第32話 没落の足音5
時は少し戻り、ゲースイ子爵邸にカイが訪れた頃。
ネーブ王国国王、ロド王の私室には珍しい面々が首を揃えていた。
ラインツ伯爵家当主ローレン、その息子であるガナート。
ラインツ領内にある闇ギルドのマスターであるコーザ、魔界の伯爵家長男クラーボツ。
とてもじゃないが、後半の二人は王の私室にいて良いような顔ぶれではない。
そこに、ロド王と護衛である近衛騎士団副団長ミハエルを含めた計6名の姿があった。
「わざわざ偽の身分まで用意させて入城させてやったんだ。つまらない話なら即刻首を刎ねるからな?」
フンっと鼻を鳴らしながら、つまらなそうに呟くロド王。
すでに簡単な挨拶は済んでおり、これから本題に入る所だった。
「ハハ、ロド王はひどく機嫌が悪いようだ。だが、この話を聞けばすぐに笑顔になるだろうね」
「ええ、その通りですとも。こちらにおられるクラーボツ殿が、『魅了の魔眼』で新たな魔物をその配下に置いてくれたのです。なんと、かの英雄譚にも登場する『ヒドラ』ですぞ!」
「な、なにぃ?!」
ガタッと音を立てて立ち上がり、驚きを顕にするロド王。
「ふむぅん? それは真ですかなぁ? ヒドラと言えばぁ、ドラゴンですら易々と手を出さぬと有名な魔物ですぞぉ?」
語尾を間延びさせて喋る男――ミハエル。
彼は近衛騎士団に支給される美しい装飾が施された銀色の鎧、その中でも幹部用に特に意匠の凝った物を身に着けていた。
まるでネズミを彷彿とさせる顔立ちに、薄くなった頭部を隠すためにベレー帽を被っていることも相まって、初対面の相手はまず騎士、それも副団長などとは思わないため、公私共に常に鎧を身に纏っているともっぱらの噂だった。
「サンダーバードが目立った打撃も与えずに討たれたことは計算外でしたが、幸いそれらの情報は漏れておりません。隣国を探らせている部下たちからも、目撃情報こそあれど討伐したと名乗り出る者も噂もないとの報告が上がっておりますので、それらの情報を上手く利用すれば優位に立てるかと」
「それで、どうしようというのだっ?!」
コーザの説明にしびれを切らしたロド王が、机をバァンと叩いて早く肝心な部分を説明せよと急かす。
「つきましては、できるだけ早く王にサンダーバードの目撃情報と共に行先がウェルカ方面だったと声明を出して頂きたいのです。同時に、我が国から討伐・捜索支援として騎士団を送り込めば、目撃情報があったという理由でウェルカ国内を好きに移動できますから、如何様にもできましょう? すでにサンダーバードはいない訳ですから、騎士団への被害も心配ありません」
「おぉ、おぉ! 名案ではないかっ! さすがはガナート、頭がキレよるわ!」
手放しで喜び、今まで気分次第で散々冷遇してきたガナートを絶賛するロド王。
ガナートはお褒めに預かり光栄ですと、作り笑いを浮かべながら一礼してみせた。
「だがぁ、ウェルカ国内を自由に行軍できたところでどうだというのだぁ? あちらとてバカではあるまいぃ、早々好き勝手にさせてくれる訳もあるまいよぉ?」
「それは違うのぅ。我が国が先んじて支援を派遣すれば、ウェルカ帝国には大きな貸しを。隣国には同盟国に対して積極的に協力する様をアピールできるのだ。かつ、ウェルカ内を自由に行軍できるということは、内情を探りやすいということでもある。成果があろうとなかろうと、我が国が得をすることは間違いないと言う訳よ」
「さすがロド王陛下! その慧眼、感服いたしました!」
おべっかを使い首を垂れるローレンに、満更でもないロド王。
「そして、ここで私の出番という訳さ。リーゼルン近郊を行軍中に、突然リーゼルンにヒドラが現れたとの情報がもたらされれば、どうだい? 大義名分を得た騎士団は、そのまま越境してリーゼルンへと入ることができるだろう?」
「ウェルカだけでなく、リーゼルンでも大手を振って騎士団が動ける訳か……!」
うむうむと感心した様子で頷くロド王と、物足りないといった顔のミハエル。
「ウェルカだけならともかくぅ、リーゼルンでは現れたヒドラを討伐するという明確な目標がある以上好きに動けないのではないかなぁ? しかもぉ、我が騎士団だけで事に当たれば被害は甚大なものになってしまうよぉ?」
「確かに、それはある。どうなのだ、そこについても何か案があるのだろうな?」
ギロッと周囲を睨むロド王と、たじろぐ一同。
「我が国の優秀な騎士団なら、ヒドラでも倒してくれるだろう。と、思っていたのですが……」
苦し紛れの言い訳をするガナートに、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたミハエル。
リーゼルンのヒドラ討伐はまだ深く案が練れていないが、情報という生ものを扱う以上時間的猶予がない今、ひとまずウェルカのみに重点を置いた作戦で時間稼ぎをしているのだと看破したミハエルは、得意げに王へと作戦の変更案を告げた。
「わたくし目にぃ、考えがありますぞぉ」
「おぉ、なんだミハエル。申してみろ」
「我が騎士団だけでなくぅ、周辺国にも軍部を派遣してもらえば良いのですよぉ。ネーブ王国主導ともなれば十分にアピールはできますしぃ、ウェルカ帝国内では各地域で各々分担してサンダーバードの情報を集めるよう仕向ければぁ、すでに情報戦で優位に立っている我が国は上手く動けるはずですぅ。ヒドラ戦に置いては指揮官として幹部クラスを後ろへと下げておけばぁ、損害を被ったところで騎士団の立て直しは容易ですよぉ」
部下などいくらでも替えが聞く。
暗にミハエルはそう告げて、優秀な幹部クラスの者さえ生き残れば――否、自分が確実に生き残れるであろう作戦をそれっぽく理由をつけて仕立て上げた。
「ふむぅ……。他の者はどうだ? ミハエルはこう言っておるが、何か改善点などあれば申すが良い」
思案するフリをしながら、一同は思う。
作戦の本筋を提案したのは自分たちだが、ここに来て内容が大きく変わりつつある。
これならば、
「現状、あまり考えておる時間がありませんからな。
「そうですね……。私も我が国の騎士団、そのNo.2の意見なら聞き入れて良いのではないかと」
「私は、あくまでヒドラを仕向けるだけだからね。その辺は任せるよ」
「私も恐縮ながら、皆様と同様の考えです」
反対意見が出なかったことで、ロド王は満足そうに頷いた。
「うむ。ならば、此度のミハエルの案を採用とする。その働きに期待しているぞ、ミハエルよ」
王からの視線に、ミハエルは内心やられたっ!! と思いながらも、自分ならできると自分に言い聞かせる。
「……はっ。必ずやぁ、王の期待に応え成果を上げてみせますぅ!」
こうしてロド王を始めとした面々は、自らが乗り込もうとしている船がハリボテだらけの泥船だとも知らず、意気揚々と虚構だらけの明るい未来に向けて航海に出る決断を下すのだった。
彼らがリーゼルンを混乱に陥れるために固定化した、人間界と魔界を繋ぐゲート。
そのどちら側にも見張りなどを置いていなかったため、自分たちの行いのせいでヒドラなどとは比較にならない存在である、ドラゴンが人間界へと降り立つことになるとも知らずに―――。
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