第37話 まだダメ
備え付けられた備品や調度品など、明らかに高級そうなものばかりが並ぶ一室へと通された僕たち。
「なぜ僕はこんなところに……」
「む? そりゃ、皇太子の命を二度も救ったばかりかドラゴンまで手なずけおったのだぞ? カイとて、父に紹介せぬ訳にはいくまい」
「カイさんとしてはシズク様をどうしたらウェルカに留めておけるか、様々な方法を考えていると思いますよ」
「えぇ?! なんで僕なんか……」
困惑する僕に、呆れた視線を送るティアとネイア。
「困ったものじゃの……。妾はシズクの親や家庭教師やらを見たら、ぶっ殺してしまいそうじゃ」
「ですね……。これだけ自信が持てないほど自分を信じられないなんて、一体どれほど貶し、否定し続けたのか想像もできません……」
二人からドス黒いオーラが漏れ出し、思わずセツカもビクッと震えておやつを食べる手を止めてしまった。
「あ、主殿。二人の背後に鬼神が見えるようで、凄く怖いのですが……」
「う、うん……」
「良いか、セツカ殿。全力が出せる状態でなかったとはいえ、それでもドラゴンであるセツカ殿すら打ち負かすようなシズクが、弱いと思うかの?」
「む? 何を言っておるのだ、ティア嬢。我が主殿が弱い訳なかろう!」
「ですよね? でも、ご本人のシズク様はそんなこと微塵も思っていないんですよ」
「な、なぜだ……?! 最後に見せたあの力、あれはたとえ我が全力であったとしても、おそらく良くて相打ち……そんなレベルだったのだぞ?!」
「それがの――」
ティアとネイアが、眉間に皺をよせ驚愕するセツカの耳元で何やら語りかけている。
二人が話し終えると、突然ガタッと勢いよく立ち上がったセツカが僕の前に来て片膝をついて跪いた。
「主殿。これより幾人かの下郎を粛清して来ること、お許し願いたいッ!!」
着ている外套の表面が凍るほどの冷気と、堪えきれないのか僅かに殺気を放ちながらそう言い放つセツカ。
「いやいや、ダメだよ?! そんなことしたら、セツカが討伐対象にされちゃうからね?!」
「で、ですがっ! 主殿の心に深い傷をつけた者どもを野放しにしておくなど……ッ」
「……ありがとね、みんな。すぐには無理だけど、少しずつ自信を持てるように頑張るからさ。だから、そんなに怒らないで? 楽しいことをして、美味しいものを食べて。そんなゆったりとした時間をみんなと過ごす方が、僕は性に合っているし嬉しいんだよ」
素直に気持ちを伝えるのが気恥ずかしくて、ついポリポリと頬をかきながら言った僕。
「やれやれ……。ほんとに仕方ないやつじゃのう」
「シズク様は優しすぎます……」
「主殿は大空のような広い心を持っているのですね……!」
ティアはやれやれと肩を竦め、ネイアは涙ぐみ、セツカは目をキラキラとさせて感動していた。
「もうネーブ王国に行くこともないし、会うこともないんだからさ。気にしててもしょうがないよ。ね?」
そこへ、コンコンとノックしてから部屋へと入って来たカイさん――ううん、カイゼル皇太子殿下。
髪を全て後ろへと流し立派な皇族用の服を着ている姿は、威厳と気品を兼ね備えた王としての風格を纏っていた。
後ろには燕尾服に身を包むジェンさんもいる。
「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、少し話が聞こえてしまってね。件のネーブ王国だけど……少々面倒な事になってしまっているんだ」
扉を閉めて外部からの視線がなくなったためか、殿下の恰好をしたカイさんというチグハグな状態になったまま、苦虫を噛み潰したような顔でそう告げた。
「え?」
「現在、我が国に隣国のリーゼルン公国から救援要請が来ているようでね。名目は"異常な数の魔物による被害が絶えず、人手・及び救援物資の援助を願いたし"ということらしい」
「その事とネーブ王国に、何か関係が……?」
「というより、シズク君に関係していると言ったほうが正しいかもしれないね。ネーブ王国が"リーゼルンの山岳地帯から飛び立つサンダーバードを見た。今回の魔物によるリーゼルン襲撃は、魔族によるものに違いない"との声明を数日前に発表したようなんだ。周辺国も、魔族ならば魔物を従えるなど容易いだろう、これは人間界侵略の先兵に違いないとの意見が大多数を占めているようで、目下の脅威であるサンダーバードを討つべく、ネーブ王国主導の元『多国間共同雷魔鳥討伐軍』が編成されることになったそうだよ。そして……目撃されたサンダーバードがウェルカ方面に飛び立ったという理由から、近々ウェルカへ大々的な軍の派遣を各国連名で宣言するという情報も入って来ているそうだ」
「な……?!」
言い分は理解できるけど、いくらなんでも動きが早すぎない……!?
「ネーブ王国からすれば、現在帝国優位で締結している同盟内容が気に食わないんだろうね。何かとこちらに難癖をつけて、サンダーバード討伐とは関係のない行軍を取ることも予想される。……まぁ、もうサンダーバードの脅威は取り除かれている訳なんだけど」
「……すでに討伐は済んだ、と声明を出せばどうですか?」
「そうなると、サンダーバードほどの魔物を一体どのようにして迅速に討伐したのだ、という話になっちゃうんだ」
「ああ……。それで、僕にも関係がある訳ですね」
「……うん。すでに皇帝陛下にはシズク君のことを報告して、シズク君にかけられた指名手配の内容の真偽を問うべく、あらゆる手段で調査するよう皇帝陛下直々の厳命を下してもらった。そう時間もかからずに結果が届くだろうね」
勝手にごめんね、と頭を下げるカイさん。
個室とはいえ皇太子殿下に頭を下げられたことに僕が動揺していると、ジェンさんが『ここではプライベートなので、カイゼル殿下の振る舞いもある程度のことには目をつぶります』と説明してくれる。
扉の前で警護にあたっているのもウォルスさんたちらしく、同じく聞かなかったことにしてくれるそうだ。
「僕としてもそれが目的でS級冒険者を目指すことにした訳ですから、感謝こそすれ謝られる理由はないですよ?」
「そう言ってもらえると助かるよ。そして……ここからが本題だ。結果が届き、シズクにかけられた容疑が無実だと証明された場合、我が国では即座にシズクをS級冒険者と認定し、昇級に至った功績をサンダーバード討伐によるものだと公表させてもらいたい。並びに、討伐の証明を求められた場合に提示できるよう、サンダーバードの魔石や体毛など素材の一部を国で買い取らせてもらいたいのだ。あまり時間がないゆえ、出来れば数時間のうちに答えをもらいたい。身勝手な頼みだとは重々承知しているが、どうか検討してもらえないだろうか」
これはカイさん個人ではなく、帝国を代表したカイゼル皇太子としてのお願いなんだろう。
殿下としての威厳ある雰囲気と声音で、そう告げた。
僕がティアとネイアのほうへ視線を向けると、任せると合図をくれる。
「……わかりました。僕としても、S級冒険者になればいずれネーブ王国や父……ローレン様にも存在が知られることは理解していましたから、遅かれ早かれだったと思います。こちらこそ、よろしくお願いします」
まさか即答してもらえるとは思っていなかったのか、驚いた顔のまま固まるカイゼル殿下。
ジェンさんが『しっかりなさい』と言わんばかりにコホンッと咳払いすると、我を取り戻したのか苦笑いを浮かべた。
「……すまない、感謝する。私はすぐに陛下の元へ報告に上がり、急ぎ準備を進めるとしよう。シズクたちには内偵が済み次第、改めてジェンにでも報告にこさせよう。……ふー、やっぱり久しぶりだと気を張ってるのは疲れるね。今日はこのままこの部屋に泊れるよう手配してあるから、ゆっくりと身体を休めると良いよ。それじゃあ、また近々遊びに来るね」
そう言い残し、笑顔で手を振ってカイさんは部屋を後にした。
あれ? 部屋に僕たちだけになった途端、ティアとネイアが凄い期待の眼差しでこっちを見てくるんだけど……?
「聞いたかの、ネイア! ついに、ついに妾たちとシズクの熱い夜が訪れるようじゃ!」
「そうですね、お嬢様! 今日はうんと身体を綺麗にしないとっ!」
「何言ってんの?! まだダメだからね?!」
セツカが何の話ですか? ときょとんとする中、迫るティアとネイアからどうやって逃げ延びるか、僕は必死に頭を回転させるのだった―――。
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