第31話 ホワイトスノードラゴン


 帝都イシラバスへと向かうため、プーテルを後にした僕たちは一路北へと進路を取っていた。


 カイさんは新しく用意した馬車に乗り込み、御者をジェンさんが、周囲を囲むようにウォルスさんたちが馬に乗って進んで行く。

 

 僕たちはと言うと、馬車の後部に設けられた荷物置き場に腰かけさせてもらい、三人並んで仲良く景色を眺めていた。


「のんびり歩いていくのも良いが、馬車での快適な旅というのも乙なものじゃのう」


「車外で景色を楽しむことなんて不可能でしたし、新鮮です」


「カイさんに感謝だね」


 弓などで遠くから射抜かれては対応できない場合があるので、さすがにカイさんは車内から出られないようだ。


 護衛の僕たちが座っていて良いのだろうか? とも思ったのだけど、ウォルスさんたちからすれば「シズク殿が最後の砦でいてくれたほうが、後顧の憂いなく目の前の敵に集中できる」のだそう。


 プーテルからイシラバスまでは問題なく進めば馬車で1週間ほどで、途中に街などはないらしい。

 10日ほどかかる迂回ルートなら小規模の街を通っていけるそうだが、ワイバーン襲撃の一件で予定が押してしまっているため、最短ルートを進んで行くとのことだ。


 二日ほどで平原を抜け荒野へと入ると、時折ロックホーク――荒野などに生息する魔鳥の一種で、体長1mほどの大きな身体と岩のように固い茶色い羽毛が特徴的――が襲ってきたが、ティアとネイアの二人の魔法や護衛騎士のリットさんが放つ弓によって撃ち落され、あえなく僕たちの食料となった。


 そんなこんなで大きな問題もなく進んでいたんだけど、嵐の前の静けさとはよく言ったもので、帝都まで残り2日というところで大問題が発生した。


 冬まではまだまだ日数があり、しかもここは荒れ果てた荒野にも関わらず、空から突然『雪』が降り出したんだ。


「な、なぜこんなところにドラゴンが……」


 ウォルスさんが上空からゆっくりと降りてくる龍を見上げながら、力なく呟く。


 ドラゴン――翼竜ワイバーンのように前腕が翼と一体化しておらず、4つの手足とは別に背中から独立した翼が生えていて、強靭な体躯と圧倒的な生命力、高い知能と隔絶した力を持つ龍種の総称。


 僕たちの目の前に現れたのは、その龍種のうちの1体――ホワイトスノードラゴン。


 別名『白雪華はくせっか』とも呼ばれる、ほんのりと青みがかった白く美しい鱗を持つ巨大な龍で、十の属性のうち『光』と『水』と『氷』という3属性を司るとされている非常に稀有な存在だった。

 

 かの龍が現れると辺りに真っ白な雪が降り始め、その様がまるで華のように美しいことからそう呼ばれるようになった事から鑑みても、間違いないと思う。


 美しさからは想像もつかないほど絶大な力を持ち、過去には強大な大国がわずか一日で滅ぼされたとの言い伝えも残っているほどだ。


 魔界の奥地にひっそりと住んでいると言われており、その姿が最後に確認されたのは200年以上も前という、今となっては伝承にのみ残っていた存在のはずなのに――。


「キュォォォオオオオオオオオンッ!!!」


 大気が震えるほどの大声量で咆哮を上げると、真っすぐに僕たちに向かい降下してくるホワイトスノードラゴン。

 

 僕はすぐさま馬車の屋根へと上ると、全属性の障壁――計10枚を周囲に重ねて展開して突進を凌ぐことに成功した。


 でも、ただの突撃――それもたったの一撃でそのほとんどが割られてしまった。


 ホワイトスノードラゴンは攻撃を防がれたことに驚いたのか、僕へと意識を向けたまま再び上空へと上がっていく。


 みんなを巻き込まないように馬車から飛び降りると、帝都の方を指さしながら叫ぶ。


「僕が引きつけます! 急いで逃げてくださいっ!」


「だ、だがそんなことをすればシズク君が……っ!」


「全員で戦ったところで勝てないのはわかり切っているでしょう! 急ぎ帝都へと戻り、皇太子として成すべきことをしてくださいっ!!」


「……カイ様、行きますよ。シズク殿の意志を無駄にしてはいけませんっ」


「バカ者っ! 放せっ!! シズク君一人置いていける訳がないだろうっ!」


「甘えるんじゃないっ! 貴方が死んだら、帝国の民たちはどうなるのですかッ!!


 ウォルスさんはそう叫ぶと、飛び出そうとするカイさんを無理やり馬車の中へと引きずり込んだ。


 ジェンさんがペコリと僕に頭を下げると、馬車を発車させようと手綱を握る。

 でも、ホワイトスノードラゴンの出現で理解が追いつかず放心していたティアとネイアが、そこで我を取り戻して馬車から降りてしまう。


「し、シズクっ! 嫌なのじゃ、妾も残るのじゃ! 最後まで……最後まで傍にいさせてくれっ!」


「シズク様、私もお供しますっ! 一人生き残るなんて、そんなの絶対に嫌ですっ!」


「二人ともっ!! カイさんたちと一緒に逃げてっ!」


 ジェンさんはティアたちを置いていって良いものか悩んでしまい、馬車を発車させることができない。


 このままじゃ、次は本当に……!


 僕は二人を抱きかかえると、馬車に飛び乗り車内へと押し込む。


「カイさん、ウォルスさんっ! 二人も一緒にお願いします!! 絶対に降ろさないでください!!!」


「シズク君……すまないっ」


「……わかった」


 カイさんとウォルスさんが苦渋の表情でそれぞれティアとネイアの腕を掴み、逃げられないよう協力してくれた。


「いやじゃっ! いやじゃよシズクっ! 妾は最後までお主とおりたいっ!」


「お願いします、放してくださいっ! シズク様がいない世界でなんて……ッ」


 ポロポロと泣き出す二人の頬に、そっと口づけをした。


「何言ってるのさ。僕は全力で戦って、生き残るつもりだよ。みんながそれに巻き込まれないために、逃げてほしいんだ」


 二人に言い聞かせながら、再び突っ込んできたホワイトスノードラゴンの攻撃を再展開した障壁で防ぐ。


 おそらく……どこまで耐えられるのか。

 それを試して遊んでいるんだと思うけど、先ほどよりも今回の方が威力が少し上がっていて、さらに威力が上がるであろう次の突撃は防げないことを悟る。


 再度上空へと上がっていくようだけど、もう時間が……。


「ほ、本当か? 本当に妾たちの元に戻ってくるのじゃな?」


「約束ですよ?! 絶対に破っちゃいけない約束ですからね?!」


「……うん、約束するよ。だから、二人も何としても逃げ延びて」


 僕は二人に、今までありがとう。と全ての思いを込めて笑顔を送る。


 何か言いたげな二人を任せて馬車を飛び降りると、今度こそジェンさんは馬車を発車させて遠ざかっていった。


 ホワイトスノードラゴンの興味は完全に僕に向いていて、馬車を追っていく素振りもない。


 良かった、これできっと―――。

 

 僕は一分一秒でも長く足止めすることを決意し、上空からこちらを見下ろしているホワイトスノードラゴンの注意をそらさないよう、『火刃』の魔法を放つのだった―――。

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