第14話 没落の足音3


 シズクが男としてのケジメをつける決意を固めた頃。


 闇ギルドのマスターであるコーザをラインツ家の書斎へと呼びだしたローレンは、とある人物とコーザを接触させていた。


「お初にお目にかかる、人間よ。我が名はクラーボツ・デリンヘル。次期デリンヘル伯爵である」

 

 大仰なポーズを取りながら、そう名乗る男。


 薄緑色の肩までかかる長い髪、少し濃いめではあるが整った顔立ち。美青年であることは間違いないのだが、頭部から生える二本の角や臀部から生える細長い尻尾、コウモリの羽のような翼が背中から生えていることからも、明らかに人外の存在であることが窺える。


「お目にかかれて光栄です、クラーボツ様。私はコーザ、この街の裏を支配している者でございます」


 コーザもさすがはスラムを束ねているだけのことはあり、クラーボツの容姿に一切反応を見せることなく笑顔で挨拶を返す。


「うむ、ローレン殿から聞いているよ。私と彼は、この度協力して人間界に僅かばかりの混乱を招きたいと思っていてね。君も協力してくれるそうじゃないか」


「ええ、微力ながらお手伝いさせて頂きたいと考えております。それで、具体的には如何されるのですか? 私は部下を使い実働を、とだけ聞かされており、それ以上のことはクラーボツ様自らご説明頂けると伺っているのですが」


「君に頼みたいことは2つだ。だが、その前に1つ聞いておきたいことがあってね。君は最近、魔界と人間界を繋ぐゲートが新たにできたことを知っているかい?」


「詳しくは存じ上げませんが、なんでも隣国であるリーゼルンの高峰、その山頂付近に時折現れるという話は耳にしたことがありますね」


「おぉ、博識じゃないか! まさに話に出て来たそこが、今回新たに出現したゲートだよ。そこで、なんだけどね。君たちに頼みたい仕事の1つ目が、そのゲートを安定化させるための魔道具を設置してきてほしい、ということだ」


「……というと?」


「元々魔界には、一時的にゲートを作り出す魔道具があったのはご存じかな? だが、その魔道具を研究していく中で、つい最近ゲートを安定化させて任意で開けたり閉じたりするための魔道具の開発にも成功したんだ。ただ、難点もあってね。元来のゲート生成魔道具は一方通行な上に行先を指定できず、仮に安定化させたところであまり旨味がなかったんだ。その点、自然発生したゲートは場所が固定されているから、安定化に成功すれば様々な用途に用いることができるって訳さ。すでに私のほうで極秘にいくつか入手してあるから、魔界のほうは私の部下に、人間界のほうは君の部下に設置させて、安定化を図りたいという訳だよ」


「なるほど、話はわかりました。恐らく強力な魔物との遭遇が予想されますので、精鋭たちを使い仕事に当たらせましょう」


「さすがコーザ君、理解が早くて助かるよ。それで、2つ目の仕事なんだけど。実は先日、私の婚約者の姉が従者と共に人間界へと出かけたっきり連絡が取れなくなってしまってね。彼女と従者の二人を探してもらいたいんだよ。どちらも非常に美しい女性で、桃色の髪と薄紫の髪が特徴的だ。おそらく今も、桃色の髪の女性は自分のことを『妾』と呼び、薄紫の髪の従者は『お嬢様』と呼んでついて回っているだろう。名前はティアベル様とネイア。人間界は恐ろしいところだから……もしかしたらすでに、見目麗しい二人はかもしれない。それでも、もしかしたら奴隷として売られている可能性もあるから、発見次第速やかに報告してほしい」


 クラーボツの言葉は、暗に生きてさえいれば多少遊んでも構わない。そう言っていた。


 意図を悟ったコーザはニッと嫌な笑みを浮かべると、理解したと言わんばかりにこくりと頷く。


「……そういうことでしたら、部下たちも喜んで探してくれることでしょう。問題は、どうやって隣国に魔道具を持ち込むか、ですね。国境を超える際に荷物は点検されてしまいますし、密入国するにしても探知結界の魔道具が設置してある以上、すぐに捕らえられてしまいます。ローレン様、特別通行許可証などの発行はなんとかなりませんか?」


「ふん、すでに用意してあるわ。ほれ」


 ローレンはそう言うと、机の引き出しから2枚の王印が押された書類を手渡した。


「これはこれは……まさか王までもが協力者だとは」


「命が惜しければ絶対にバレぬことだ。すでにお主にも、王家直属の暗部が見張りについておる。今回のことで何か妙な動きがあれば、すぐさま首を刎ねられるからな。……入国方法は、近々リーゼルンで行われる合同演習へ参加する部隊に、補給部隊として混ざりこめ。簡単な積み荷のチェックはされるが、全てひっくり返されるようなことはないよう手配してある。期間は入国してから演習を終え帰国するまでのちょうど一か月間、その間に設置を済ませて再び部隊に合流するのだ。さもなくば、その許可証は使えなくなるからな」


「了解しました。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」


 三人はニィーっと悪い笑みを浮かべ密談を終えると、部屋を後にするコーザ。

 すぐさまスラムへと戻ると、設置部隊と捜索部隊を編成。


 捜索部隊は準備を終えるとすぐさま各方面へと散っていき、設置部隊はコーザより入念な説明を受ける。



 翌日の深夜、ラインツ領の外れでローレンが手配しておいた魔道具を乗せた擬装用の馬車に乗ると商人に扮して王都方面へと向かい、合同演習に参加するために移動中の部隊と合流。


 部隊用に配備されている専用の馬車へと魔道具を乗せ換えたり、ネーブ国の鎧を身に着けたりと偽装工作を終えると、問題なくリーゼルンへと入国を果たした。


 目的地の山まで快速馬車を乗り継ぎ昼夜を問わず移動し続け、数人の犠牲は出たもののなんとか魔道具の設置を完了。すぐさま同様の行程で帰路へと着き、演習を終えて帰国準備を進めていた部隊の元にギリギリ戻ることができた。


 行きと帰りで人数差ができてしまったが、予備の鎧に服などを詰め込み馬車の中で寝ているフリを装いなんとか検問を突破。ローレンが事前に検問へも手回ししてくれていたお陰であり、闇ギルドの面々はローレンの見事な慧眼と手腕に感服するばかりだった。


 こうして無事に帰国を果たした一行は急ぎラインツ領へと戻り、コーザがローレンへと報告を上げる。


「ククッ! そうかそうか、無事にやり遂げてくれたか! これでリーゼルンは魔物の脅威に晒され、我がネーブ王国へと救援や物資の援助を求める! 上手くいけば協定の見直しにも着手できるというものよ! 儂もお主も、王からの覚えはめでたいぞ! クァーハッハッハ!!」


 ローレンの下卑た笑い声が書斎に響き渡り、コーザもそれに同調して大きな笑い声をあげた。


 彼らの行いが、後にネーブ王国どころか大陸全土を揺るがす大問題に発展するとも知らずに―――。

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