第30話 孫の恋路を見守るような目


 メッサに絡まれた翌日。

 改めてデートに繰り出し、昨日とは違う場所を見て周った僕とティアとネイア。


 その途中、驚いたことにメッサとその父であるゴイスー・ゲースイ子爵が捕縛されたという号外が飛び交い、僕は思わず二人と目を見合わせてしまった。


「これってたぶん……」


「カイの仕業じゃろうな……」


「仕事が早いですね……」


 改めて昨日の予想が的中していたのだろうと、何の根拠もないのにそう思ってしまった。


「ハハ、その様子だとぼくがある程度誰だか予想できちゃってる感じかな?」


「うわぁ?!」


 突然背後からカイさんに声をかけられ、僕は驚いて飛びずさってしまう。


「あれ、びっくりさせちゃったかな」


「カイさんて気配消すのうまいですよね……」


「ああ、そうしないとホラ。騒ぎになっちゃっても困るだろう?」


 ニコッと爽やかな笑顔を向けてくるけど、驚かされる方は心臓に悪いんですよね。


 ……なんて文句を言えたらどれだけいいだろうか。


「それで、僕たちに何か用事ですか?」


「ああ、そうだった。今後の行程を決めるために、シズク君から護衛依頼を継続してもらえるのかどうかの答えを聞きたくてね。良ければ、一度ゆっくりと話す時間をもらえないかな?」


 チラリと二人へ視線を送ると、構わないと無言で頷いてくれたのでカイさんの後に続いて一件のカフェへと入店した。

 

 すでに手配を済ませていたようで、そのまま奥の個室へと通されるとジェンさんやウォルスさんたち全員が席についていた。


 カイさんは空席になっていた真ん中の席に腰かけると、対面に置かれたソファへと座るよう僕たちを促す。


「さて、改めて自己紹介をさせてもらうよ。ぼく……いや、私はカイゼル・フォン・ウェルカ。このウェルカ帝国の第一皇子――皇太子をしている」


 フッと身に纏う空気が一変したカイさん――ううん、カイゼル皇太子殿下。


「お目にかかれて光栄です、カイゼル皇太子殿下。今まで知らずの事とはいえ、数々の無礼な態度をお許しください」


 僕はすぐさま立ち上がり、左手を手のひらが相手に見えるよう床に垂らし、右手を左胸からやや離した位置に置くと、お辞儀しながら左足を一歩後ろへと下げる。


 貴族式の挨拶というやつだ。


「……フフ、やはり君は貴族の子なんだね。ああ、シズク君は私たちの命の恩人だ。無礼などと言わず、ぜひ今まで通り接してほしい。ぼくもそうするからね」


 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべたカイゼル皇太子殿下は、いつものカイさんの雰囲気に戻っていた。


「……意地悪な方ですね。そう言われてしまうと、僕には拒否権がないじゃないですか」


「まぁそう言わないでくれよ。立場上、なかなかこうして気を張らずに話せる友人が少ないんだ」


「仰せのままに、カイさん皇太子殿下」


 僕がニコリと笑いながらいつもの呼び名に敬称をつけてみせたら、一瞬きょとんとしたカイさんはお腹を抱えて笑い出した。


「ありがとうね。さて、それじゃあ護衛依頼についてなんだけど……シズク君は貴族のようだけど、このまま君個人に依頼していても大丈夫なのかな? まぁ従者でなく本人が戦う貴族というのも実に珍しいけど」


 どうやらカイさんは僕が主、ティアが妻か婚約者で、メイド服を着ているネイアが従者兼妾か何かかと思っているようだ。


「えっと、僕は確かに元貴族なんですが……今は追放された身なので、平民ですよ。彼女たちも旅の仲間であり、従者とかじゃありません。それで、さすがにカイさんに隠しているのはまずいのでお話すると――」


 僕はある程度の事情をカイさんに伝えていく。


 さすがに皇太子殿下ときちんと知らされた以上、他国で指名手配されている僕を近くに置いておくのはまずいだろうからね。


「――という訳で、僕はおそらく指名手配されていると思います。なので、護衛依頼は別の方に頼んだほうがいいかと」


 僕の話を静かに聞いていたカイさんが、真剣な表情で僕を見つめているとジェンさんが何かを耳打ちし、一瞬眉を顰める。


「……疑っている訳じゃなくて、あくまで確認なんだけど。シズク君はこれまで一切犯罪行為に手を染めたことはない、ってことでいいんだよね?」


「ええ、もちろんです。ウェルカに入国する際にも、きちんと検問で検査を受けてこちらへと逃亡してきましたよ」


「なら、全然問題ないよ。やはり、ぼくはシズク君たちに護衛依頼を頼みたい。人柄、実力のどちらをとっても非の打ちどころがないし、正直シズク君を知ってしまった以上他に頼む気になれなくてね。もちろんウォルスたちも同意見で、シズク君なら任せられると太鼓判を押してくれているんだ。どうだろうか? ぜひ、引き続き護衛をお願いできないかな?」


 僕がどうしたものかと悩んでいると、僕の右隣に座っていたティアが突然立ち上がり、僕の左隣にいたネイアのもとへ移動すると何かをヒソヒソと話し始める。


 どうしたんだろう? なんて思っていると、満面の笑みを浮かべたティアが得意げに胸を張った。


 ……カイさんを始め、対面に座る全員が胸を張った勢いでプルンッと大きく弾んだティアの胸に視線を奪われ、慌てて顔を逸らしたのは見なかったことにしよう。ティアには後でお説教だね。


「妾も今まで通り、カイと呼ばせてもらうのじゃ! それで、カイよ! その護衛依頼、引き続き妾たちが受けても良いのじゃっ!!」


「えっ?!」


 相談もなく宣言したティアに視線を送るが、任せておけと言わんばかりにぐっとサムズアップした。


「じゃが、こちらからも1つ頼みたいことができてのう! そのお願いを聞いてもらえるなら、必ず帝都へと無事送り届けることを約束しようぞっ! ……シズクがな」


「ハハ……そこはシズク君便りなんだね……。それで、まずはそのお願いというのを聞いても良いかな? さすがにぼくも、なんでもかんでも叶えられる訳じゃないからさ」


「もちろんなのじゃ! なに、それほど難しい話ではない。妾たちが実績を積み、A級冒険者になった暁にはS級認定の便宜を図ってほしいのじゃ」


「……ああ、なるほど。そういうことか。なんだ、そんなことならお安い御用だよ! ぼくとしても、シズク君たちがウェルカ公認のS級冒険者になってくれたらとても心強いからね。願ってもない頼みさ」


「契約成立じゃの! さぁシズクよ、さっさとS級冒険者になってやろうではないかっ!」


「やりましたね、お嬢様! これで私たちがシズク様に抱いてもらえる日がぐっと近づきましたよ!」


「ちょ、こんなところで何を言ってるのかな?! 見てよ、カイさんたちが凄い孫の恋路を見守るような目で見てきてるじゃないかっ!!」


 お幸せに。とでも言いたげなカイさんたちの視線に、それを祝福と受け取り照れる二人とは対照的に、恥ずかしくて穴があったら今すぐに飛び込みたい僕。

 

 こうして、僕らは帝都イシラバスを目指すことが決定した―――。

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