第23話 ベッドを売ってくれ
カイさんからの護衛依頼を受けてから、三日目のこと。
腹部に風穴が空いていた男性の意識が戻り、続けて他の三人も次々に目覚めると、寝たきりだった彼らのためにまずは食事を取ることになった。
メニューは身体に負担をかけないようスープにし、平原で採れた野草を中心に少量だけワイバーンのお肉を入れてある。
カイさんたちが調味料を持参していたので、それらを使ったことにして回収させてもらい、僕の水魔法などを使い調理しておいた。
よほどお腹が空いていたのか、最初こそゆっくりとスープを味わっていたもののすぐに勢いがつくと、お肉をもっとください! と頼まれてしまった。
「すまないね。彼らも自分の身体のことはよく理解しているはずだから、言う通りにしてあげてくれないかな?」
どうしたら? とカイさんに目線で尋ねると許可が出たので、ワイバーンのお肉を焼いていくと瞬く間になくなった。
「ふぅ……。ごちそうさま。それと、我らを救ってくれた上に、カイ様の護衛まで引き受けてもらい言葉もない。本当に感謝しているよ」
「いえいえ。それより、身体はいかがですか?」
「ああ、まったく問題ない。すぐにでも動けそうだよ。おっと、恩人に挨拶もせずすまないな。私はウォルス、カイ様に仕える騎士だ。彼らは右からリット、ハマー、ロウと言って、私の優秀な部下たちなんだ」
短く刈り揃えた茶色い髪と瞳、ガッシリとした体躯のウォルスさん。
オレンジ色の髪をセンターで分け、女性にモテそうな甘いフェイスのリットさん。
スキンヘッドで口数の少ない武骨な雰囲気のハマーさん。
四人の中で一番細身で、緑色の長い髪を後ろで結ってある糸目が特徴的なロウさん。
そして、貴族に多い金髪碧眼の爽やかな笑顔が印象的なカイさんに、白くなった髪をオールバックでまとめ、いつもピシッとした雰囲気を纏うジェンさん。
おそらくウェルカのお貴族様なのだろうと推察した僕は、そこには気づかないフリをしておく。貴族だと名乗らないってことは、お忍びなんだろうからね。
僕たちもそれぞれ軽く自己紹介をして、今後の予定を詰めていく。
「プーテルまでは馬車でおよそ6時間。徒歩だと、スムーズに進んでも二日ほどかかるだろう。できればすぐにでも出発したいのだが、シズク殿たちはそれで構わないか?」
「ええ、構いませんよ。僕たちの方は特に準備もありませんし、いつでも出発できます」
「わかった。それではカイ様、我らはもう十分に休息をとらせて頂きましたので、準備ができ次第出発ということで宜しいですか?」
「いや、その前にすることがあるっ!」
「何か問題がっ?!」
カイさんの言葉に動揺するウォルスさんたち。
でも、ジェンさんは何かを察しているのか気まずそうに遠くを見た。
「シズク殿、折り入って頼みがあるっ! どうか、どうかあのベッドをぼくに売ってくれないだろうかっ! プーテルにつき次第、必ず代金を支払うと誓うっ!」
「はい……?」
カイさんいわく、あのベッドを知ってしまったら他のベッドには戻れないようで、今後も使い続けたいそうだ。
それはジェンさんも同じだったようで、あえて止めなかったらしい。
寝たきりだったウォルスさんたちは色々なことがあって気に留めてなかったらしいけど、「それほどのものなのですか……?!」と言って慌ててベッドを確認しにいき、すぐさま戻ってくるや「私にもぜひ! ぜひ頼む!」と凄い剣幕で迫って来た。
「あ、あの……。出所を秘密にしてくださるならお譲りしますから、落ち着いてくださいっ!」
「出所は口にしないと誓うよ! でも、代金はきちんと払わせてくれっ! プーテルについたら、依頼報酬に上乗せしておくよ!」
「は、はい……」
目を輝かせて歓喜に包まれるカイさんたちに、思わず一歩引いてしまう僕。
ただ、ティアとネイアはカイさんたちの気持ちがわかるようで、妾たちは幸せ者よなぁとしみじみしていた。
僕たちのベッドはいつも通りバラして木材だけ回収し、カイさんたちはそれぞれマジックバッグにしまいこんだようだ。
あとは平屋を解体して元通りにすれば、出発の準備は整った。
「ではいこうっ! 目指すは水の街プーテルだっ!」
テンションの高いカイさんが、ウォルスさんたちに止められるのも無視して意気揚々と先陣を切って歩いていく。
そこからは特に大きな問題もなく予定通り進み、二日後の昼過ぎにはプーテルへとたどり着けた。
途中、野営のために再び平屋を建てたとき、ウォルスさんたちが口をあんぐりと開けたまま固まったのは言うまでもない。
「ここがプーテル……。綺麗ですね……」
僕は思わずそう口にした。
水の街と呼ばれるだけあって、プーテルはまるで大きな湖の中心に作られた街といった様相で、街の東と北にある門へと続く陸路以外、ぐるっと水で囲まれている。
街の中もいたるところに水路が流れていて、中央に大きな噴水があるなど水と共にある街のようだ。
街並みも美しいレンガ造りの家が多く、水の都と言っても過言ではないかもしれない。
「どうだい、プーテルは美しいだろう? 魚料理も絶品なんだ、ぜひ食べてみてほしいね。街を見て回るだけでも十分に楽しめるから、ゆっくりとデートを楽しんでみたらどうかな?」
パチンっと爽やかにウィンクするカイさん。
僕が慌てて関係を否定しようとしたけど、ティアとネイアのほうが早かった。
「フフ、カイとやらは女心が良く分かっておるのう! ぜひそうさせてもらうのじゃ!」
「とても楽しみですっ。シズク様のエスコート……期待していますね?」
満面の笑みを向けて来た二人に、いまさら嫌だとは言えない雰囲気を察した僕。
デートかどうかはともかく、街を見て回ることじたいはやぶさかではないので、余計なことは口にせずに素直に頷いた。
ああ、最近はよくラナの言葉を思い出すなぁ。
彼女も良く、良い男は女性に恥をかかせないものです。わかりましたか? なんて言っていたっけ。
男って大変なんだなぁとしみじみ思いながら、僕は僅かに重くなった足でカイさんの後を追うのだった―――。
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