第11話 検証作業


 あれからも時折ネイアの迫真の演技を見つつ話を聞いた僕は、少し彼女たちに同情してしまっていた。


 必死の抗議も空しく家を追い出されてしまったティアと、それについてきたネイアが行く当てもなく魔界を彷徨っていると、まるで狙いすましたかのように悪漢たちが襲い掛かって来たらしい。なんとか撃退に成功するも、その後も幾度となく襲われたとか。


 やがて襲い来る悪漢が街のゴロツキ程度だった腕前から次第に手練れの兵士のような熟練した者へと変わり、ついにはプロの暗殺者らしき者まで現れ始め、苦戦するどころか逃げのびることで精いっぱいということも増えていったらしい。


 リリアナ、もしくは伯爵家の長男が最初は嘘を真にしようと貞操を狙ってきていたが、結果が出なかったため口封じに切り替えたことを悟っていた二人は、このままだと時間の問題だと考え人間界へ逃げ込もうと決心。


 危険を覚悟で『夢魔』としての血を秘術で封印することで、尻尾などが一時的に消えて人間と変わらぬ姿になったそうだ。


 家から密かに持ち出した人間界へと続くゲートを開く魔道具を使用し、いざ転移しようとしたとき、タイミング悪く再び追っ手に襲われてしまい、ティアは傷を受けながらも先にゲートをくぐり人間界へ。


 ネイアは追っ手がゲートを通って後を追えないように命がけで足止めし、ゲートが消える瞬間に飛び込んだそうだ。

 そうして今に至る、と。そういうことらしい。


「と、いう訳での。妾は絶対にあの二人をギャフンと言わせるまで死ねん、という訳じゃ!」


「お嬢様、ギャフン程度じゃ納得できません。リリアナは能力を封印した上で魔封じの首輪をつけてオークの巣へ放り込み、伯爵家のバカ長男は人間の愛好家へと差し上げましょう」


「そこは、奪われた家督を取り戻す! とかじゃないんだね……」


 僕が二人の野望に苦笑いしながらそう告げると、大笑いするティア。


「家督を継ぐことこそが妾の責務じゃと思って生きてきたが、実際はお家が存続さえすれば跡継ぎなど誰でも良かったのだと気づいたのじゃ。それなら、せっかく追放されたのじゃ。面倒なしがらみから解放されて、自由に生きるほうが良かろう?」


 屈託のない笑顔でそう言ったティアの顔は、とても清々しい。


 僕も似たようなことを考えスローライフを選択した身として、強く共感してしまう部分もある。出会い方はひどかったけど、似た者同士だったんだなぁとなんだか嬉しくなってしまった。


「うん、その通りだね。……僕にできる事なんて限られているけど、二人がここにいる間は協力するよ。一緒に自由なスローライフを満喫しよう」


「本当かっ?! ありがとうなのじゃ! シズクとおれば、きっととても楽しい毎日が送れるのじゃ!」


「良かったですね、お嬢様。これからは毎日、あの美味しいリゴンの実が食べられますよ」


「そうじゃのう! ……ふと思ったんじゃが、別にリゴンの実に限らずとも良いのではないか? シズクが再現さえできれば、なんでも作れる気がするのじゃが」


 ティアの言葉にハッとなる僕とネイア。


 そうか、その考えはなかった! そうだよ、理由はわからないけど原理としては可能なはずだっ!


「お嬢様、天才ですよっ! こうしてはおれません、今すぐ試しましょうシズク様!!」


「……とりあえず、僕が食べた事あるものを片っ端から生み出してみよう」


 一度燃え上がった炎は、簡単には消すことができない。

 あのリゴンの味を知ってしまった僕も好奇心が抑えきれず、ネイアの誘惑に負けてしまった。


 ただ、残念なことに来る日も来る日も勉強と修練に明け暮れていた僕は、あまり食事に関して興味がなかったせいもあり、似たようなものばかりを食べていた。


 父――ローレンが僕の貴重な時間を食事に取られては勿体ないと、朝食も昼食も夜食も僕だけ呼ばなかったので、家族と一緒に食べることもほとんどなく、自室で勉強などの片手間に一人食べていたせいもあるんだけど。


 一人で食べる食事って、どれだけ豪華でもどこか味気ないというか、美味しさが半減する気がしちゃうんだよね。

 結果、味もそこそこでぱぱっと食べられる軽食ばかり食べていたんだ。


 そんな訳で、僕が偽物フェイクで作り出せた料理のレパートリーはあまり豊富ではなかった。


 ソーセージやハムなどの具材を挟んだ白パンと何種類かのスープ、様々な野菜や肉の入ったパイ、そして……エッグタルトや飴玉、クッキー。


「やっぱり、どれも今まで食べていたものとは比較にならないほど美味しいのじゃ!」


「素晴らしいです! なんというか、味わいが一段深くなりコクや旨味が凝縮しているといいますか……。とにかくすごく美味しいです!!」


「不思議だけど、本当に美味しいね……。作り出してる僕としては、疑問が尽きないけど……」


 僕がなんとも言えない表情でテーブルに並べられた料理を見ていると、白身魚のバター焼きを一口食べたティアが興味深げに頷いた。


「でも、1つだけわかったことがあるのう。やはりこれらのフェイクで生み出した料理は、作り手であるシズクに左右されるようじゃ。正しい知識がなかったり記憶が朧げな料理は、見た目はともかく味までは再現できぬらしい。まずくはないが、他と比べるとかなり見劣りしてしまうのぅ」


 僕も一口食べてみたけど、ティアと同じ感想を抱いた。


 年に一度行われていた僕の誕生日を祝うパーティーで僅かに口にしたことのある豪華な料理や、ティアやネイアから聞いて作ってみた料理なんかはどれも微妙な味なのだ。


 良い発見だとは思いつつも、僕が知らない料理は一度食べてみないことにはフェイクで作り出せないとわかり、もしかして異国の料理なんかも楽に食べられちゃうんじゃ?! なんて期待していた僕は、少しガッカリしてしまったのだった―――。

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