第36話 帝都イシラバス


 馬車が大破したことにより、徒歩で向かうことを余儀なくされた僕たち。


 でも、セツカの常識外れの一言で大きく事情が変わった。


「主殿! それならばぜひ、我が背にお乗りください! 主を乗せて飛べるなど、この上ない名誉です!!」


 フンスッと意気込むセツカ。


 うーん、相変わらずというか見た目とのギャップが……。


 黙っていれば氷を連想させるような冷たい雰囲気といい、人間離れしたどこか儚げな美しさといい、まるで神話か何かに出てくる登場人物を見ているような気分なんだけど。

 話し始めると、犬みたいなんだよなぁ……。


 いずれ慣れるんだろうけど、まだまだ慣れそうにないね。


「カイさん、セツカがこう言ってくれてますがどうします? さすがにドラゴンに乗って登場したら大騒ぎになりそうですけど……」


「セツカ様さえ良ければ、ぜひお願いしたいね。イシラバスから目視できない位置まで移動してもらい、そこから徒歩に切り替えれば問題ないはずさ。万が一騒ぎになっても、ぼくがなんとかするよ。今は一刻も早く帝都へと戻りたいんだ」


「わかりました。セツカ、合図するまで空での移動をお願いできる?」


「お任せくださいっ!」


 セツカは笑顔でそう告げると、少し離れたところで人化を解いてドラゴンに戻った。


 伏せの状態で翼を伸ばして地面につけることで、背中までの緩やかな傾斜をした足場まで用意してくれる。

 冷気も限界まで抑えてくれているようで、鱗に触れてもひんやりとして気持ち良いくらいだ。


 さすがはドラゴンで、馬車で残り二日ほどあった行程をわずか3時間足らずで移動できてしまった。

 これでも僕たちに配慮して、ゆっくりと飛んでいてくれたと言うから驚きだよ。


「ありがとう、セツカ。助かったよ」


 背中から降りた僕たちが御礼を告げると、再び人化した状態でもじもじとした様子で上目遣いをしてくるセツカ。


「その……ご、ご褒美という訳ではないのですが……。後ででも構いませんので、またあのすてーきなるお肉を頂けませんかっ?!」


 意を決して要求してくる姿に、思わず笑ってしまう僕。


「うん、そうだね。夜ご飯まではまだ少し時間があるから、ひとまずおやつ代わりにこれを食べなよ」


 歩きながらでも食べやすいよう、偽物フェイクで作り出した大きなバスケットに山盛りのサンドイッチをつめて手渡す。


「これは……?」


「サンドイッチっていう食べ物だよ。口に合うかはわからないけど、一度試してみてよ。ダメなら、別のものにするから」


「ありがたき幸せっ! いただきますっ!」


 僕たちがイシラバスへと向けて歩き始めた後も、一心不乱に次々とサンドイッチを美味しそうに食べていくセツカの姿に、ティアやネイアを始めとしたみんながゴクリと喉を鳴らす。


「その……。申し訳ないんだけど、ぼくたちにも少しだけサンドイッチをもらえないかな……? あの姿を見ていたら、どうにも我慢できなくなってしまってね……?」


 仕方ないよね? と言いたげに苦笑いを浮かべるカイさんたちにも、バスケットに入れたサンドイッチを渡し、分けて食べてくださいと伝える。

 もちろん、ティアとネイアにも渡したよ。


「これは美味しいねっ! サンドイッチだけどサンドイッチとは思えない! もはや、スーパーサンドイッチだよ!」


 感動したカイさんが訳の分からないことを言っていて、僕はアハハ……と乾いた笑いを浮かべたんだけど、僕以外のみんなは激しく同意の意を示していて疎外感が凄かった。


 そうこうしているうちにイシラバスが見えてきて、ほどなくして外壁に作られた大きな門の前までたどり着いた僕たち。


 あ、セツカがバスケットまで食べたのは言うまでもないよね?


「ようこそ、帝都イシラバスへ。歓迎するよ、シズク君」


 カイさんたちのお陰で手続きをせず、関係者用の裏口から帝都内へと入った僕たちに、カイさんが笑顔でそう告げた。


 イシラバスは広大な街をぐるっと高い外壁で覆われていて、街並みはプーテルのように石造りの家やレンガ造りの家が多いんだけど、活気が段違いだった。


 門から続く石で舗装されたメインストリートは多くの人々が行き交い、冒険者らしき人達から商人、観光客らしき人と様々な恰好の人たちで賑わいを見せている。


 カイさんが手配した馬車に揺られて街の中を移動していったんだけど、とにかく広い。

 なんと、門から皇居まで最短距離を進んできたはずなのに30分以上もかかったんだよ。


 帝都の中央に位置する場所に建てられたウェルカ城も、真っ白な石造りのとても巨大なもので、まさしく白亜の城と呼ぶに相応しい荘厳で美しい城だった。


 外装も派手過ぎず質素過ぎずの程よい塩梅で、周囲には外堀が掘ってあって綺麗な水が流れている。

 不審者の入城を阻むために設けられている開閉式の稼働橋を操作する兵士も、この仕事に誇りを持っているとすぐにわかるほど立派な顔つきだった。


「良い場所ですね……」


「シズク君にそう言ってもらえると嬉しいよ。まだまだ見れていないところも多いから、時間がある時にでもぜひデートで巡ってほしいね」


 ハハッと爽やかな笑顔を向けたカイさんと、楽しみじゃのうと照れるティアたち。


 ここまではいつも通りなんだけど、今回はセツカがいたからね。


「あ、主殿っ! その……分不相応とは重々理解しておりますが、いずれ……いずれで構いませんので、我もでーとなるものを……!」


 デートが何かはわからないけど、ティアたちの反応から何か良いものだと判断したのかな。

 あとできちんと教えてあげようと思いながら、ウェルカ城へ続く橋を渡っていく馬車。


 あれ、ついカイさんに言われるままついてきたけど、僕たちもお城へ入るの……??


 護衛がお城に入って良いのだろうかと不安になりつつ、いまさら降ろしてくださいとも言えない僕は黙って成り行きに身を任せるのだった―――。

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