第8話 没落の足音2


 私兵から最も危惧していた情報――シズクはすでに死んでいる可能性が高い、という報告を受けたローレンは、大急ぎで王都にいるガナートへと連絡。


 ガナートから宰相経由ですぐさまロド王の耳にも届き、楽しみを奪われたロド王はそれはそれはご立腹だったようだ。


 シズクから受けた積もり積もったうっ憤を晴らすことができなかったロド王の怒りは、全て彼の生家であり自らの期待に応えられなかったラインツ家へと集中。


 わずか一ヶ月足らずで王城内でのガナートの立場はひどく悪化し、同僚からは出世街道から外れたと嘲笑を向けられる始末。ローレンも、王の不興を買った者がどうなるか、その見せしめと言わんばかりに必ずと言っていいほど呼ばれていた王家主催のパーティーなどに一切呼ばれなくなった。


 そればかりか、巻き添えを食らうまいと懇意にしていた貴族までもが離れていき、爵位こそそのままだが没落の一途をたどり始めたラインツ伯爵家。


「どうして……どうしてこんなことにっ! どれもこれも、全てあの恥さらしのせいだっ!! なぜあんな無能が我が子として生まれてきたのだっ!! やはりいくら見てくれが良くても、男爵などから娶るべきではなかった……ッ!!」


 精神的な疲労からひどく老けたローレンは、ガリガリと頭を掻きむしろながら恨み言を口にする。


 その怒りは妻であるビレイにすら向いており、当のビレイは毎晩のようにローレンから暴力を受けた結果、塞ぎ込んでしまい自室のベッドの上で寝たきりの生活となっていた。


 ラインツ家と同列である伯爵家の二女だった三男ゼストの母親――第二夫人エメラルダは、シズクを生んだ際に第一婦人となったビレイとの折り合いが悪く生家で暮らしているのだが、ローレンが王から明確な不興を買ったとわかるや否や『ゼストの主席卒業や将来に影響が出たらどう責任を取ってくれるのだ!』と、実の旦那に充てたとは思えない内容の抗議文を実家経由で送って来たほどだ。


 ムルテに至ってはすでに母であった第三婦人が亡くなっているのを良いことに、早々にラインツ家に見切りをつけて出家すると、面倒を見てくれていた自身の所属する騎士団の副団長の元へと養子に入る強かさを見せた。


 だが、ローレンとて腐っても伯爵家を継いで今まで政務を執ってきた男。このままで終わるはずがなかった。


「許さん……許さんぞ! ワシはこんなところで終わらんッ!! ワシを見限りふざけた態度をとったやつらを、必ず後悔させてやる……ッッ!!!」


 鬼の形相で宣言したローレンは、バァンッと大きな音がするほど強く執務室の扉をあけ放って外へ出ると、真っ黒なローブを頭まですっぽりと羽織ってから馬に飛び乗り一人で領内にあるとある場所へと赴いた。


 スラムにひっそりと建つそこは、いわゆる闇ギルドと呼ばれる必要悪と黙認されている場所。


 本来貴族のような目立つ者が出入りするような場所ではなく、表ざたにできないような犯罪者や、個人的な復讐、強力な力を持つ冒険者などが罪を犯した際に影で粛清することを主な生業とした、対人特化の構成員が多い暗殺ギルドだ。


 もちろん誰彼構わず粛清していると国からもやむなしとされ取りつぶしの対象になってしまうため、本当に犯罪者かどうかという調査をしっかりするというのが鉄則で、それ故に対象とされた者の情報を得るためならば手段を択ばない。だが、ひとたび対象が粛清されても問題なしと判断されたならば、男なら思いつく限りの極悪非道な方法でなぶり殺し、女ならボロ雑巾のようになるまで楽しんでから殺すといった、非人道的な行為も平然と行われる。


 では、なぜ必要悪なのか。


 それは彼ら闇ギルドがスラムなどに住む浮浪者などのとりまとめ役であり、血気盛んな犯罪者予備軍の連中を一か所に集めて規律に従わせているからだ。


 国や領主などはスラムを問題視はしていても、実際にかかる手間や経費、そこに住む者の今後などを考えると見て見ぬフリをしたい。だが、放っておけば無法地帯と化して治安悪化の一途をたどり、やがてはその街の評判すら落としていく。


 そんな問題を解決しているのが彼らであるため、御上としても手に負えなくなるほどの問題を起こさない限り、不必要に裁いたりはしないのだ。


 街の住民としても、闇ギルドがスラムの住民などを押さえつけ管理してくれることを理解しているため、御上を糾弾したり異議を唱えたりといったことはしてはいけないというのが暗黙の了解となっている。


 そのような場所のため、仮に貴族が利用するようなことがあったとしても、普通は私兵などを使い秘密裏に行動し、いざとなれば私兵を切り捨て言い逃れをするのが常套手段である。


 だが、すでに外聞など地に落ちているローレンはお構いなしに自身で乗り込むと、ギルドマスターを出せと受け付けに迫る。


 マスター室へと通されたローレンは、頬に大きな切り傷のある厳つい男に臆することなくドカリとソファに座り込むと、フードを外して机をドンッと叩いた。


「これはこれは……誰かと思えばラインツ様ではありませんか。このような場所に、それもかなりお怒りの様子でいかがされました?」


「フン、ご託は良い。ただの依頼ではないし、それなりに危険も付きまとう。だが、確実に儲けさせてやろう。どうだ、ワシと手を組まんか?」


「ほう……。興味深い話ではありますが、私たちとて自分たちの置かれている立場は弁えているつもりです。それでも、手を組みたいと?」


「ああ、その通りだ。なに、別に犯罪を犯せなどと言う訳ではない。あくまで貴様らの大好きな、グレーゾーンというやつだ」


「ふむ……。良いでしょう、お話を聞きましょうか?」


 闇ギルドのマスターと怪しい内容の会話をしだすローレン。


 彼の歯車が狂った原因――実際にはローレンたちが一方的に過度な期待を寄せ、結果見込み違いだったと勘違いし勝手に恨んでいるだけ――のシズクは生きているのだが、この時の彼には知る由もない。


 シズクの才能ではなく、きちんと本人に目を向けて家族として接していれば気づけたはずの異質さを、自らの欲望と愚かさにより見落としたことに気づいた時には、すでに手遅れなのだが―――。

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