第44話 嫌な予感


 僕が本来の『マジックボックス』を習得してから、早五日。

 あれからも度々グラーヴァさんから質問攻めにあいつつ、僕たちは未だに皇城にいた。


 正直なところいつまでも居候しているようで非常に心苦しいんだけど、僕たちへの報酬についての議論が中々纏まらないらしく、きちんと褒美を渡す前に帰したとあっては皇家としての沽券に関わるのだそうだ。


 というのも、僕たちとしては当初の予定通り金貨500枚とサンダーバードの素材買取分さえもらえれば十分なのだけど、皇帝陛下を始めとしたカイゼル殿下や宰相であるベルモンズさん、それにレスティエ様やグラーヴァさんはそれでは不十分だと考えているそうで、いくら皇族を助けたとはいえ一介の冒険者にそこまでする必要はないとする諸侯や一部の大臣らと、日夜激しい論争を繰り広げているとかなんとか。


 城を出ようと思いますって伝えた時に、申し訳なさそうに理由を説明して引き留めたジェンさんの顔にも疲労の色が浮かんでいた。


 そんなこんなで、今日も今日とてバルコニーで美しい景色を眺めながらのんびりと紅茶を嗜んでいる僕たち。


「ここの生活に慣れちゃうと、あとが怖いよねぇ……」


「……そうかの? 妾はシズクがおる時点で、とくに変わらない気もしておるが……」


「お嬢様の言うことも一理ありますね。結局ベッドも備え付けの物ではなく、シズク様が作ってくださった物を使っておりますし……」


「うむ。主殿がお作りになられたべっどなるもの、あれは素晴らしいです! まさか我が、寝床に感動する日が来ようとは思いもしませんでした!」


 目をキラキラと輝かせ、力説するセツカ。


 そう、セツカもあのベッドの底知れぬ魔力に魅入られてしまった一人なのだ。


「そういえば、シズクや。ずっと気になっておったのだが、妾たちに飲ませてくれたポーション、あれは一体なんだったのじゃ?」


「確かに、あれはとても不思議な感覚でした。一口飲んだ瞬間、まるで身体中を温かい何かが包み込み、悪いところを全て治してくれたような……」


「うーん……。正直、僕も良くわかってないんだよね。ただ、あの時はなぜか二人を救えるポーションが作れる、そんな確信めいた何かがあって、無我夢中で作っただけなんだ。あれから何度か試してみたんだけど、一度も作れないんだよ」


 困ったように僕が告げると、シズク様の私たちに対する愛が成した奇跡だったのかもと頬を赤らめる二人。

 

 つられて僕も赤くなっていると、セツカが不思議そうに首を傾げた。


 そこへ、扉をノックする音が響き渡る。


「失礼します。火急のお話があり、すぐにお連れするようにと陛下から申し付かっております。そのままの恰好で良いとのことですので、一緒に来て頂けますかな?」


 ジェンさんに続くように部屋を後にした僕たちは、先日伺った陛下の私室へと案内された。


「おぉ、急にすまないの。立ち話もなんだ、とりあえず座ると良い」


 エンペラート皇帝陛下に促されるまま椅子に座ると、前回とまったく同じ面々が顔を揃えていた。


「さて。シズクのS級認定の公表、及びサンダーバードの討伐がすでに完了している旨を各国に通達したところ、やはりと言うべきかネーブ王国がケチをつけてきおった。ここまでは予想通りだったんじゃが……」


 困ったような顔を浮かべた陛下が、一拍置いてから会話を続ける。


「シズクの指名手配について、大々的に言及してきおっての。我が国との外交努力もせず、直接各国に向けて発信したことで少々荒れてしまっておる。ロド王が言うには、被害者が貴族位を持つ家の次女だったため公表しなかっただけで、紛れもない事実だと。貴国は犯罪者でも強ければS級認定を与えるのかと、ネーブ王国から非難されておるのだ。今では、各国からも問い合わせが来ておるほどだ」


「すまない、シズク君……。もちろんぼくたちは君のことを疑ってなどいないし、真っ赤な嘘だと確信している。ただ、すでに力に魅かれ囲い込んだと思われているぼくたちの言葉だけでは、各国を納得させられないんだ」


「いえ、カイさんが謝ることじゃないですよ。元々僕の問題だった訳ですから。それで、僕はどうしたら良いんでしょうか? 国家としてS級認定を取り下げても事態が収拾できないなら、ネーブ王国に引き渡して頂いても構いません」


 僕の言葉に、驚く一同。


「何を言っておるんじゃっ?! そんなことさせる訳がなかろう! 妾は許さんぞ!!」


「そうですっ! シズク様は何も悪くないのに、どうして……!」


「それでも、これは僕が引き起こしてしまったことなんだよ。カイさんたちにこれ以上迷惑をかける訳にはいかないからね。僕一人で解決できるなら、そうすべきだ」


 僕の言葉に押し黙った二人。


「先に1つ訂正しておこう。余たちはシズクをS級認定したことを後悔してはおらんし、今も取り下げる気などさらさらないぞ? 何より、余が余の判断で許可したのだ。その責務をシズクが負う必要はないのだよ」


 優しく微笑みかけてくれる陛下に、心がとても温かくなるのを感じるとともに、なんだかカイさんがとても羨ましくなった。

 親の愛って、こんな感じなんだろうか……と。


 綻ばせていた表情を真面目な顔に戻した陛下が、僕に問いかける。


「そこで、我がウェルカ帝国はネーブ王国の非難に真っ向から対立し、近々中立商業都市ゼニーで行われる連合議会にて此度の一件をとことん話し合おうと思う。すまないが、シズクには余たちのの護衛をしてもらいつつ、余たちと共に議会への参加を依頼する。引き受けてくれるかの?」


「もちろんです。僕にできることであれば、なんでもさせてください」


「……感謝する。では、決まりじゃな」


 それから、細かい部分での情報共有など、事前にできる準備を進めていった。


 ただ、気になるのは被害者だという貴族家の次女のことだ。


 ティアもそうだったように、貴族というのは婚前前の性交渉はいかなる理由があれ好しとしない。


 相手がハッキリしていれば責任を取ってもらえば良いだけだが、今回の場合僕はまったく身に覚えがないからね。


 暴行の内容が公表されずとも邪推した者たちからあっという間に噂が広がり、事実がどうであれやがては払拭できないほど悪評によるレッテルが貼られてしまうはずだ。


 そうなれば、その女性の行く末は……。


 ネーブ王国が何を考え何をしたいのか。

 嫌な予感がしながらも、僕はついにネーブ王国と直接話をすることになったのだった―――。

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