第38話 いつもと違う格好


 僕たちが無事イシラバスにたどり着いてから、三日が経った。


 あれからセツカにゲートのことなどを聞いてはみたものの、山の中だったということ以外はほとんどわからなかった。

 サンダーバードの匂いを辿るのに夢中で、道中のことはほとんど覚えていないらしい。


 その後もカイさんの計らいで皇城の一室を使わせてもらっている僕たちは、今はバルコニーで美しい庭園の景色を眺めながら紅茶を嗜んでいる。


「……スローライフ万歳」


「シズクや、妾でも知っておるぞ。それはフラグというやつじゃ」


「違いますよ、お嬢様。きっとシズク様は、全てをわかった上でこれからのために英気を養っているのです」


「なに、主殿なら大丈夫ですっ! 何があろうと、我が守りますゆえっ!!」


「アハハ……。セツカが本気で暴れたら、国が亡ぶよ……」


 赤子の手をひねるよりも容易に想像できるだけに、ゾッとしない。


 などと暢気なことを考えていると、扉がノックされてカイゼル殿下とジェンさんがやって来た。


「やあ、ゆっくりできてるかな?」


「ええ、お陰様で。カイさんの方はどうですか?」


「ぼくの方は、なんというか……拍子抜けしてしまってね」


「え?」


 席に座り、ジェンさんが淹れた紅茶に一口くちをつけてから、カイさんが話始める。


「シズク君に懸けられていた指名手配のことだけど――」


 曰く、未だ賞金などはかけられているものの、諜報部が訝しむほどあっさりと無実だとする裏どりがとれたそうだ。


 なんでも、ネーブ王国内ではすでに僕が死亡したという情報が出回っていて、それに伴い過去の人になっているらしい。

 結果、僕は指名手配され賞金がかけられたものの『犯罪者が元貴族という立ち位置のため、裁判にて全てを明らかにする』との発表が行われていたそうで、誰もが罪の内容も被害者がどこの誰かもわからないという状態で宙ぶらりんになっているとか。

 

 王都の酒場など、情報が集まりやすい場所でそれとなく聞いても『シズク』という人物については誰もが知っているのに、罪の全容がまったく明らかにならないどころか噂の1つすらなく、逆に王家の怒りに触れたため見せしめにされたのだろうとする意見が大多数を占めたようだ。


 極めつけが、ミハエルなる自身を騎士団の副団長だと名乗る男に女性をあてがったところ、『シズク』がいかに愚かで無能だったかを楽しそうに話したばかりか、酒に酔った勢いで『どうせ死ぬなら、無実だろうが国のためにその身を捧げれば良いものを』などと高笑いを上げて聞かせたと。


「――という訳でね。諜報部からは満場一致で、虚偽の罪であり対象は無実との報告が上がって来たよ。万が一に備えて継続して情報を収集させてはいるけど、すでに陛下も問題ないと判断してくれたようで動き始めたみたいだからね。早ければ今日か明日にも陛下への謁見とS級認定が降りるんじゃないかな」


「……そうですか。色々とありがとうございました。ようやくこれで、僕もきちんと前へ進めます」


「……えへへ」 「……うふふ」


 僕の言葉に、話を聞いていたティアとネイアが揃って頬に手を当てて頬を赤く染めた。


「いやぁ、見てるこっちが照れちゃいそうだね。フフ、結婚式にはぼくも呼んでくれよ?」


「ほっほっほ。それなら、カイゼル殿下が仲人をして差し上げれば良いのです。命を救われた恩とでもしておけば、諸侯も強くは口出しできんでしょう」


「爺、名案だよ! それでいこう!」


「ちょ、ちょっと?! 勝手に話を進めないでくださいね?!」


 慌てて止める僕に、楽しそうに笑うカイさんとジェンさん。

 

 しばらく雑談を交わし、政務に戻るというカイさんを見送った僕たち。

 それから三時間ほどして、今度はジェンさん一人で戻って来た。


「失礼致します。エンペラート皇帝陛下が皆様にお会いしたいそうです。服などはこちらで準備してありますので、着替えが済み次第案内の者と共に謁見の間へお越しいただけますか?」


 用件を告げると一礼して去っていったジェンさんと入れ替わりにメイドさんが10名ほどやってきて、あっという間に僕たちの身支度を整えていく。

 あ、もちろん僕だけは隣の部屋に移動してからね。


 僕はグレーのタキシードが用意されていて、メイドさんたちに手伝ってもらいながら着替えを済ますと軽く髪をセットしてもらった。


 ティアたちも準備を終えたと聞いた僕が部屋へ戻ると、いつもと違う格好をした美女三人がじっと僕を見つめてくる。


 要所に細かい刺繍の入った、赤地に白のレースがあしらわれたロングドレスを着たティア。


 デザインはティアと同じものの、ベースカラーが黒となりシックな雰囲気漂うネイア。


 同じくベースカラーが水色に変わり、どこか神秘的な美しさを纏うセツカ。

 

「……」


「な、なんじゃシズク。何とか言ったらどうじゃ……」


「わ、私なんかがドレスなんて変ですよね……」


「あ、主殿ぉ……。我がこのような恰好、恥ずかしさしかないのですが……」


「あ……。ご、ごめんね。その……あまりにもみんなが綺麗だったから、びっくりしちゃって。凄く似合ってるよ……。まるでおとぎ話に出てくるお姫様みたいだ」


 気恥ずかしさはあるものの、女性をきちんと褒めるのは紳士としてのマナーだからね。


 なんてカッコつけてはみたものの、僕の言葉に顔を真っ赤にして俯く三人を前にすると、僕自身恥ずかしさで顔から火が吹き出そうだ。


 三人のドレスがまったく同じデザインなのは、きっとカイさんが周囲から言い寄られないよう、全員優劣なく僕の大切な女性ひとですってアピールするために配慮してくれたんだろうなぁ。


 いや、ティアとネイアはともかくセツカは少し意味合いが違うんですけどね?


 かくして、案内の人に連れられて謁見の間へと向かった僕たちは、ついにウェルカ帝国のトップ――エンペラート皇帝陛下と顔を合わせることになるのだった―――。

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