第12話 男としてのケジメ


 ん、ここは……。


 僅かばかりの気だるさを感じながら目を覚ました僕は、ぼーっとした頭で昨日のことを思い出す。


 ――そうだ、確かティアとネイアの二人と偽物フェイクで作り出した料理を試食しながら、だんだん眠くなってきて、それで……。


 どうやら僕は、寝ぼけながらもベッドまで移動してきて眠りについたらしい。昨日はテレポートを多用したりと慣れないことを繰り返したから、思ってた以上に疲れがたまってたんだろう。


 そんなことを思いながら、眠気眼を指でこすろうとして違和感に気づいてしまう。なぜか僕の両腕がひどく重たくて、まったく動かせない。まるで何かが乗っているかのようだ。


 それに、何やら身体にふにふにとしたとても柔らかいものが当たっているような……。


 一つの可能性に行き着いた僕は、どうか、どうかこの予想が外れていてくれと強く願いながら、恐る恐るギギギと油の切れた人形のように顔を横へと向ける。


 ああ……思考が追いつかない。昨日の僕は一体何をしたと言うんだ……。


 右側を見れば、一糸まとわぬ姿で気持ち良さそうにスヤスヤと眠るティアの姿が目に入ってしまった。


 だが、何が恐ろしいって確実に左側にも柔らかな感触と温もりを感じるのだ。


 当然のように、左側ではネイアがこれまた一糸まとわぬ姿でじっとこちらを見つめており、思わず目があってしまう。


「……おはようございます、シズク様」


 頬を赤く染めながら恥ずかしそうに挨拶してくるネイア。


 いや、恥ずかしがるくらいなら服を着ろよ。ていうか、なんでここにいるんだよ!


「えーと……? ここは僕の部屋だよね? どうして二人が一緒に寝ていて、それも裸なのかな?」


 あれ?! ていうか、これ僕も裸じゃない?!?!


 恐ろしくて確認できないが、降ってわいた新たな疑問に頭がパニックになりかける。が、ここで冷静さを欠いたらお終いだと自分に言い聞かせ、なんとか踏みとどまった。


「その……。シズク様を殺そうとしていた私たちの命を奪わず、その上匿って食事まで与えてくださった御恩を少しでもお返ししたくて……。お許し頂けたら、夜伽のお相手をさせて頂きたいと思いお部屋にお邪魔したところ、寝ぼけたシズク様が私どもをベッドへと引きずりこまれまして。……とても素敵でしたっ」


 昨夜のことを思い出してなのかわからないけど、顔を上気させ恍惚とした表情を浮かべるネイア。


 どことなく呼吸も荒くなっているし、色っぽさが凄いけどそれどころじゃない。


 昨夜の僕は一体何をしてしまったんだ?! まったく記憶にないよ?! まさか

フェイクで作り出した料理の中には、酔っぱらうような効果のやつもあったの?!


 僕が無言のまま内心ひどく焦っていると、ふわぁとあくびをしながらティアも目覚めてしまう。


「……おはようなのじゃ、シズク」


「あ、うん……。おはよう……?」


 挨拶を返すと、途端にもじもじしだすティア。


「その……成り行きとはいえ、とても凄かったのじゃっ! 妾はもう、あの光景を忘れることができん……っ!!」


 ボンッと音がしそうなほど一瞬で顔を真っ赤にしたティアは、またあとでなのじゃっ! と言い残してベッドの脇に落ちていたドレスで身体を隠しながら勢いよく部屋から飛び出して行ってしまった。


 ネイアも、一度失礼しますね……と同じく床から拾ったメイド服で恥ずかしそうに身体を隠しながら、そそくさと部屋を後にする。


 ポツンと一人残された僕は、毛布代わりに使っている兎の皮のシーツをそっとめくってみるが、やはりと言うべきかすっ裸だった。


 ――うん、素直に謝ろう。そして、僕で良いと言ってくれるなら責任を取ろう。


 出会ったばかりではあるが、男としてのケジメをつける覚悟を決めた僕。


 散らばっていた洋服を拾い集めて着替えると、広間へと向かった。

 椅子に腰かけしばらく待っていると身支度を整えた二人がやってきて、ちらりと僕を見てから無言のまま椅子へ座る。


「……ごめん、二人とも。本当に最低だとは思うけど、僕は昨夜のことをまったく覚えていないんだ。でも、とんでもないことをしでかしてしまった、ということだけはわかってるつもりだよ。手に職もないし、指名手配されている僕だけど、それでも……できることはなんでもして、生涯をかけて二人を幸せにします。どうか、頼りない僕ですが添い遂げてもらえませんか?」


 その場で立ち上がって求婚した僕は、バッと頭を下げて両手を二人に向けて差し出した。

 相手から手を握ってもらえれば了承、もらえなければ拒否。


 ドキドキと高鳴る鼓動を必死に抑えながらその時を待つが、30秒経っても1分経っても、二人が僕の手を握り返してくれることはなかった。


 ――そりゃそうか、出会ったばかりの……ましてやお尋ね者の嫁になんてなりたくないよね。


 それなら、二人が望むことならなんでもしよう。たとえ死んでくださいと言われても、仕方ないくらいのことをしてしまったんだ。


 フーと軽く息を吐きだして、二人にもう一度頭を下げてから決意を告げようと、頭を上げた僕。


 でも、そんな僕の目に飛び込んできたのはひどく狼狽えた二人の姿だった。


 ど、どうします?! なんてヒソヒソと話していて、どこか様子がおかしい。


「……?」


 僕が首を傾げると、ようやく視線が向けられていることに気づいたのか、ビクッと身体を震わせた二人。


「その……なんじゃ。誤解させてしまったのなら、すまんのじゃ。妾たちとシズクの間には、まだ何も起こっておらん」


「……はぁ?」


 だって二人して、散々素敵だったとか凄かったとか、いかにもなこと言ってたよね?


 あの状況であの反応、そしてあのセリフ。

 誰でも過ちを犯してしまったと思うでしょ?


「実は……――」


 ネイアが語ったのは、僕の予想の斜め上を行くものだった。


 いわく、寝ぼけた僕が部屋へやって来た二人をベッドへと引きずり込んだのは本当だが、特に何かされたわけではないらしい。ただ、夜這いするぞと意気込んできた二人がその状況にひどく興奮してしまい、自ら服を脱いで僕の服も脱がせたそうだ。


「――初めて男性のモノを見たという衝撃もありましたが、何よりもあまりに立派すぎて……。お嬢様はきゅーと目を回してしまい、私も見とれていたらいつのまにか眠ってしまったんです。なので、添い寝はしていましたが本当に何も……」


 頬を赤らめ、もじもじとしながら視線を泳がせる二人。


「なるほど。状況は理解できたよ。……僕の一世一代の決心を、罪悪感を返せ」


「そ、その……」


「正座して」


「「え??」」


「せ・い・ざ!」


「「はいっ!!」」


 それから、僕の気が収まるまで二人を説教し続けたのだった。

 

 ふぅ、ほんとに何もなくて一安心だよ―――。

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