第29話 ゲースイ子爵家の末路2
糸が切れた人形のように、力なくソファへと崩れ落ちたゴイスー。
その瞳はひどく虚ろで、これから自身がどうなるのかハッキリと理解できている様が見て取れる。
状況を理解できていないのは、息子であるメッサだけだった。
「ど、どうしたのパパッ?! 具合でも悪いの?! おい、医者を! 早く医者を呼ぶんだっ!!」
メッサが大声で怒鳴り上げるが、目の前の青年はおろか外で控えているはずの護衛、メイドたちも誰一人として反応することはない。
「その必要はないよ。えっと……メソメソ君だったかな」
「メッサだっ!! どういう意味だよっ!?」
「彼は別に具合が悪い訳じゃない。強いて言えば、頭が悪かっただけだよ」
「なっ?!」
子爵家の当主に対する言葉とは思えない暴言を吐く青年に、怒りで目をカッと開くメッサ。
「彼はいまさら、ようやく気付けたんだよ。私が下級貴族でもなんでもなく、誰であったのかを」
「は……?」
そこでメッサも当たらずも遠からずな推測が頭を過り、ヒヤリと背中を冷たいものが流れた。
もしかしたら、目の前に座る一見何の変哲もない青年が、実は自分の父よりも上の爵位を持つ誰かの関係者なのではないか? と。
「いつまで呆けているつもりだ、ゲースイ子爵。話が進まん、さっさと正気に戻れ。それとも、お前のようにこちらで一方的に理由をでっちあげて断じた方が良いか?」
青年の言葉に、ビクッと身体を震わせると慌てて姿勢を正すゴイスー。
「も、申し訳ありませんっ! 何卒、何卒お許しくださいっ!!」
「謝罪は不要だよ、ゲースイ子爵。今回私が訪れた理由は、もちろん理解できているのだろう?」
「メ、メッサのことで……と、伺っておりますが……」
「それもあるな。だが、元々の用件は別のものだ。なにやら帝国からプーテル領を任されているにも関わらず、その威光を笠に着て随分と好き勝手に振る舞っているそうじゃないか」
「そ、その様なことは決してございませんっ! 確かに愚息が少々問題を起こしてしまったことなどはございましたが、きちんと解決しておりますっ!!」
「ほう……? 解決、とは言い得て妙だな。お前や息子が見初めて無理やり攫った女を、必死に返してくれと懇願する旦那や恋人、家族を路頭に迷わせ葬り去る。確かに、お前たちからすれば解決に見えなくもないな?」
「……ッ! そ、それは……」
ギンッと鋭い眼光で睨まれ、今まで行ってきた悪事もほとんど――否、全てがバレているのかもしれないと思い、自身に訪れるであろう未来に怯えてその身を震わすゴイスー。
メッサも父の反応から、やはり青年は格上の存在であり、自分たちの悪事を裁きに来たのだとようやく察する。
だが……彼には、1つだけ父も知らぬ切り札があった。
というのも、以前ひょんなことからとある伯爵家の長女と名乗る女性と接点を持つことになった彼は、理由は定かではないがなぜかやたらと彼女に気に入られてしまい、なんとか父にメッサ様を紹介できるよう周囲を説得しますとまで宣言されたほどだった。
何かあっても彼女を頼ればきっと力になってくれる。
なんせ彼女の父は伯爵様で、聞くところによると侯爵家とも強い繋がりがあると言っていたほどの名家だ。
娘の婿になるかもしれない自分のピンチともなれば、この程度のことどうとでもしてくれるだろう。
そんな根拠のない自身のお陰で、メッサはゴイスーのようにひどく動揺することなく平静を保つことができていたばかりか、むしろ強気な姿勢ですらあった。
「証拠はっ! そこまで言うのなら、もちろん証拠があるんだよなぁっ?!」
息子の突然の叫びに信じられない物を見る目を向けたゴイスーだが、なるほど確かにそこが唯一と言える逃げ道だとも思い直し、その流れに乗ることにする。
噂では、才能に溢れているが情に厚く、ひどく甘い性格をしているらしいからな。などと考えながら。
「そ、その通りですっ! そのような噂が流れていることは承知しておりますが、謂れのない根拠なき悪評なのですっ! 儂たちも、むしろ被害者なのですよっ!!」
見苦しい言い訳に、思わず大きなため息をつく青年。
「……そうか。あくまで、お前たちはそのような事実はない、そう言う訳だな?」
「え、ええっ! その通りですっ!!」
やはり噂通り甘いやつだっ! これは押し切れるかもしれんぞっ!
一筋の光明が見えたと勘違いしたゴイスーは、鼻息を荒くしてそう答えた。
だが――。
「……愚か者どもがっ!!! メッサ、お主は言っていたそうではないか。『父は飽きっぽくて、次々に平民に手をつけるからいつか不出来な弟か妹が出来てしまうかもしれない』と」
「なっ?! ど、どうしてそれを……?! あっ」
慌てて自身の口を押えたメッサだが、もはや手遅れだった。
「ローラと言う名に聞き覚えがあるだろう?」
「ローラ……?」
聞きなれない名前だが、一体何の関係があるのか。
怪訝な表情で尋ねるゴイスーの横で、メッサはダラダラと脂汗を流している。
「メッサは良く知っているだろう? なんせ伯爵家のご令嬢で、婿入りしようと思っていたほどなのだから」
「はぁ?! め、メッサが伯爵家のご令嬢と?! どういうことだメッサァ!!!」
メッサの襟元を掴み、ぐいっと自分の方へ引き寄せ物凄い剣幕で怒鳴るゴイスー。
「ち、違うんだよっ! たまたまプーテルの街中で一人でいるところを見かけて、声をかけたことがあって……そ、それでぼくは彼女に気に入られたんだっ! だから……ッ!!」
「バカ者がっ! なぜそれを儂に報告せん!! だいたい、おかしいとは思わなかったのかッッ?!」
「か、彼女が周りに知られてしまうと父への紹介が難しくなってしまうから、今はまだ秘密にって! こっそりと抜け出してきているから、バレたらあらぬ噂が立てられちゃうからって言ったんだよ! だから誰にも言えなかったんだっ!! パパだって、ぼくが伯爵家に婿入りすることになれば喜んでくれると思って、それでっ!!」
泣きべそをかきながら必死に説明するメッサに、頭を抱えるゴイスー。
「……メッサは何の疑いもなくローラ嬢に聞かれるまま、お前の数々の悪行をまるで武勇伝でも話しているかのように、詳しく笑顔で語り聞かせたそうだぞ。ほかにも、聞いてもいないことを色々と教えてくれたらしいがな」
目の前にぶら下げられた輝かしい未来に目が暗み、深く考えることもなく飛びついてしまったメッサ。
彼は聞かれるままになんでも話して聞かせてしまったため、その話の裏どりも非常に容易だったという。
また、彼女が喜んでくれるからと余計なことまで話していたことが災いし、様々な悪事が露見することとなった。
「愚か者がぁ……。よりにもよって
こうして愚かな息子の行いにより、完全に言い逃れができない状況に追い込まれたゴイスー。
当に自身が発言した、
皇太子が噂通りの甘い性格だったため、家族を侮辱された怒りを飲み込み聞かなかったことにしてくれたなどと思いもしない。
ゲースイ子爵家当主と息子の捕縛はすぐにプーテルどころかウェルカ全土へと広がっていくことになり、親子四代続いたゲースイ家の廃嫡――お家の取り潰しが決定し、並びに現在の子爵貴族位をはく奪。
ゴイスーとメッサの二人は魔境での強制労働100年が課されることになり、事実上の終身労働刑が言い渡されるのはもう少しだけ後のお話―――。
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