第9話 偽物<フェイク>


 ようやく説明し終えた僕に向かい、ティアとネイアは何度目かもわからない驚きの表情を向けていた。


「つ、つまりなにか? 妾たちが食べたのはリゴンではなく、シズクが魔法で作りだした偽物フェイクじゃということか?」


「う、うん……。一口食べたら、すぐにバレると思ったんだけど。まさか食べきるとは思わなくて……」


「確かに無属性の魔法にはそのようなものがあると聞いたことはありますが……。食べられる魔法なんて聞いたことないですよ……」


 罪悪感からさらにシュンとしている僕とは裏腹に、二人は何やらよくわからない話し合いを始めてしまった。食料事情に革命が起きるだの、栄養があるのか気になるだの。


 しばらくああでもないこうでもないと言い合っていた二人は、結論が出たのか僕へと向き直る。


「すまんのじゃが、お肉……先ほど食べたオーク肉のステーキのようなものを作り出してくれんかの?」


「……? いいけど、まさかまた食べるなんて言わないよね?」


「そのまさかじゃ。ちと気になることがあってのう」


「うーん……。お腹とか痛くなっても知らないからね?」


 やんわりとやっぱりやめると言わせようとしてみたが、効果はなかった。


 諦めてオークのステーキをイメージした偽物フェイクを生み出し、渋々ティアとネイアへと渡す。


 二人は僕が作り出したステーキをまじまじと見つめたり、匂いをかいだりと思いつく限りのことを試してから、ガブリと豪快にかぶりついた。


「う……うまいのじゃあああああ!!」


「な、なんですかコレ?! 程よく乗った脂、にじみ出る肉汁と噛めば噛むほど口の中に広がる濃厚な肉の旨味……。それでいてくどさはまったくなく、食べても食べても手がとまりませんっ!!」


 目を輝かせながらステーキに夢中になった二人は、さっき食事を済ませたばかりだと言うのに、あっという間に渡した分を食べきってしまった。


 しかも、まだ物足りないと言わんばかりに空になったお皿をじっと見つめている。


「言っとくけど、もう出さないよ……?」


「「そ、そんな……!」」


 二人が声を揃えてガックリとうなだれたのを見て、僕も少しだけ興味が出てきてしまった。


 思えば、作れることを試してはみても実際に食べたことなんてなかったよなぁ。


「リゴンの実を出してっと……。どれどれ」


 二人に釣られて食べてみたくなってしまった僕は、リゴンの実を半分だけ作り出してかじりついてみた。


「……?!?!?!」


 鼻から抜ける爽やかなリゴンの香り、口中に広がる優しい甘さ。

 確かにこれは今まで食べていたリゴンの比じゃないくらい美味しい!


 バクバクと夢中になって食べきってしまった僕は、ハッと我に返り二人に視線を向けると、だから言ったでしょう? と言わんばかりにニヤニヤしている姿が目に入った。


 途端に恥ずかしくなったものの、潔く負けを認めることにして両手を上げる。

 

「はぁ……。僕の負けだよ、確かに美味しかった。でも不思議だよね。魔法に味なんてあるの?」


「少なくとも妾は聞いたことがないのう。というか、魔法は普通食べられんと思うのじゃ」


「私もないですね。唯一口にされる水魔法も、普通は何の変哲もないただの水ですよ。フェイクも本来、偽装なんかに使う魔法ですし」


 うーん。

 三人で唸りながら色々と考えてみたものの、結局答えは出ることがなかった。


 それからは食後の運動がてら洞窟の拡張をしつつ、部屋のように区切りを作ってそれぞれの寝床を確保していく。さすがに、男女で一緒に川の字になって寝る訳にはいかないよ。


 二人はどこか不満そうにしていたけど、部屋が狭いのは勘弁してほしい。あまり広げすぎても、家具などもないしただ殺風景なだけだからね。


 ほどなくして根城の改良が済んだ僕たちは、食料にならない不必要だったものを山積みにしている奥の物置場へと訪れていた。


 最初は一人で行くと言ったんだけど、二人がどうしても見てみたいと言い出して聞かなかったのだ。


「あったあった。兎の皮なら柔らかいし、加工すればシーツとかに使えると思うよ。それほど数はないから、代えの分とかはさすがに作れないけど……って、どうしたの?」


 小山になった兎の皮を回収していると、入り口で部屋の中を見渡したまま固まっている二人が目に入る。


 僕が首を傾げながら声をかけても反応せず、近寄って目の前でおーいと手を振るとようやく反応が返ってきた。


「な、なんでレッサーグリーンドラゴンの素材があるのじゃ?!」


「お嬢様、見てください! あっちにはミディアムクラスより大きな魔石がごろごろ転がってますよ?!」


 二人が驚いた様子でわーわーと何か言っているが、僕にはよくわからなかった。


「何を言ってるの? あれはレッサーグリーンドラゴンじゃなくて、グリーンリザードだよ。魔石は同じ魔物でもサイズが違ったりするから、たまたま大きいのがあっただけじゃないかな?」


 僕の言葉を聞いた二人は、大きなため息をついた。


「知識は豊富なのに、どうしてそーゆーとこだけ疎いんじゃ……」


「サイズが違うことがあるのは確かですが、魔物は魔石の大きさに応じて強さが変わるんですよね……」


 呆れた視線を向けた二人は、やれやれとわざとらしく首を振るのだった―――。

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