体長5mほどの巨人――へと駆けだすと、空中に氷の床を張りながら次々と跳躍。

 

 サイクロプスが手に持ったこん棒を振り下ろして来るけど、氷の床で作った道を横にそらすことで進行方向を変えて回避し、がら空きの太い首を『氷剣』で一閃して切り落とした。


 身体が大きい分力は強いけど、反応が鈍いのと動きが遅いからそれほどの脅威でもないって本に書いてあった通りだ。


 なんて思いながらフェーサルさんの元に戻ると、思いっきりドン引きしていた。


「その……。僕の見間違いでなければ、騎士が複数人掛かりで討伐にあたるような魔物――サイクロプスだったような気がしたんだけど、気のせいかな……?」


「いえ、サイクロプスで合ってると思いますよ? 今みたいに足場を作って急接近しちゃえば、何てことない相手でした」


「ハ……ハハハ……。うん、お疲れ様。アレの後始末は私たちに任せて、シズク君はゆっくりしておいてね……」


 遠い目をしたままのフェーサルさんはそう告げると、数人の騎士を引き連れてサイクロプスの方へと向かって行った。

 どうしたんだろう……?


「坊主、あまりフェーサルをいじめてやんなよ」


「えぇ?! 僕いじめてなんていませんよ?!」


 ガハハと豪快に笑いながら現れたグラーヴァさんが、ニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。


「お前さんは慣れてるんだろうが、普通は動きながら魔法を発動するってのは難しいんだよ。特に戦闘中ともなれば、なおさらな。だからこそ接近戦に長けた騎士団、遠距離戦に長けた魔法師団と2つに分かれてんだぞ?」


「え?! そ、そうなんですか?! ズクミーゴさんが、魔法使いはいついかなる状況でも魔法を使えなければいけませんって教えてくれてたので、てっきりそれが普通なんだと……」


「……ズクミーゴ? ってもしかしてアレか? 金髪碧眼で、髪をこう7:3に分けた眼鏡野郎か??」


「グラーヴァさん、ズクミーゴさんを知ってるんですか? 僕の家庭教師をしてくれてた人なんですけど。すごく優秀な魔法使いだそうで、なんでも『天道』の方に僕の家庭教師を依頼したら、お墨付きで紹介してくれたお弟子さんだって言ってましたよ」


「あー……。チッ、そういうことか。あのバカ、まだ凝りてなかったのかよ」


「……?」


 僕が不思議そうに首を傾げると、なんでもねぇと言って僕の背中をバンバンと叩いてから去っていくグラーヴァさん。

 

 その背中は、どこか怒っているようにも見えた―――。

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