第7話 没落の足音1


 時は少し遡り、シズクがネーブ国を抜けてウェルカの南を目指している頃。


 彼を追い出したラインツ家の屋敷では、執務室でローレンが唸り声をあげていた。


「くそっ! まさか真っ先に国を出るなんて予想できんかったわ! 王もすぐにあの恥さらしが捕まると思っておったのか、まだかまだかと顔を合わせる度に急かして来るし、最悪じゃっ! ただでさえ悪覚えされておったのに、益々心象が悪くなってしまうではないか!」


 彼の言う通り、ロド王の予定では指名手配されたシズクはすぐに捕まり、神に愛された寵児などともてはやされた頃からは想像もできない落ちぶれた姿を国民の前で晒し者にするはずだった。


 心行くまで自尊心を傷つけた後、自らの手でおもちゃにして飽きたら適当な理由をでっちあげて処刑する事すら考えている。


 だが、結果は指名手配される頃にはすでに国内にシズクの姿はなく、ローレンが秘密裡に冒険者などへ依頼を出して周辺国も探させていると報告したものの、目ぼしい成果は上がっていなかった。


 まさか一個人にここまで翻弄されるなどとは夢にも思っていなかったロド王の内心は、過去にも大きく落胆させられていたこともあり、日に日に苛立ちを増している。


 結果としてローレンの危惧はすでに現実のものになりつつあり、ロド王は子供一人見つける事ができないローレン・ラインツという男に対する興味をかなり失っていた。


 そればかりか、ローレンの息子でありシズクの兄でもある、自身も少なからず目をかけていたはずのガナートですら苛立ちを増長させる一因になりつつあった。


「父上、一刻も早くあの恥さらしを見つけて王へと差し出さねば、非常にまずいですよ」


「ええい、お前に言われんでもわかっておるわっ! だが、国内におらぬ以上どこを重点的に探せば良いのかすらわからん! 無能のくせに、足取りをわからぬよう姿を隠して移動するなどと面倒なことをしておるようだからな! まさかとは思うが、貴様あの恥さらしに指名手配されるだなどと漏らしてはおらぬよなッ?!」


「そんなことするはずがないでしょう! だいたい、私はあいつと口を聞くことすら嫌で、長らく顔すら合わせていませんよ!」


 ついにはガナートにすら当たり散らす始末のローレン。


 謂れのない言いがかりにガナートも顔を真っ赤にして抗議する。


 実際には、自分たちがシズクが同じ家にいるにも関わらず暢気にお喋りしていたことが原因だなどとは微塵も思っていない。


「無能の分際で手間をかけさせおって……! ええい、仕方ない。金はかかるが、私兵も動員してさらにくまなく探すよう手配しろ! すでにやつの持っている金は尽きているはずだ、必ずどこかしらで金策をせねばならん! ギルドに登録するにせよ、何かを売るにせよ、指名手配犯に好き好んで協力するものなどおるはずがない。ましてや、あいつは無一文だっ! 間違いなく自らで行動しているはずっ! 徹底的に調べさせろっ!!」


「それでも見つからなかった場合、最悪あいつはすでに死んでいるのかもしれませんね……」


「……ッ!? まさかワシが、いまさらあの恥さらしに生きていてくれ、などと願う日が来るとはな……ッ!!」


 忌々し気に呟いたローレン。


 私兵に命令を下すべく動き出したガナートを見送りながら、最後くらい役立って見せろ、などと実の親とは到底思えない願いを胸に抱くのだった―――。





 ラインツ家お抱えの私兵が各地に散り、およそ二週間が経過した。


 ちょうどシズクがティアを見つけて介抱している頃、偶然にも彼が根城にしている山――その名をネムラ山。そこから最も近い町へとたどり着いた私兵たちがいた。

 ピオとノッキという、いかにもゴロツキ上がりといった風体の二人組である。


 彼らがここへ来たのは単なる偶然で、シズク捜索にかかった費用は全てラインツ家がもってくれる上に給金まで出るのを良いことに、旅行気分で捜索範囲外だった辺鄙な場所を訪れていたのだ。


「へー、こんな場所に町なんてあったんだなぁ。なんつったっけか?」


「確かロージとか言っていたな。なんでも、ここから三時間ほど移動した場所に強力な魔物が平然と闊歩しているような危険な山があるらしい。ここは、そこからあふれ出した魔物を平野で狩ろうと集まる冒険者が多いとかなんとか」


「なるほどねぇ。ま、つえー魔物でも平野で、それも集団で囲んじまえばそこまで怖くねーもんな。素直に山ん中入っちまえばもっと稼げるだろうに、臆病な連中だぜ」


「……俺もそう思ったんだがな。麓付近にはオークがうようよとしているし、中腹以上ともなればオークジェネラルやキラーボアなんかが平然と現れるらしい。俊足鹿スウィフトディアーも出るらしいが、お前そんなとこに狩りに行きたいか?」


「……マジかよ? 他所もんだからバカにされたとかじゃないのか?」


「いや、本当みたいだぞ」


「おっかねぇな。そりゃ入りたくなんてねーわ」


 わざとらしく肩を竦ませてみせたノッキに、だろう? と苦笑いを浮かべたピオ。


 戦闘重視のノッキと違い、慎重派のピオはノッキがいびきをかいて眠る乗合馬車の中で、たまたま乗り合わせた冒険者などからここら一帯の情報を集めていたのだ。


「さて、一応それらしいことはしておこう」


 ピオはそう言うと、収獲がないことはわかっていても、シズクの情報を集めていたという形を取り繕うために冒険者ギルドへと向かい始めた。


 気ままに各地を巡りながらたどり着いた町なんかにある酒場やギルドで軽い情報収集をし、すぐに切り上げると後はその土地の女をナンパしたり娼館へ行ってみたりと、捜索経費という名目で好き勝手していた二人。


 今回もその流れで見知らぬ土地を満喫し終えたら、そろそろ一度報告へ戻ろう。などと軽く考えていたのだが。

 ギルドで何人かに話を聞いていたところ、二人は思いもよらぬ情報を得てしまう事になる。


 それは、一週間ほど前にシズクの特徴である青みがかった銀髪に綺麗な顔立ちをした子供が、ネムラ山へと入っていくのを見た――というものだった。


 偶然それを見かけていたパーティがギルドでその話をし、生きて出てくるかといった賭け事の対象にもされたそうだが、結局その後少年を見た者はいないらしい。

 大穴だった命からがら逃げのびてくる方へと賭けた男は、負けた悔しさから覚えていたようだ。彼の証言を皮切りに、そんな話あったなぁなどと思い出す輩も多く、作り話ではないと感じたピオ。


 だが、それが事実なら最悪の結果と言えた。


 遊ぶ気分も吹き飛んだ二人は急ぎラインツ領へと帰路を取ると、事の顛末をローレンへと報告するのだった―――。

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