第13話 スローライフの終わり


 ティアとネイアの二人が僕の根城に住み着いてから、かれこれ二週間ほどが経過した。


 あれからも幾度となく偽物フェイクで様々な料理を試してみたが、やはり僕が味をしっかりと想像できないものは再現することができなかった。


 原理がよくわからないせいもあると思うんだけど、意識的に味を変えようと思うと上手く調整できないんだよね。


 ただ、いくつかの新しい発見もあった。


 1.本物の食材で料理する場合も、僕の魔法を使って調理することで旨味が増す

 2.フェイクで作り出した料理はモデルにした料理と同様の栄養がある他、魔力を微量回復させるなどの副次効果がある

 3.本物の食事と同様、食べ過ぎは身体に負担をかける

 4.食事だけでなく、飲み物なども再現することができる


 大きなところだとこの4つだ。


 特に2つ目の発見が大きくて、レパートリーが少ないことを除けば食事に困ることはなくなった。この発見はティアとネイアの二人にも大きな衝撃だったようで、最初こそ籠城時の補給に困ることがなくなるとか、シズクがいるだけで戦争事情が一変してしまうとか頭を抱えていた。


 でも、慣れてしまえばあれが食べたいこれが食べたいと気軽に注文してくるようになり、今ではどうにかしてレパートリーを増やせぬものかと日々意見をぶつけあっている。

 

 そんなこんなで狩りに出かける必要もなくなってしまった僕たちは、目標が決まるまでのんびりしようということになり、今日も今日とて三人で広間でくつろいでいた。


「のう、シズクや。ちと相談があるんじゃが」


「どうかした?」


 改まった様子で声をかけてきたティアに向き直る。


「シズクに賞金をかけておるのは、隣の国なんじゃよな?」


「うん、そうだよ。ネーブ国っていうところ。いくらかけられてるのかがわからないから、周辺国にまで手配書が回ってるかどうかはわからないけど」


「ふむ……。危険は重々承知しておるが、ここを出て各地を見てみる気はないかの?」


「うーん……」


 ティアの言いたいことはわかる。


 ここで目的もなく時間を浪費するくらいなら世間を見てみないか、ということだろう。


 ただ、正直なところここでのスローライフが割と気に入ってるんだよなぁ。特に不便なところもないし、危険もないし。


「シズクも言っておったじゃろう? リゴンのコンポートなる甘味を食べてみたい、と。そのほかにも、きっと名も知らぬ美味いものが溢れておるはずじゃ。それらを探しにいってみんか?」


「それは確かに気になるけど……」


 僕は素直に、行ってみようかと言うことができなかった。


 彼女たちも共に行動する以上、手配書が周辺国にも出回っていた場合は迷惑をかけてしまう可能性が高いからだ。万が一彼女たちが捕まり、何らかの方法で夢魔サキュバスだとバレてしまった時のことを考えるとリスクが大きすぎる。


 僕の考えは顔に出ていたのか、ティアとネイアが嬉しそうに笑った。

 

「妾たちの身を案じてくれているのじゃろう? 大丈夫じゃよ、妾たちとてシズクほどではないがそれなりに戦えるからの」


「そうですよ。それに、いざとなったら絶対にシズク様が守ってくれるって確信がありますから」


「期待が重いなぁ……。僕は初級しか使えないへっぽこ魔法使いなんだけど……」


「そんなことはないのじゃ!」 「そんなことはありません!」


 二人が声を揃えて僕の意見を否定するので、どう反応して良いのか困ってしまう。

 うーん、ラインツ家にいたときに散々無能だとか雑魚だとか言われていたせいで、いまいち自信がないんだよなぁ。


 でも、二人の真剣な目はとても嘘やお世辞だとは思えないし、どうしたものか。


「そうだなぁ。二人がどうしてここを出たいのか、本当のことを教えてくれたら考えてもいいよ」


 最初の改まった様子もそうだけど、どこか落ち着きがないというかいつもと雰囲気が違うんだよね。


 普段のティアはとても天真爛漫で明るいけど、何かを決心した時の真剣な彼女はどこか大人びて見えるからとてもわかりやすい。


 僕から促さないと最後まで話してくれなさそうだったし、少し意地悪な言い方になっちゃったけどちゃんと聞こう。


 僕の言葉に一瞬ドキリとした表情を浮かべたティアは、観念したように微笑を零す。


「フフ、ばれておったのか。シズクに隠し事はできんのう。……理由は3つじゃ。1つ、奴隷として望まぬ仕打ちを受けている同胞を救う手立てを探したい。2つ、妾の実家がその後どうなっているのか、少しでも情報がほしい。3つ、人間界の美味しいものをたくさん食べたい! じゃ」


「最初の2つはともかく、3つ目はひどく欲望に忠実な理由だなっ! ……でも、そうだね。ゆっくりスローライフを送るにしても、もっとしっかりと準備をしてからでも遅くないか。僕もいざというときのために、自分の置かれている状況をしっかりと把握したいと思っていたし」


「……なら?」


「うん、とりあえずウェルカ内を旅してみようか? あ、もちろん危険だと判断すればすぐスローライフに戻るからね。そこは譲れないよ? 二人にもしものことがあったら、僕は冷静でいられる自信がないんだ」


「……ありがとうなのじゃ、シズク!」


「ありがとうございます! シズク様にそこまで思って頂けて、私は嬉しくてうれしくて……。今夜こそ、夜伽はいかがですか? 精いっぱいご奉仕しますよ?」


「あ、ずるいのじゃネイア! 妾が先だと言っておろうに!」


「何を言ってるの?! 夜伽なんてさせないから!!」


 危険なのは重々承知しているつもりだけど、あんな顔されたら断れないよね。


 それに……僕自身、もう二人がいない生活なんて考えられないし。


「無理やり巻き込んでしまって、すまんのじゃ……」


「いいんだよ。僕が自分で二人の力になりたいと思って、選んだんだ」


 そう言って僕が微笑むと、顔を真っ赤にして俯くティア。

 

こうして僕たちのスローライフは終わりを告げて、世界へと羽ばたいていくのだった―――。

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