第27話 没落の足音4


 ラインツ家の書斎にて密談を交わす三人。


 ローレン、コーザ、クラーボツである。


「フフッ、君たちのお陰で私も鼻が高いよ。先日は、かのサンダーバードを人間界へと送り込むことにも成功したんだ。ローレン殿のご希望通り強い人間を探して襲うように命令しておいたから、名高い冒険者なんかが多くいる王都や首都なんかに向かってくれるだろうね」


「さすがですな、クラーボツ様は。かの雷魔鳥とも称されるサンダーバードですら、『魅了の魔眼』で操ってしまうのですから」


 ハッハッハと機嫌の良いローレンの高笑いが響き渡る。


 というのも、ローレンは今回の一件で王からの信用を取り戻し、再び社交界へと返り咲くことに成功していた。


 すでにリーゼルンはネーブへと物資の救援依頼などをせざるを得ないほど魔物の脅威に晒されており、優秀な冒険者や騎士団などを抱えていることで人的被害こそ極少数に留まっているものの、家屋や田畑への被害は避けられず困窮し始めていたのだ。両国の均衡は、徐々に傾き始めていると言っても過言ではない。


 ガナートも再び重用されるようになり、ある程度の権力を取り戻した。

 お陰でラインツ家は国内における発言力も以前と同等程度に強まり、彼らを馬鹿にしていた一部の者たちはすでに見せしめで失脚させられたり、閑職へと追い込まれたりしている。


「そういえば、ティアベルとネイアの二人の捜索はどうなっているんだい?」


「目下捜索中ですが、以前として発見には至っていません。ウェルカの南部にて特徴と一致する人物を見たとの情報があり、現在はその真偽を確かめさせているところです」


「そうか……。できれば彼女たちを無事に保護して、我が婚約者を愛する姉と再会させてあげたいんだ。ぜひ頑張ってくれたまへ。……私が次期伯爵ということからもすでに気づいているかもしれないけど、ティアベル様はとある貴族家の令嬢だからね。くれぐれも秘密裏に行動するよう頼むよ」


「承知しております。ウェルカへと向かわせた者たちは隠密行動に長けた者たちですので、情報が正しかった場合、証拠を残すことなく速やかにティアベル嬢を保護してくれることでしょう」


「それは重畳だね。君の優秀な部下たちに期待しているよ。さて、私はそろそろ……む?! サンダーバードにかけていた魅了が解けただとっ?!」


 突然バッと立ち上がり、眉間に皺を寄せるクラーボツ。


 彼が発した言葉に、ローレンとコーザも動揺を見せる。


「ど、どういうことですかなっ?! サンダーバードがどこかへと攻め込み、討たれてしまったと?!」


「わ、わからんっ! だけど、まだ放ってから三日と経っていないんだぞ?! それほどあっさりとサンダーバードを狩れるだけの戦力が、リーゼルンとかいう国にあるということかいっ?!」


「……リーゼルンは確かに強力な力を有しておりますが、現状は各地に戦力を分けて魔物の襲撃に対応しているはずです。私はサンダーバードを直接目にしたことがないので憶測ではありますが、話に聞くほどの力を持つ存在であることが確かなら、とてもじゃないが一個師団程度で対応できるはずありません。至急、リーゼルンの首都など大きな街の情報収集を行いましょう。壊滅的なダメージを受けている可能性が非常に高いでしょうから」


「そうだな! 儂もすぐに王都へと報告を上げ、王に動くよう進言しよう!」


「私は一度魔界へと戻り、サンダーバードに代わる新たな魔物を魅了してこよう。なに、ローレン殿に頼まれた者へもすでにワイバーンたちを差し向けてあるし、魔界には強力な魔物がいくらでもいるからね。次の手を打てばいいだけさ」


「頼もしい限りですな。よろしくお願いしますぞ、クラーボツ様」


「ああ、任せたまへ。でも、君もきちんと私の要求を満たしてくれよ?」


「ハハっ、わかっておりますとも。では、また後日改めてということで」


 各々がすべきことを成すため、解散した三人。


 コーザはすぐに各地にいる密偵へと連絡を取り、リーゼルンの情報収集を開始。


 ローレンもガナート経由で王へとサンダーバードが討たれたこと、推測ではあるが雷魔鳥の脅威度から鑑みてもリーゼルン、もしくはその周辺で壊滅的な被害が出ているであろうことを伝えた。

 報告を聞いたロド王は他国に被害が出ているにも関わらず、これで我が国はさらに優位に立てると喜んでいたとか。


 リーゼルン、もしくは被害を受けたどこかしらの隣国から来るであろう物資の救援を見越して食料などを手配しておくよう部下に厳命し、いずれ訪れる隣国との圧倒的優位な協定見直しを夢想するロド王。


 もしかしたら協定どころか、属国として取り込むことすら可能かもしれない。


 そんなことまで考えていたが、実際は一週間経っても二週間経っても予想していたほどの救援依頼は来ることがなく、大量に買い集めた食料だけが残される事態となった。

 全体の1割ほどは補給物資として提供できたものの、残り9割は手付かずの状態に憤慨するロド王。


 だが……彼の怒りはこれだけに留まらなかった。

 ローレンに密命しておいたウェルカ帝国転落への布石――皇太子の暗殺失敗の報告が届いたのだ。


 ワイバーンを5頭も送り込んだから絶対に成功します! と高らかに宣言してしまっていたローレンは、またしても王から失望されたばかりか、確証のない曖昧な情報で王政を混乱させたとして国で買い付けた物資の半額――およそ金貨1500枚、1億5千万コルを支払わされる羽目になった。


 実際は余った食料なども王都の防衛部隊などへ回すことでほとんど損害は出ないので、その多くが王や側近たちの懐へと入ることになるのだが……。そんなことを指摘できるはずもない。


 こうして、ラインツ家は再び日陰へと移ることになり、予期せぬ多額の支払いのせいで財政は火の車となるのだった。


 ローレンたちが、サンダーバードを討伐しワイバーンの脅威から皇太子を守ったのが今も尚無能だと思い込んでいるシズクだったと知るのは、もう少し先の話―――。

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