第10話 名女優


 何か言いたげなティアとネイアを無視して兎の皮を水魔法で洗うと、風魔法で乾かしてから無魔法の結合で複数の皮を繋げてある程度のサイズへと加工し、一枚の布へと変えていく。


 二枚分作り終えた僕は、次に木材を風魔法で加工してベッドの枠組みを作り、水と無魔法を組み合わせてぷよぷよとした塊を生み出すと、ベッドの底に敷いてから上へ兎の皮布をかぶせた。


 同じ工程でもう1つベッドを作り終えれば、晴れて今回の作業は終了だ。

 

「うん、こんな感じかな。僕と同じベッドを作ってみたんだけど、寝心地を試してみてくれる? 気になるところがあれば直しちゃうからさ」


 そう言って二人へ視線を向けると、またしても信じられないものを見るような目で見られた。


「妾は夢でも見ておるのか? ものの数分であっという間にベッドが出来上がったように見えたのじゃが」


「初級魔法とは一体、って問いかけたくなりますね」


 ぶつぶつと何かを呟きながら、恐る恐るといった感じでそれぞれのベッドへと手を伸ばす二人。


 僕もお試しで作ったときは驚いたけど、軽く手で押すとふわふわとした柔らかい兎の毛の手触りが非常に気持ちよくて、それでいて下に敷かれた謎の塊が程よい弾力で押し返して来るんだよね。


 意を決した二人がベッドに横になれば、狙い通りまるで水の中で浮いているかのような――そんな不思議な心地よさが全身を包み込んだようで、一瞬でこのベッドの虜になってしまったみたいだ。


「凄いのじゃ! これは凄いものなのじゃ!! 妾が今まで使っていたベッドより遥かに気持ち良いぞ?!」


「これは……起きるのがとてもつらくなりそうなほど、優しく受け止めてくれてます! 私、明日から寝坊しそうなんですけど良いですか?!」


 感動した様子の二人は、ひたすらベッドのことを褒め続け、決して起き上ってこようとしない。


「特に気になるところがないなら部屋へと移しますから、寝るならそれからにしてくださいね」


 無理やり二人をベッドから引きはがしてアイテムボックスへとしまうと、観念したのか名残惜しそうにしつつも僕の後をついてくる二人。


 部屋へと設置し終えると、再び横になりたい欲望と必死に戦っていたようだが、どうやらギリギリ誘惑に打ち勝ったらしい。


 今やリビング的なポジションとなった中央の広間で椅子に腰かけた二人は、ぽつりぽつりと人間界に逃げて来た経緯を話し始めた。


 あ、もちろん僕が聞いたわけじゃなくて、勝手に話し始めただけだよ。


「妾は……魔界にて侯爵の貴族位を持つ家の娘じゃった。下に妹はおったが、本来であれば長女である妾が家督を継ぐはずだったのじゃ。じゃけど……妹――リリアナは、最近勢いを増していたとある伯爵家の長男と結託してありもしない作り話で妾を貶め、悪評を流した。結果、妾は母上から勘当を言い渡され、家を追い出されてしまったのじゃ……」


 落ち込んだ様子のティアにかける言葉が見つからず、助けを求めてちらりとネイアへ視線を向けた僕。


 でも彼女は何を勘違いしたのか、僕がより詳細を教えろと訴えていると思ったようで、さらに詳しく話し始めた。


「お嬢様は未だ処女であるにも関わらず、伯爵家のバカ長男は言うに事欠いてご当主の前で『ティアベル様は、我が家に仕える執事と今まで数えきれないほど密会を繰り返した恋仲なのです。ティアベル様は、たとえ家を追われることになろうとも、アナタと添い遂げたいと仰っていたそうです。身分の違いは重々承知していますが、どうか、どうか結婚をお許しいただけないでしょうか! 立場が上の彼女に求められたとはいえ、その貞操を散らした彼はとても責任を感じており、生涯をかけてティアベル様を守り抜くと言っています。男として覚悟を決めた我が執事に、どうか責任を取らせる機会を頂けないでしょうか! 私にできることなら、どのような助力も致しますので!』と抜かしやがったのです」


 憎々しそうに顔を歪めて話すネイア。


 でも、どうしてそんなに迫真の演技で真似るのかな?


「妾は必死にそんなことある訳がないと抗議した。じゃが、たとえそれが真実であれ嘘であれ、純潔が散らされたなどと噂が立った女の元に嫁ごうなどと思う貴族はおらんからのう。例えおったとしても、下級貴族か成人後放逐が確定している五男やら六男やらじゃ。そんな連中を婿に貰ったところで、侯爵家からすれば恥さらしも良いところじゃからな。世継ぎを作れん、作れたとしても碌な血筋じゃない。そんな先行きのない妾に継がせる家督などないと、追い出されてしもうた」


「ひどい話だね……。でも、どうしてお母さんはその男の話を信じたんだ? こう言ってはなんだけど、実の娘と他所の子供、どっちの言葉が信用に足るかなんて、比べるまでもないだろ?」


「それは……リリアナが協力したからです。あの女はバカ長男の言葉を聞いて、さも今気づいたと言わんばかりに『そういえば……時々、夜遅くにお姉さまのお部屋の前を通ると、中から苦しそうな声がしてきて心配していましたの。でも、あれは密会していた執事との情事を押し殺した声だったんですのね……』と言いやがりまして。それが決定打となってしまいました……」


 およよ、とわざとらしく悲しむフリまでつけて当時のリリアナをトレースしたネイア。


 とてもつらい話のはずなのに、ネイアの演技がまるで名女優のようで、どこか恐ろしさを感じてしまう僕だった―――。

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