第26話 カイの正体


 陽が沈みかけた夕暮れ時。

 そろそろ宿へ戻ろうか、なんてティアとネイアと話していたところに現れた、派手な衣服を身に纏った男。

 

 金髪碧眼のガリガリの身体に、見ず知らずの女性に平然と向ける舐め回すような下卑た視線。

 

 ティアとネイアも気持ち悪さからか、ぶるりと身体を震えさせた。


「おや、どうしたんだい? 私のような貴族から見染められたことが嬉しすぎて、緊張してしまったのかな?? はは、大丈夫だよ! そこの貧相なガキとは違って、私なら日常生活から夜の営みまで、全てを満たしてあげようじゃないかっ!!」


 街中で人が大勢いるにも関わらず、わざと大きな声で言い放つ男――メッサ・ゲースイ。


 おそらく、貴族という立場を誇示しつつ僕を見下して笑いものにし、格の違いを見せつけて圧倒的な敗北感を刻みつけたいのだろう。


「さあ、私の家へと行こうじゃないかっ! 君たちのような美しい女性なら、パパもきっと気に入ってくれるよっ!!」


 勝手に話を進めて、二人へと手を伸ばそうとしたメッサ。


 僕は二人とメッサの間に割り込むと、その手を掴んだ。


「本人の意志を確認すらせず触れようとするなんて、あまりに紳士としての振る舞いに欠けますよ。もう一度、貴族とはなんたるかを勉強してきた方が宜しいかと」


「な、なんだ貴様はっ?! 私に無断で触れるなんて、どうなるかわかっているんだろうなっ?!」


 メッサが大声をあげると、周りから護衛らしき男たちが10人やって来た。


「貴族だからとなんでも許されるわけじゃない。それともここでは、貴方のような横暴がまかり通るのですか?」


「ふん、ばかめっ! ここはパパが管理を任されている街なんだぞっ! つまり、我がゲースイ家がこの街を支え守っているのだっ! そこに住む者たちが、私たちの言うことを聞くのは当たり前だろうっ!」


「ずいぶんと勝手な言い分ですね。百歩譲って貴方の御父上がこの街にとってかけがえのない存在だったとして、貴方はこの街のために何をしているんですか? ぜひ教えて頂きたい」


「う、うるさいっ! うるさいうるさいうるさーーいっ!! 私のパパが偉いんだから、私も偉いに決まっているだろうっ! くだらないことをごちゃごちゃとぬかしやがって! お前たち、こいつを不敬罪で捕らえろっ!!」


 メッサの指示に、躊躇なく襲い掛かってくる男たち。


 うーん、ウェルカでのSランク認定は諦めた方が良いかな。


 そんなことを考えながら、男たちのみぞおちや顎など急所を的確に突いて戦闘不能にしていく。


 あっという間に地面に倒れこみ、動けずにもがいている男たちをしり目にメッサを睨んだ。


「それで、次はどうするんですか?」


「き、きさまぁ……!! こんなことをしてタダで済むと思うなよっ! すぐに皇帝陛下へと進言し、貴様らを犯罪者として指名手配してくれるっ!」


「……へぇ。それは聞き捨てならないね。つまり、我が国の皇帝陛下は君の一方的な意見だけを聞き入れ、今回のことを彼らが悪いと断じる。そう言っている訳だね?」


 いつからいたのか、僕の背後から冷たい笑顔を浮かべたカイさんが現れ、メッサを見つめたままそう告げる。


「あ、当たり前だろうっ! 私は子爵家、この国を支える貴族だぞっ?! 下民と私、どちらが正しいかなどとわかりきっているではないか! だいたい、なんだ貴様はっ! 突然割り込んできおって、無礼にも程があるっ! 貴様もこいつら同様、必ず不敬罪で捕らえてやるからなっ!!」


 メッサはそう言い残すと、慌てて馬車へと飛び乗り去っていった。


「やれやれ……困ったものだね。部下を置き去りにして自分だけ逃げるなんて、情けない事この上ないよ。せっかくの楽しいデートが、すっかり邪魔されちゃったようだ。ティア嬢とネイア嬢には申し訳ないことをしてしまった」


 カイさんにはまったく関係ないのに、本当に申し訳なさそうに頭を下げてくれる。


 でも、ティアとネイアの二人からすればなんでもない事だったようで、凄くはしゃいでいた。 


「全然問題ないのじゃ。むしろ、シズクが妾たちをかばってくれた時の格好良さときたら……キュンッとしてしまったのじゃ!」


「凄かったですよね! 私、一瞬自分がお姫様か何かになった気分でした! あれで、僕の女に手をだすなとか言われてたら……倒れてたかもしれませんっ!!」


「ハハハ、さすがだねシズク君。確かに、男のぼくから見てもすごく素敵だったよ。まさに姫を守るナイトといった感じだったからね」


「や、やめてくださいよっ! それより、カイさんまで巻き込んでしまってすみません……」


「ああ、いいんだよ。ぼくがこの街に来た本当の理由は、彼……というより、彼の父であるゲースイ子爵と会うためだからね」


「そうだったんですか?」


「うん。今回のことはぼくのほうで話をつけておくから、シズク君たちは何も心配しなくて良いよ。もう2~3日はここでゆっくりしていく事にするから、今度こそデートを楽しんできてね」


 カイさんはそう言うと、笑顔で手を振って立ち去って行った。


「カイさんて何者なんだろうね……。貴族なのは間違いないと思うんだけど……」


「ん? おそらく王族――公爵家所縁の者か、直系かのどちらかじゃと思うぞ?」


「えっ……?!」


「私もそう思います。身に着けている服や泊まる場所など、下位貴族に見えるよう上手く偽装していますが……。ウォルスさんたちの防具や武器はどれも一級品ですし、ワイバーン5頭を相手に人数で劣る中、主のために命を投げうって最後まで守り切るなど、一介の騎士ではまず不可能ですよ。そもそも、並みの騎士ではワイバーンを相手に戦うことすら厳しいでしょうね。それに、カイさんの髪は意図的にくすませることで誤魔化していますが、綺麗にすれば金髪ではなく王族に多いプラチナブロンドだと思いますよ」


「そうじゃな。それに、カイの持つ雰囲気は帝王学を修めた者のソレじゃ。人の上に立つべく育てられ、カイ自身そのことを強く意識して振る舞っておる。良い王になると思うぞ。いや、ウェルカならば皇帝かの? まぁ、わざと自分のことを『』と子供っぽく呼ぶのはどうかと思うが」


「そ、そうなんだ……」


 器の大きな人だなぁとは感じてたけど、まさか王族……ううん、皇族だったなんて。


 僕、何か失礼なことなんてしてないよね……?


 今までのやり取りを思い返しながら、途端に不安になってしまうのだった―――。

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